日本の文化的・政治的度量を問う （映画「靖国 YASUKUNI」をめぐって）

映画「靖国 YASUKUNI」が稲田朋美・自民党議員などが国会議員向けの試写会を開かせて行使した「圧力」と右翼の上映中止要求などの「圧力」により、何箇所かの映画館での上映を一度断念させられた件で、この映画に750万円の助成金が文化庁から出ていたことを問題視する主張をあちこちで見かけました。後述の通り、国会では、参議院内閣委員会で有村議員がこの映画への助成金を問題視した質問をしています。そこで、これについて私の考えを述べてみようと思います。

なによりもまず、助成金は稲田議員や政府が自らの営利事業で自ら額に汗して稼いだ私的財産ではなく、すべての国民から預かった「税金」です。政府は国民全員が納めている税金で運営されていることを知らず、国民が主権者であることを知らないとしか思えない、政府や政治家への従順性というか奴隷根性を血肉化している人の意見があちこちのブログ記事やコメント欄に多く見られることに改めてびっくりしています。納税者意識がないだけではなく、国民主権意識もないと言うしかありませんね。国民は政府や国家や政治家に従属する存在ではないのです。

また、当然のことですが、国家、政府、与党の特定の意図を助成金申請者に周知徹底させてこれに従わせるための道具でもありません。（岩国市長選で補助金カットを武器に井原市長を締め上げて落選させたのと同じ構図ですね。）

税金を国民全員から徴収している以上、稲田議員や右翼に代表される特定の勢力のためだけではなく、幅広い文化的企画のために国民のために広く支出されるべきもので、その選定基準はできるだけ広くオープンであることが求められるでしょう。なお、ここで「幅広い文化的企画」と言うとき、それは、文化活動の多様化こそが民主主義の発展に役立つ、ということを前提にしています。

その意味で、まず、文化庁が審査をしてこの映画「靖国 YASUKUNI」に助成金を出したことは、本来なんら不適切とは言えないと私は思います。

この映画そのものを私は見ていませんが、報道やインターネット情報から推測するかぎり、いろいろな角度からテーマを扱っている作品のようで、一方通行的な靖国神社礼賛が視聴者に押し付けられているわけでもなく、一方通行的な靖国神社批判が視聴者に押し付けられているわけでもない、というふうに私は理解しました。多面的な視点を示すことにより、見た人に考えさせる映画のようです。見た人に「思考」を提供する、これがまさに文化なのだと私は思います。

そういう視点が稲田議員にはないようです。映画に対する一方的で押し付けがましい決めつけが稲田議員にははなはだしく、文化の多様で開かれた発展を後押しするという考えが欠けています。民主主義への奉仕、民主主義の発展という考えが欠けているように見えます。

それから、稲田議員のもう一つの誤りは、この試写会を開かせるにあたって、「国政調査権」であると言ったことだと思います。映画の内容について国会議員が批評することが国政調査権ではないでしょう。稲田議員は「助成金支出の妥当性を調べるためだ」と言うのでしょうが、公僕である政府・政治家は主権者である国民全員に奉仕すべき存在であって、「助成金」をだしにして絶対権力者のように非民主的なプロセスによる一方通行的な価値判断を強要するべきではありません。そういうことを独裁国家がやればそれは検閲ですが、日本で行なわれてもそれは検閲に変わりありません。

そのいきさつ、特に稲田議員介入の状況と、助成審査の内容に文句をつけている自民党・有村治子議員の参議院内閣委員会での質問を新たにまとめた美爾依さんの記事、その後の展開を書いた碧猫さんの記事をリンクしておきます。

●カナダde日本語
映画『靖国　Yasukuni』：これまでのいきさつとその背景（備忘録）
http://minnie111.blog40.fc2.com/blog-entry-855.html

有村治子の映画『靖国YASUKUNI』出演者への圧力を許していいのか
http://minnie111.blog40.fc2.com/blog-date-20080411.html

●Gazing at the Celestial Blue
映画「靖国」の話が収束していない
http://azuryblue.blog72.fc2.com/blog-entry-418.html

また、稲田議員自身をはじめ、この試写会を開かせたことを「圧力」や「検閲」ではないと言い張っている向きもありますが、政治家のこのような介入が「圧力」としてはたらかないわけがありません。本当にこれが「圧力」でも「検閲」でもないなら、次回から政治家のこのような介入は断固拒否してよろしいのでしょうか？もし政治家のこのような介入を拒否してはいけないのなら、それは「圧力」であり「検閲」です。

この映画の場合、「中立でない」とか「反日である」とかいう評をする人が稲田議員をはじめ散見されました。しかし、そのような人たちは文化というものに本当に触れたことのないのだなあ、と思うばかりです。もし、補助金を政府、与党、権力の意図に沿った企画にしか出せないというのであれば、それは政府、与党、権力による一方的な官製プロパガンダと呼ぶべきもので、文化と呼ぶには値しないわけですから。

ついでに、「中立」という言葉についても、眉に唾をつけて聞かなければなりません。思想に「中立」などありません。どのような立場にも与しない、ということはありえません。何かを主張すれば、その立場にたっているということを意味します。一方、沈黙すれば現状肯定に与することになります。このような意見の対立のあるときに政府、与党が「中立」を盾に何かを要求するとき、それは現実的には「政府、与党に反対するな」という意味にすぎません。国会議員という特別な地位を利用してこの件に介入した稲田議員や有村議員が「中立」なわけはないということは、念のために言っておきたいと思います。

この映画「靖国 YASUKUNI」についての内容が一般公開されていないうちから上映中止の騒ぎになったことはたいへんおかしなことであり、残念なことでした。しかし、上映を考える映画館が出てきたことは明るい兆候です。この検閲騒ぎが映画の良い「宣伝」になればいいのですが。

最後に一つ、問いを出してみます。

「反政府的、反権力的」とみなされる可能性がある文化事業に政府の助成金を出すことは是か非か？（もちろん、反民主主義的でない事業という前提で。）

フランスの哲学者、故ミシェル・フーコーがこんなようなことを言ったと聞いたことがあります。「フランスは毒でも輸出する」と。自国や権力に向けられた批判の矢さえも商売の種にする度量こそが民主国家のバロメーターであると私は考えます。その意味で、上の問いに私は「是」と答えます。

春霞さんのこの記事もぜひどうぞ。

●Because It's Ｔhere
映画「靖国　ＹＡＳＵＫＵＮＩ」上映中止問題～稲田朋美衆議院議員の“産経新聞での弁明”の妥当性を検討
http://sokonisonnzaisuru.blog23.fc2.com/blog-entry-1019.html


最後になりましたが、「検閲」とは何か、非国民通信さんのこの記事がたいへんためになりますので、ぜひどうぞ。

●非国民通信
日本は検閲いらず
http://blog.goo.ne.jp/rebellion_2006/e/050d9e7f3de077b0df665e28914ca48d


ここで終わるつもりだったけど、この件についての鋭いコメントを、ひとのことはいいんだよさん経由で知った黒的九月さんの記事に見つけてしまいました...。今まで書いてきたことが全部無駄になったような気もしますが（笑）、引用させてください。

●黒的九月の死亡遊戯
じつにしょーもない疑問なんだが。
http://d.hatena.ne.jp/blackseptember/20080406/1207482095

あの映画を「反日プロパガンダ」だっってんなら、それこそ日本以外で配給される事に危機感持ったほうがいいんじゃね？海外で見られる事にはなんとも思わないんだろうか？

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