村野瀬玲奈の秘書課広報室
社員一人のサイバー政治団体(笑)「世界愛人主義同盟」秘書課勤務の村野瀬です。消費税収入は社会保障に使われずに法人税減税に回っただけって知ってました?まるで国民から大企業への利益の直接補てんですね。有権者と政治の距離を縮めるため、国会議員名簿の活用を!
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憲法について大切なことは、憲法がいくら立派であっても、それを「守らせなければ意味がない」ということ。
では、誰が誰に守らせるのでしょうか?
この秘書課広報室の常連の読者さんなら答えはわかりますよね。また、今日初めてここを読む方でご存じなかった方もこの機会にぜひ知っておくようにお願いします。
憲法とは誰に守らせるものでしょうか?答えは、「国民が国家に憲法を守らせる」ということです。
「国家が国民に憲法を守らせる」のではないのです。国民が国家に憲法を守らせるのです。
「国民が国家に憲法を守らせる」、これを「立憲主義」といいますが、私は、古代の君主主義や専制主義や封建主義から長い年月を経て民主主義にいたる歴史のプロセスで人類が獲得した大切な考え方だと思っています。そして、この立憲主義を国民の一人一人がはっきりと意識して、それに加えて、政府や政治家の一人一人が憲法を尊重し守ることがなければそれは民主主義ではないと考えます。憲法の中にいくら「民主主義」という言葉があっても、それだけでは足りないのです。この立憲主義を政府や政治家の一人一人が尊重し守ることがなければそれは民主主義ではないということなのです。
そもそも、「国民主権」という考え方が民主主義の基本。民主主義国家においては、主権者は国家ではありません。主権者は国民です。国民が主権者として国家に「ああせよ、こうせよ」と命令、要請するのです。その命令の原則が「憲法」です。国家や政治家が憲法を尊重しなければ、つまり、国家が国民の命令や要請を無視したらそれは民主主義ではないということなのです。
ここを勘違いして「国家が国民に命令するのだ」と考える人たちが日本では政府にも政治家にも一般国民にもあまりにも多いため、日本の政策論議、政治論議、そして憲法論議がしばしば迷走し、国民を苦しめる政策が堂々とのさばるのだと思います。日本の政治を私が前向きに評価できないことが多いのはまさにそこなのです。
いくら「民主主義」をうたっていても、政府や政治家に憲法や立憲主義や民主主義を尊重する意思がなければそれは民主主義ではないのです。私はそのことを声を大にして訴えたいし、多くの人に意識してほしいと思っています。
その典型的な例が北朝鮮、「朝鮮民主主義人民共和国」です。国名に「民主主義」とうたうだけでは民主主義国とは言えない、そのことがこの一例からよくわかります。それと同じく、憲法で「わが国は民主主義国である」とうたわれていてもその国が民主主義国であるとは限らないのです。まさに日本がその典型的な例になりつつあるというのが政治結社「世界愛人主義同盟」秘書である私の見立てです。
自民党の2005年10月28日の「新憲法草案」が「民主主義」を普遍の価値だと称していても実際には民主主義は格段に弱まっている「草案」であることをよく覚えておくことは民主主義を望む国民に必要な姿勢だと思います。
「『民主主義』をうたいながら本当のところは民主主義でない国」から脱却しないと日本に未来はない、そのことははっきりしています。そして、「民主主義」と「立憲主義」を政府や政治家に守らせる努力を国民自身がしないと日本は本当に「北朝鮮」とかわらない国になってしまう、私は心からそう思っています。当「世界愛人主義同盟」に敵対的、批判的な読者のみなさんやそのようなトラックバックを送ってくるみなさんにもぜひそのことを理解してほしいと私は心から願っています。
当「世界愛人主義同盟」に敵対的、批判的な方々は北朝鮮に非常に批判的な傾向があると私には思えるのですが、そのような方々の書くことを拝見していると、日本を北朝鮮化したいとしか思えないので、そのような矛盾を解消してほしいと考えて、このような記事を書いているわけなのです。(^^ ;;
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ゼノフォビアブログに囲まれながらも、らんきーング上げて、ペガサスや白鳥や大鶴(大津留)のように高く飛翔したいと願って、かげの中で浮游するお玉の上で「そもそもどーなの?」とさるのつぶやきを続け、右も左もなく下でアブナイばらんすとりながら、天木直人さんや保坂展人さんの憂国の思いを激励しようと世界愛人主義同盟秘書は書いてます。気分はときどきSaudadeでも、晴耕雨読の生活の中、伊達と酔狂で革命を語り、生活の中で感じた疑問や思いをあれこれ土佐高知の雑記帳に書き、負けずに現政権に「ノー」を言えば、気分はgoodになるかもしれません。灰色のベンチから広島瀬戸内まで人気ブログランキング政治部門に平和的共生と立憲主義の風を入れましょう(^_^)/
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9件のコメント
[C3441]
- 2008-05-10
- 編集
[C3443] 国民主権の実現は
- 2008-05-10
- 編集
[C3460] >A.Kirishima様
ユニークでもなんでもありません。立憲主義という、いわば定説です。憲法についての新聞記事など注意して読めばそういう説明は普通に見ることができます。国民は主権者で、国家に従属するものではないのですから。志村建世さんも上のコメントでお書きの通りです。
民主主義が弱くなっているのはどういうところから言えるのか?その一つは、政治や行政が憲法からはずれる政策や言動をとることが目立つようになっているからです。それが特に日本での大きな問題です。たとえば、後期高齢者医療制度。たとえば、自民党がめざしている、主権者である国民の権利を弱める改憲の方向。たとえば、石原都知事の「私はあの憲法を認めません」という発言。私のほかの記事でいくらでも説明しているつもりですなので、ほかの記事もよくお読みになっていただきたいと願います。
- 2008-05-13
- 編集
[C3498]
別のハンドルネームでわざわざお呼びいただきましてお手数かけます。
立憲主義とは、「国民が国家に対して命令するための原則」といった考えでしたっけ?僕は少しオーバーに言ってしまえば「法が全てを支配する。」という考えではありませんでした?この場合、権力が大きくなりすぎないよう制限することも法の役目ですから、全てにおいて優先し、支配しているものは法だという事です。
ちなみにですね、貴女があげたもの全て民主主義が弱くなったという証に全くなりません。何故なら民主主義が招いた結果の一つに過ぎないからです。何故ならあれら政治家を選んだのは他でもない日本国民だからです。民主主義に則った選挙で当選した政治家が何かしらのアクションを起こし、アクションに結果が出ることは別におかしくはありませんよ?
つまり結果がどうこうというものは全くの別問題であり、ただの評価です。もちろん、評価も非常に大事な項目ですが別件と混同はよくありません。
石原さんの発言なんて、どこが民主主義が弱くなっていることか全くわかりません。別にあれが彼の人の思想ということだけです。いつから日本は思想の自由が廃止されましたか?別に石原さんがその思想を持っているからといって選挙権を失う方がいますか?いませんよ。
- 2008-05-15
- 編集
[C3503] >亜紀様(A.Kirishima様)
法は人間が存在する前からあるものではなく、人間が作るものです。ですから、「法がすべてを決める」ということは、「法を作る人間がすべてを決める」ということであり、「人間がすべてを決める」ということではないでしょうか。
実際、日本国憲法前文にこうあります。
「そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。」
国政の権威が主権者である国民に由来する。憲法は主権者が国政に命令する文書である。こう考えて何もおかしなところはないです。
>何故なら民主主義が招いた結果の一つに過ぎないからです。
たぶん、あなたが言う「民主主義」と私が言う「民主主義」は想定するものが違っていると思います。私が言う民主主義とは、単に「人々が選挙に行って誰かを選ぶこと」だけを指しているのではなくて、「人々が民主主義の質を高めようという意思」を持っているかどうかを問題にしています。具体的にその「民主主義」を構成する中身については、こちらの記事が一部その説明になっているかもしれません。
http://muranoserena.blog91.fc2.com/blog-entry-87.html
あとは、サイドカラムで「民主主義」カテゴリーの記事をいくつか読んでいただけば、私の思いがおわかりいただけるかもしれません。
お読みになりましたらご感想をおうかがいしたいところです。
- 2008-05-16
- 編集
[C3513]
僕と貴女では「民主主義が強くなる、弱くなる」の文章から「何が弱くなるか」と想定される事が違うのですね。
ただし、民主主義「が」弱くなるなど、文法から予想される文章の意味が取り違えられる表現は今後さけるべきだと進言します。
提示していただいたURL先記事を拝見いたしました。僕の意見は、あくまで「民主主義は多数派原理が基本」です。かといって、少数派の意見は殺すものではなく考察すべきもの。もう一度進言させていただきます。貴女の考え方である「True or False」、「0 or 1」と言い換えてもいいですが、その手法って損だと思いませんか?
それとですね、自公だろうと民主だろうとどこの政権だろうと民主主義度は変わらないと思いますよ?僕はその点、メディアに期待しているところがあります。例えばインターネット、例えばテレビの政治系エンターテイメント。まずは日本国民が政治にどれだけ関心を持つかによると考えています。ただし、これは第一段階です。
根拠はありませんが、政権が変わっても民主主義度が変わるなんてありえないと思っております。
さて、突っ込みに入らせていただきます。「権威」とは「権力」と言い換えてもいいものでしょう。「権力」とは「権利」と「ある程度強制力」を合わせた言葉ではないでしょうか?つまり、「代表者らが行う政には強制力を伴う力がある。」ということだと考えられます。素直に文章を読むならば「権威が国民に由来している」の意味だと考えております。
して、僕が「憲法とは最上位のルールである」という意見を以前出しましたが、貴女の参照した文章からはその意味しか受け取れません。
貴女の言い換えは無理矢理すぎて僕には理解できないのです。もう少しくだいて説明をお願いできますか?
- 2008-05-16
- 編集
[C3517] 半可通の私がいろいろ突っ込みを入れましょうか?
あまりに短い文面で甚だ不十分ではあるが、勘弁していただきたい。
指摘順不同。
権威は自らの実力ではなく、他のなにものかの影響力をもって権力的行為を為す際に機能するものであり、三者間以上の関係で発生する。
権力とは行為の客体の自由意思に基づかない行為(権力的行為)を行う際に機能するものであり、二者間でも発生するものである。
よって、権威=権力とすることは正しくない。
また、権利とはrights、すなわち正しいこと、の訳語であり、power、すなわち力(特に強制力)の訳語である権力とはあまり関係がない。
よって、権力=強制力が正しく、権力=権利+強制力と考えることは正しくない。
権威が国民(権力的行為の客体)に由来しているからこそ、権力の権力的行為にある程度の正当性が付与されるのである。非統治者の承認によって、統治の正当性を担保する、と言う論理だ。
これは、2500年間『正しいとはどういうことか』を問い続けてきた政治学の、一つの結論である。
憲法もこれに由来する。
国民によってその使用を制限されている権力であるからこそ、その制限の範囲内での行使を許される、と言うことである。その制限範囲が憲法に規定されているのである。
故に、憲法は国民が権力を規制するものである。
と言うか、彼(“亜紀”氏のことである。彼女かもしれないが、便宜上そう呼ぶ)は自分の考えの正しさを自分の考えの正しさにしか依拠できない愚か者であるため、どのような説得も無意味であると考える。
根拠
彼の記述したところによる。
>僕であればこう考え、表現します。
>「国にある全ての法律及びルールの基盤であり、日本にいる全ての人が守るべきもの。」
> 何故ならば、文字通りのそれ以下でもそれ以上でもないと考えているためです。
特に言及がないため、考えている主体は発話の主体でもある彼本人であろう。
こと議論において自説の根拠を自説に頼るとは何事か。
共有の前提から構築した論理を示して見せよ。
正しさとは『肯定されること』である。
是か否か。
まずはそこからだ。
仮に、議論を行っているつもりがないというのであれば、話はここまでだ。
- 2008-05-17
- 編集
[C3523]
すてはんさんへ。
いや、全く、言われればその通りです。確かに自論の根拠を自論にする事は間違いです。権力、権威、強制力の関係を指摘していただけた事も非常にありがたいものです。
その指摘通りにその部分が誤っていた事を認め謝ります。すみません。
一応、自説の根拠が文章としてあるわけではないのですが、何故、憲法は最高法規としてその他法律とは分かれているか教えていただけませんか?その疑問が法律の基盤たる役目をしているのでは、として考えました。憲法は国家である基本条件も入っていましたね。何故「命令するための原則」としたのか、繋がりを交えて細かくご説明お願いいたします。
- 2008-05-17
- 編集
[C3524]
なんとなくすてはんさんの説明でわかりかけてきました。
憲法により国民が権力に規制をかけるっていうのはわかります。この場合、権力の所持者は国でよろしいのですよね?そして権力を行使する者が代表者ですか?
国民の代表者が国の行動を決める、つまり命令する。国の行動には権力が伴う。ただし、国の行動は憲法により範囲が限定されている。故に命令するための原則である、という流れですか?
- 2008-05-17
- 編集
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少しだけ突っ込み及び質問などをさせていただきたく参りました。
まず、憲法は「誰が誰に守らせるか?」という問題ですが、国が国民に守らせるものです。でなければ司法に則り誰が裁くというのでしょう?間接的に国民が裁いている事は間違いありませんが、それでも国家の中にある司法が裁いているのではありませんか?
国民が国家に命令するための原則が憲法とはユニークな考え方、表現ですね。僕であればこう考え、表現します。
「国にある全ての法律及びルールの基盤であり、日本にいる全ての人が守るべきもの。」
何故ならば、文字通りのそれ以下でもそれ以上でもないと考えているためです。
貴女はどのような考え方からおっしゃった表現をなさったのですか?
貴女は国民と政治家を分けてお考えですが、あくまで国民の代表者が政治家にすぎません。そして、その代表者を選ぶ権利を我々は有しており、その代表者が政を行う。つまり国民の代表者らが国家の運営をする事になり、結果、国民は直接関わる事は少なくとも間違いなく間接的に国政に関わる。
少々前置きが長くなりましたが、ご質問です。どういった事から民主主義が弱くなっているとお考えですか?僕にはわかりませんでした。
僕としましては、True or Falseである教育者調に近い貴女の発言スタイルこそが民主主義の敵だと考えます。何故なら貴女は上で「貴女及び所属結社の思想に合わなければ敵、言い換えてやれば北朝鮮化を望む者、つまり反民主主義である」と見なしているためです。
「こういったモノはどうだろう?」、「ここは違うんじゃないか?」と、批判する事はとても非常に大事な事であります。そして、「批判ができる権利」とは民主主義の一端ではありませんか。
さて、長々と前置きをさせていただきましたが、つまり、僕の主張は「民主主義を謳うならば違った思想を持つ者に対して、まずは「議論する事」が最上ではないでしょうか」という事です。即敵と断じてはそれまでではありませんか?