コメント
FAQ
ただ、今のところ僕の方で書いたことのある、まとまった形での死刑廃止論は、先に取り上げてくださったブログの記事の他は、ホームページのコラムで書いたものだけです。HPの方はトラックバックが送れないので、このコメント欄に合わせて記載します。
「通りすがり」のコメントを再考する
http://blog.goo.ne.jp/civil_faible/e/8aeb13b58233968e267079404eb7418e
2007年 政策提言のようなもの③ 4 死刑制度廃止
http://civil-faible.hp.infoseek.co.jp/21_20070924.htm
使えそうなら(部分的でも)、どうぞご自由に使ってください。
http://www.telegraph.co.uk/news/main.jhtml?xml=/news/2002/10/31/wgia31.xml
http://image.blog.livedoor.jp/muki2007/imgs/4/0/40bf7d56.jpg
http://image.blog.livedoor.jp/muki2007/imgs/b/9/b9259cb9.jpg
日本が犯罪者天国とかいうのはもはや妄言の類だと思います。
こういうニュースは一切報道されないことはおかしいと思います。アメリカがどうだの中国がどうだの、死刑廃止論者がどうだのとか、刑務所が緩いとかそんなわけのわからないことばかり。
もうその時点で日本のマスコミは終わっているんですよ。この前の加の大量殺人鬼の件にせよ、AFPニュースぐらいでしか報道されなかった。
http://www.geocities.jp/y_20_06/lwop.html
>みなさま
ニュースがかなり恣意的に取捨選択されて日本のマスメディアに乗せられているというのはその通りだと思います。たとえば、ヤフーニュースのヘッドラインを日本と西欧のものと比べてみるとはっきりわかるというのが私の印象です。たとえばフランスのヤフーではヘッドラインに政治や社会の大きな動きが来ていますが、日本のヤフーでは三面記事やスポーツ、芸能ネタが多くを占める。日本は視聴率、クリック率第一主義、多くの諸外国はニュースの価値をより重視してニュースを発信しているように思います。しかし、それでも、今のサルコジー支配下のフランスでは、サルコジーの息のかかった報道機関がサルコジーの意向を反映した報道の仕方をしている、というのは私のフランスの友人の嘆きです。
>レイランダーさん
ありがとうございます。私の記事よりいいかもしれませんね。ありがとうございます。もちろん採用させていただきました。今後も情報がありましたらお知らせください。
死刑FAQ、本当によい記事だと思います。ぜひ充実させていっていただきたいと思います。
微力ながら、僕が普段から抱いている疑問をいくつか挙げます。この内いくつかは、僕自身悩んでいて、まだ答えが出ていない問題です。
Q: 死刑反対論では、死刑の代わりにどのような刑を考えているのか?
(釈放のない重無期刑を導入するのか? それとも
犯罪者の更正に力を注いで、全て有期刑にするのか?)
Q: 重無期刑を導入するなら、それは死刑に比べて優れていると言えるのか?
(囚人には自殺は許されません。
ただ寿命が尽きるまで刑務所暮らしを強いるのも
残酷で、消極的な死刑とはいえないでしょうか?)
※「冤罪」が答えかと思いますが、代案に重無期刑を
考えるなら、FAQには欠かせないQだと思います。
Q: 有期刑にするなら、刑期の上限を決めるのか? 決めるとしたらどのくらいなのか?
(具体的な数字よりも、一部の外国で有期刑が
「実質的な無期刑」として運用されている実態を
どう考えるのか、それを防ぐべきなのかどうか、
を悩んでいます。懲役100年など。)
※「実質的な重無期刑」を皆無にできないのであれば、
一つ前の質問「重無期刑を導入するなら…」にも
答えが必要になります。その意図での質問です。
Q: 死刑反対論の立場として、応報刑論をどう考えるのか? 罰として苦痛を与えるという考えは一切認めないのか? それとも一定限度認めた上で、死刑は行きすぎだと考えるのか?
(思考実験です。仮に優れた方法があり、
どんな凶悪犯でも一瞬にして改悛させ、
絶対に再犯を防げるとします。
そのような社会では、一切の刑罰が不要となるのでしょうか?)
Q: 国際社会の風潮や人権団体の主張は、「死刑が“良心の囚人”に適用される」ことを論拠の一つとしていると思います。この点を踏まえても、殺人犯にしか死刑が適用されない日本の現状で、これらの国際的な動向は考慮に値するでしょうか?
(これは既存のQ「他国のまね…」への再反論になりますね。)
死刑廃止論にからい質問の数々で申し訳ないのですが、僕は決して「確信的な存置論者」ではありません。 死刑の犯罪抑止効果は信じていません。また「冤罪」に関する論点は、死刑廃止の強力な論拠だと認めています。
ただ、「確信的な死刑廃止論」に傾くのを押しとどめている疑問の数々を、挙げさせて頂きました。
>birds-eyeさん
なかなかすぐには手が回りません(汗)が、心に留めておこうと思います。
お返事をそれで終わらせるのも無愛想ですので(笑)、一つのポイントについてだけ私の思い(「答え」ではありません)を申します。
>Q: 死刑反対論では、死刑の代わりにどのような刑を考えているのか?
(釈放のない重無期刑を導入するのか? それとも
犯罪者の更正に力を注いで、全て有期刑にするのか?)
「死刑反対」の人にも、代替刑についてはいろいろな案がありえます。それぞれの案にはまた、賛成、反対といろいろ意見が出てくると思います。また、代替刑についてのこの問いは死刑反対者だけが答えなければならない筋のものでもなく、社会全体で考えることができる問いだと思っています。そういう意味で、「死刑の犯罪抑止力」のような「事実」に関する質問とはちがった方法でご指摘の問いを扱うことになるかもしれません。
今後も気がついた点を指摘いただければ幸いです。
僕も自分のブログで扱いきれなかったネタを丸投げしただけですので(苦笑)、どうかごゆっくり。
>代替刑についてのこの問いは死刑反対者だけが答えなければならない筋のものでもなく、社会全体で考えることができる
おっしゃるとおりです。死刑の賛成・反対にかかわらず、この問題の議論をする全ての人に、「犯罪者の懲罰と更正」についての全体的な展望を持ってその中で死刑制度を考えてもらいたいです。
こういうニュースも、大切にしたいです。
http://www.asahi.com/national/update/0105/TKY200801040265.html
>birds-eyeさん
ご紹介の記事、見てみました。確かに、こういう施策は大切ですね。刑務所の中で心をすさませて職業能力もおざなりにしか身につけさせないでいるなら、どうして出所者が社会の中に居所を見つけられるか、という話ですからね。
メモのために記事の趣旨を一部引用。
----以下引用----
刑務所職業訓練、「ガテン系」脱却 エステや設計も
2008年01月05日22時29分
エステティシャンの養成やコンピューターを使った設計(CAD)の技術指導――。刑務所内で受刑者が、そんな職業訓練を受けられるようになる。これまでは「懲役刑」の趣旨を踏まえ、溶接や塗装、配管など、「ガテン系」と呼ばれるような「きつい職種」が中心だった。しかし出所後の就職しやすさをより重視して、新しい職種を導入することになった。
法務省は新年度、女性だけを収容している栃木刑務所(栃木市)に、エステティックサロンで働くエステティシャンを養成する「総合美容技術科」を新設する。
首都圏のサロンからプロのエステティシャンを刑務所内に招き、パックや脱毛、マッサージ、化粧の施し方などを半年間、計720時間で学ぶ。接客の方法も身につけ、修了時には日本エステティック協会の証明書を受けられる。
このほか、二つの刑務所にCAD技術者の資格を取るための科を設ける予定。洋服の型紙を作ったり、家具を設計したりできるなど様々な業界で需要の高い技術だ。
(以下略)
勉強になりました
一応すべて読みましたので死刑に反対の方の考えが理解は少しはできたかと思います
そして、死刑を無条件に肯定する方の書き込みは多いのも興味深かったです。正直肯定するのならもっと綺麗に肯定すればいいのにと思ってしまいました。なんか醜い罵りが目立った気がします。
で、理解しても私は未成熟ですから今は死刑を肯定せざるをえません。紹介されているブログのかたに言わせたら幼稚な感情論や暴論なのでしょうが、、、身内がやられたら(事故はのぞき<事故の定義とかは勘弁してください>)どんな手段を使っても、、、と思ってしまいます。
まだ勉強したいのでもっと充実させてください。また見に来ます。
>朱麗さん
そのように読んでいただければ私も苦労して死刑廃止の記事を書いているかいがあります。
ただ、これは何度も言わせていただきたいのですが、私自身は感情論を切り捨てるつもりはありません。犯人を死刑にしたいという被害者遺族の感情のことも人間の自然な感情であると考えます。そもそも、私の別の記事でも書いていますが、たとえば、裏サイトで知り合った3人による名古屋の女性殺人事件については、報道されていることが事実なら「こんな連中は死刑だ!」という心の声は私の頭の中をやはりよぎるのです。
だけど、だけど、制度としての死刑には、このブログの中でも何度も書いている通りの理由で、また、私も紹介しているほかの死刑反対者が書いている通りの理由で賛成できない、というわけです。
これからもほかの人の意見も紹介しながら、私自身も頭を絞りたいと思います。朱麗さんのような方の思いを尊重しながら、そのような方にも真剣に読んでいただける記事を探したいと思いますし、私自身の言葉も充実させたいと思っています。
今回は、死刑廃止の主張にはこういう理由があるということを朱麗さんにわかっていただいたことで私も報われた思いです。
これからもよろしくお願いいたします。ありがとうございました。
コメント欄にて失礼
TBが通らないうえに、該当のQがないという哀しい「戯れ言」で何の説得力もないのですが、一応廃止の意志を示す為に、コメント欄にて細々と主張したいと思います(爆)。
http://dr-stonefly.at.webry.info/200801/article_3.html
話の流れで(TBについて)
死刑FAQとは関係ない内容なので、お読みになった上で消していただければ幸いです。(折り返しのご質問などがありましたらその限りではありませんが)
>みなさま
記事を書いて知らせていただきましてありがとうございます。該当の「Q」はdr.stoneflyさんが適当につけてください。^^
>birds-eyeさん
webryからのトラックバックをはじくような設定にはなっていないのですが、おかしいですね。こちらfc2からは通るのに。トラックバックURLを二つ入れてみたり、仮言及URLを入れたりして何度か試してみてください。
こんばんは
まあ、私なりの廃止論で説得力無いかもしれませんがトラックバックも送らせていただきました。
よろしくお願いしますね。
ビデオニュース.comで
http://www.videonews.com/on-demand/371380/001318.php
マル激トーク・オン・ディマンド 第374回(2008年05月31日)
「なぜ日本人は死刑が好きなのか」
あるべき姿の強制
死刑に賛成するのは人殺しだ。
死刑に賛成するのは人道に反する。
→死刑賛成論者は罪人だ。
罪人は再教育されなければならない。
罪人は社会を受け入れなければならない
罪人は真人間にならなければならない
→死刑を望むような病んだ心は再教育されなければならない。
イヤな奴に死んでしまえと思うことも許されない。そんな世界なんて・・・。
>KYさん
リンク先お読みじゃないですよね?
まと
村野瀬様の文章はかなり抑制がきいていると思いますが、リンク先を拝見させていただきますと・・・
「アホとしか思えない」
「(死刑があるから)日本は民主主義国家ではない」
「犯罪的無知」
等々、死刑存置派をこれでもかと罵倒する言葉にあふれております。
これは実は「世の中に逆らって死刑廃止を主張するかっこいい俺様」を演出したいので、本当に死刑廃止になったり死刑廃止論者が増えては困るからわざと感情的反発によって存置派が増えるようにと書かれたのではないかとさえ思います。
とりあえず私の理解では、死刑廃止論の主要ポイントは
・死刑は○○しない(犯罪抑止、犯人の更正、被害者の救済等々)
・だから死刑は廃止。
・死刑廃止しない日本国民は民度が低くて世界の恥さらし。死刑賛成者は人殺し。
これに対して死刑存置派の意見といえば(私の身近での話ですが)
・ひどい奴は死刑。すっきりする。わかりやすい。
・だから死刑は存置
・死刑廃止なんて言う奴は犯罪者の味方。死刑反対者は人殺しの味方。
・・・・もしかして、死刑廃止論者は単に日本をdisりたいだけで、別にネタは何でも良いのでは?
KYさんへ
>→死刑賛成論者は罪人だ。
>→死刑を望むような病んだ心は再教育されなければならない。
とまでは言っていないですよね。
KYさんにとっては「言われたも同然」かもしれませんが、やはり売り言葉に買い言葉でなくて、冷静にいきませんか?
ましてや
>イヤな奴に死んでしまえと思うことも許されない。そんな世界なんて・・・。
というのは、死刑反対派にとっては、まだ「そんな世界」にはなっていませんし。
だって、「許されない」っていうのは、死刑賛成って言っただけで逮捕されちゃう世界ってことです。
まだ「死刑賛成!」って声高々にいえるのですから、大丈夫ですよ。
死刑反対派から冷たい視線を投げかけられるだけですもの。
ただし、「生きさせろ!」と歩くと、逮捕されちゃう世の中なので、気をつけないといけないのは確かです。
一つ質問
『代わりに終身刑を創設し死刑を無くす。もしくは代替刑を創設してから死刑の是非を問う』
と主張される方が死刑廃止論者には皆無に近いと思いますが
>必殺通行人さん
「死刑廃止」というカテゴリーの記事、読んでないですよね。
http://muranoserena.blog91.fc2.com/blog-category-4.html
今回のあなたのコメントに対しては、中でもこの二つを。
http://muranoserena.blog91.fc2.com/blog-entry-743.html
http://muranoserena.blog91.fc2.com/blog-entry-858.html
> 以前にも訊いたと思うのですが、死刑廃止を訴えるのは人それぞれの考えなので構わないと思うが、『死刑に代わる刑』について何も主張されないのは何故ですか?
死刑に替わる刑、って「仮釈放のない終身刑」のことでしょうか。(それとも、ほかに何かありますか?)
もし「仮釈放のない終身刑」のことをおっしゃっているのなら、上にリンクした二つの記事がそれへの答えです。現行の終身刑が「仮釈放のない終身刑」になっている現実を踏まえれば、「死刑に替わる刑」を新たに創設する必要は薄い、もしくは無い、と思います。
必要なのは、まっとうに働けばぜいたくはできなくとも一生安心して暮らせる社会を作ること、そのような社会を作れる考え方をはぐくむ民主的教育を行なうこと、社会の中に連帯感をはぐくむこと、犯罪被害者やその遺族への精神的ケア、経済的支援を充実させることです。
> 『代わりに終身刑を創設し死刑を無くす。もしくは代替刑を創設してから死刑の是非を問う』
> と主張される方が死刑廃止論者には皆無に近いと思いますが
皆無どころか、国会議員の中の死刑廃止派の中に「仮釈放無しの終身刑を創設する」という議連に参加する動きがあることは上にリンクした二つの記事で触れました。
もっとも、その議連は死刑維持派も加わっていますから、先行きは不透明だと私は思います。「死刑廃止と同時に『仮釈放無しの終身刑』を暫定的に新たに導入した後、現行の終身刑(仮釈放の可能性あり)の運用が現実には『仮釈放無しの終身刑』に近くなっていることをクローズアップして、その運用の適正化をはかり、そのうえで、新たに導入した『仮釈放無しの終身刑』を数年かけて廃止すべく法制度を整えてゆく」という方向性なら、私としては100%賛成ではないものの考慮の余地はあると思います。
いずれにしても、もう少し勉強してからコメントしてほしいと思いますが...。
KY
・反省刑
本人の歪んだ価値観、経験不足、知識不足、共感する力の不足、などを徹底的に親身になって補い、普通の文化的な一般生活を送ることのできる教養と知性と理性と道徳を養うまで徹底的に教育する。
→そして「まとも」どころかさらに高いレベルに達した受刑者に、今度はその自分の理性によって自分の犯した取り返しのつかない犯罪について真摯に、徹底的に、完全な論理的結論が出るまで反省させる。
→そして反省したのなら罪を感じて死ね、と言いがちな社会に対しても、自死以外の方法で自分がどのように自分の犯した犯罪に対して責任を取り、どのように罪の償いをするのかを論理的かつ理性的に、相手の納得が得られるように穏やかに話すことができるようになるまで徳育を施す。
→そして出所の暁には、それまでに培った罪の真の意味での反省と贖罪を実行すること。
以上
んー、いっそ死刑にして世界から解放してやるほうがよほど優しい気が・・・(笑)。
おや?
もう一度
『何故死刑廃止だけを先に訴え、終身刑創設の方は力を入れないのか?』
あなたのブログで見た記憶が無いのは気のせいですか?
筋道として終身刑創設してから代替刑ができたから死刑を廃止しよう、という論調なら死刑存続派も理解しやすいと思いますが、そのような論調は見たこと無いのは何故?
なのに、もっと勉強しろと言われてもねぇ(笑)
少なくとも『不都合なコメントは表に出さない』って事をしている方が他人に言える台詞なんですか?
>必殺通行人さん
消してませんよ。コミュニケーションしがたい粘着質な人だと判断したので対話は無意味だと思っただけで。
> 『何故死刑廃止だけを先に訴え、終身刑創設の方は力を入れないのか?』
力を入れている国会議員たちはすでにいる、って言っています。私の意見は、現在の無期懲役が事実上の終身刑となっているから、そのうえにあえて仮釈放のない終身刑を創設する必要を特に感じない、という趣旨で書いていますけど。
人の言うことをまったく読まないあなたとの対話は不可能だと感じます。
意義深い死刑廃止論議
理由1 冤罪、或いは、誤った量刑判断の場合に、死刑を執行してしまうと取り返しがつかない
理由2 死刑制度が、確かに殺人犯罪を抑止しているという証拠はない。
しかしながら、それを死刑廃止以外の方法で補う事は可能であると考えます。 それは、むしろ死刑廃止以上に重要な課題と言えます。
対策1 冤罪を極力避けるために、疑わしきは罰せずという原則を徹底する。
( 現実には、日本の刑事裁判の99%が有罪になっており、これを是正する事の方が、死刑廃止よりも先に解決すべき問題でしょう。)
対策2 犯罪を抑止するための教育、啓蒙、更正施設充実、貧困撲滅の施策を強化する。
現実的には、死刑を廃止するために乗り越えなければならない壁は非常に高いと言わざるを得ません。 (世論調査で)国民の7~8割が死刑制度を支持しているのは、それなりの理由があり、それらを克服しなければ死刑廃止は出来ません。 幾つかを過剰書きにしてみると、
1. 被害者に対する相応の補償や家族などの被害感情にどう対処するのか
2. 死刑に代わる罪状(例えば、釈放の無い終身刑)を決める必要がある
3. 死刑より軽い刑も、全般的に引き下げるのか
4. いかにして、刑務所に更正施設としての機能を持たせられるのか
個人的には、特に 4.の問題は大きいと思います。 何故なら、犯罪者が罪を反省し、償う為に一生懲役に服すという「人間の更正」が出来ないのなら、何のための死刑廃止なのかということになるからです。
>もえおじさん
ここでは一つだけお返事させていただきます。「死刑に代わる罪状(例えば、釈放の無い終身刑)を決める必要がある」かどうかです。
本文でリンクした記事の中にもありますが、現在の終身刑制度のもとで、早期の仮釈放どころか数十年間も服役している者がかなり多いという事実があります。つまり、新たに「仮釈放のない終身刑」を導入することは「最初から希望のない刑」を死刑の上に付け加えることにほかなりません。したがって、そのような刑を創設する必要性が薄いと私は思いました。現在の終身刑制度のもとで、仮釈放できるケースかどうかをきちんと吟味すればそれで十分である、という結論に私は至っています。
うおぉぉおお、やべぇ。
記事中でのリンク、ありがとうございます。
拙ブログの駄文をこのような場でご紹介いただき、光栄の限りです。
まさかこういう不意打ちを食らうとはなぁ。
……もうちょっと論理的に練り上げてから書けばよかった。
あーはずかし。
>sutehunさん
油断大敵。爆
軽々しい事は言えない問題ですね
村瀬さんにお詫びいたします。
個人的に幼女誘拐・殺人事件で有名なM君(名前は控えますね)事件に思うところがあったので、死刑判決なども読んだりもしたですが、正直な本音として自身の罪と向き合わない(向き合えないケースもですが)を本当に死という刑罰が妥当なのか?という疑問があったのは事実です。
これから刑事裁判となるものとしては、やはり秋葉原の事件も論議の的となるでしょうが、私個人の意見としては生ある限り自身が行った行為に向き合うべきという意味で「仮釈放のない終身刑」が妥当だと考えます。
実際のところ、死刑確定囚については執行されないままのケースも多く見られ、その意味において死刑が「仮釈放のない終身刑」となっているケースが見られる事も理由にあります。
もっとも国へのテロ行為に該当するもの、日本で言えばオウム真理教のサリン事件や米国で発生した連邦ビル爆破事件のような事例については、判断が出来かねます。
これについて死刑廃止を求める事は、正直厳しい気がします。
最終的にはこの国に住まう皆の判断になるでしょうが、世論合意については難しい問題があまりに多いというのが正直な本音です。
MBD
更正というのは、つまり、殺人その他犯罪を犯したおかげで自分は世間に貢献できる人間になれた、被害者はそのためのやむをえない犠牲だった、被害者より今の自分のほうが世間の役にたっている、等と犯人に言わせるに等しい行為です。
少なくとも、私が被害者とその遺族であるとしたら、そう言われているとしか思えませんね。
またまともに反論できない完璧なコメント送ってしまって済みませんね。
>MBDさん
MBDさんへ
大穴空けといてどこが完璧なんだか。
更生というのは『世間に貢献できる人間にな』ることではなく、たんに社会的常識を有した普通の人間になることである。
犯罪(この場合は過失犯を含みませんね)を行う人間にはこの常識(人を騙しちゃいけませんとか、人の物を盗んじゃいけませんとか、人の命を取っちゃいけませんとか)が共有されていないとされる。ゆえに能動的に罪を犯すわけで、これは放置できない。
しかし同時に、権利侵害は絶対に否定される。なぜならまた、それも社会的常識に反するからだ。だからこそ、更生させることでその後の虞犯要素の排除に努めることになる。
それは現行法制上、一連の刑事手続きの中でのみ行われる。犯罪行為によっては行われない。
ちょっと簡単すぎる感じもするけれど、最低限こういうことは認識してくれないと。
まぁこのコメントも消されるから意味ないんでしょうけど。
こうしてサヨの印象操作を目の当たりにしている私としては、絶対にこの人達の言うことは信じられないわけです。
もちろん更正は無理でしょうね。
ただ、割に合わないから止める、我慢するというだけで。
私自身、前科こそ無い(ただ捕まってないからではなく、犯罪を実行したことが無い)ものの、主に窃盗の誘惑に駆られることが多いですし、一旦犯罪を犯した人間が我慢や諦めだけに留まらず、さらに更正となると事実上不可能と言えるでしょうね。
そもそもこの場合の更正ってなんでしょうか?
なにがどうなれば犯罪者は更正したことになるんでしょうか?
犯罪がいけないことだと知らないとか我慢できないとか、そんなの理由にならない。
もしそれを教えこむのが更正なら、それこそ犬猫並のしつけになりますが、そんなのはあなた達の大好きな人権侵害ですよ?
>MBDさん
更生
とりあえず日本はもう少し保護観察を行っている人たちに予算とか何かつけてあげてもいいのではないかとは思うのですが、ところで海外ではここらへんはどうなってるんでしょう?
教会の持ち出し?ボランティアが盛ん?やっぱり「民度」待ち?
教育ったって「社会通念から遊離した」道徳を詰め込んだって社会に出たらぺしゃんこに叩きつぶされるでしょうし、難しい問題ですよね。
ご紹介。
http://blog.livedoor.jp/hangyoreh/archives/532264.html
韓国は昨年政権交代があったわけですが、右派の大統領、与党から、死刑復活の意見が出ているようです。私は憂慮します。
でわ。
過去、現在
社会的犯罪が起きる事に第一責任は政権を握っている側にあります。犯罪が起きないための社会環境つくりの責任を果たせていないためです。人間誰でも生れ付き犯罪者ではありません。階級的な社会の仕組みが犯罪を生み出し、格差が深化すればするほど増加と凶悪化の可能性も出て来ます。死刑制度の廃止は健康な社会つくりのための重要な第一歩に過ぎません!
私の場合は死刑制度に関してちょっと別の観点から廃止をと考えています。
殺人などの重大犯罪は同然ですが刑事罰と合わせて民事上の責務もありますよね。
主に慰謝料の事ですがなぜかこの事が軽んじられているような気がします。
人を故意にしろ過失にしろ殺めてしまった場合、莫大な慰謝料を科せられますが聞いた話ですと大半は加害者が破産宣告をしたりして言葉は悪いですがチャラになってしまってるのが現状のようです。
殺人などの重大犯罪の場合、これを出来ないような決まりを作って一生を掛けて払い続けなければならない、というようにするのはどうでしょうか?
実際数億円の慰謝料を払い続けていくのは億万長者でもない限り、まさに生き地獄のような感じではないでしょうか?
少し幼稚な考えとは思いますが、このあたりから罪を犯した人の贖罪の意識、被害者遺族の感情などみんなが納得できるような突破口があるのでは?と思うのです。
死刑にしてしまえばそれで全て終わりになってしまうのですから。
それよりも裁判員制度です。司法参加はこれもまた先進国では普通なんですけど、市民が
死刑判決だすのはめずらしいらしいです。
「それでもぼくはやってない」じゃないけど、まちがいないと本当に納得できるのか、万が一誤審だったら?背負う重荷はとても大きいです。
中国も死刑廃止の方向へ向かってますよ
中国は死刑廃止を既に決定してますよ.模範囚から次々に無期懲役刑,重労働刑,期間限定刑などへ刑罰を軽くして行くということに中央法院が決めたそうです.中国も日本同様,囚人が増えすぎて,刑務所や刑務官が足りなくなっているという事情があるらしいですけれど.
# 中国の人権うんぬんを言うのなら,まず韓国や台湾やタイの現状から述べるべきですね.
裁判員制度も死刑問題も人類普遍の原理・原則へ立ち戻る必要がある。
このような人類普遍の原理・原則を裁判所という権力機関へ突きつける国民の民主主義が裁判所の刑事司法を民主化していく人類の力としての法である。
理詰め
しかし人間には感情がある。大事な人を殺されて「被害者は死んでいるからもう人権はないが、加害者はまだ生きているのだからその人権は尊重されなければならない」などと言われて平然と納得できるような奴には心が無い。
社会は理性によって運用されるべきであり、感情は排されるべきである、というならば、新自由主義者のように法律に触れない範囲で非人道的に金儲けをする人間のことを非難できるのだろうか?
死刑を廃止する、というその前に、被害者やその遺族を救済する方策を充実させるのが先ではないのか?
(何をもって救済とするのかも含めて)
それは絶対に違う
被害者や遺族の権利や救済は解ります。ただ、それと推定無罪の話は全く別でしょう。
推定無罪が有名無実化すれば民主主義国家ではありません。
推定無罪を理詰めで押し通すのは、
心が無いとか意味が分かりません。
もし私が自分の身内を殺されたら、犯人にはひと思いには死んで欲しくないですなあ。一生かけてでも自分の犯した罪の重さを理解してもらわないと。
と、そのために更生教育ってものがあるわけで(ま、本当に更生したのかどうかが問われる事にもなるわけで、その辺は催眠術でも心理探査でもなんでもやって、更生が本物かきっちり調べていただきたいですが)。
あと、時折「死刑になりたくて犯罪を犯した」という輩が出てきますが、そういう犯人の存在を死刑賛成派の人はどう捉えてるんでしょう?
死刑の密行主義は改められるべきではないですか?
死刑にも可視化を求めていくべきではないですか?
せめて刑場の一般公開だけでも実現してほしいです。
死刑の現場を自分の目で見る、それが正義の名の下に命を奪うと言う制度をもつ国の、犯罪者の命を絶つことで安心を享受しようとする国の住民としての責務だと私は思うのです。
廃止か存置かは、その次のステップだと思うのですよ。
汚れ役を他者に推しつけるのではなく
国民の9割近くが死刑制度を支持しているといわれる日本。裁判員制度も施行されて1年です。量刑として死刑が選択される時もいずれ訪れるでしょう。
直接に実際に「死刑」を知っている人がどれほどいるでしょうか。
自分自身が量刑選択し、死刑執行命令書に判を押し、死刑囚に「お迎えだよ」と言い、刑場へ連れ出し、死刑囚の首に縄をかけ、遺体となった死刑囚を降ろし、眼も舌も飛び出、糞尿にまみれた死刑囚の始末をする、その一つでも経験したうえで死刑賛成と言っている人がどれほどいるでしょうか。
刑場は壮絶な場ではありますが、しかし、加賀乙彦氏は「死刑の苦痛の最たるものは、死刑執行前に独房のなかで感じるものなのである。死刑囚の過半数が、動物の状態に自分を退行させる拘禁ノイローゼにかかっている。彼らは拘禁ノイローゼになってやっと耐えるほどのひどい恐怖と精神の苦痛を強いられている。これが、残虐な刑罰でなくて何であろう」と言います。
死刑制度と裁判員制度との関連から、
「死刑とは何か~刑場の周縁から」http://www.k4.dion.ne.jp/~yuko-k/kiyotaka/itami.htm
をご紹介します。
刑務所見学ツアーも必要
刑罰は死刑だけはありません。
懲役、禁固の現場を自分の目で見る、それが正義の名の下に人の自由を奪うと言う制度をもつ国の、犯罪者の自由を奪うことで安心を享受しようとする国の住民としての責務でしょう。
被害者遺族保護視点からの死刑廃止論
「殺す人間の世界は広がらない。必ず閉じていく。」
死刑について考える時、私がどうしても離れられないのが「光市母子殺害事件」である。
ニュースステーションで初めて見た本村洋氏は、殆ど殺人予告と受け取られかねない発言をしていた。世の中には感動した人も多かったようだが、私は「事件が人を鬼に変えてしまった」と、ただ悲しかった。
それから十数年。彼は考えを更に進めて、今は死刑を勝ち取る闘いを続けている。「死刑を勝ち取る闘い」とは、何をどう言い繕ったところで、「国に被告を殺させる」闘い、つまり「国の力で被告を殺す」ための闘いである。
初めて知った日から今日まで、本村氏を好きだと思った事は一度もない。
ただそれでも、ずっと変わらずに存在する、否定しきれない感情が私にはある。
・・・彼に、被告を殺させたくない。
被害者遺族は、殺してはいけない。
国は殺す/殺さないという選択を被害者遺族にさせてはならない。
本村氏のこころを、国の秩序を維持するための生贄にすることなど、あってはならないことなのだ。
本村氏が今の闘い方を自ら止めた時、私は、「もとむらさんよかったあ」ときっと思うんだろう。そのくらいには好きなのかも知れない。なかなか認めづらいものではあるけれど。
そう
我々はこれ以上テロリストにテロを起こさせたくはない。イスラエルの存在を認め、パレスティナを独立させる。国連が最初に定めた分割で妥協する。
光市事件と弁護士懲戒請求最高裁判決
http://blog.goo.ne.jp/kanayame_47/e/e251a21f39f9bf7f5630d29db690837c
問題発言
法相のふざけた妄言
日本は、検察が妄想で犯人だと決めて起訴した事件に対する有罪率が99%、こんなことは絶対にありえません。この数字は裁判所が事件を公正に審査せず、いかに検察の起訴事実にのみ追従しているかをあらわしています。東電社員殺害事件でろくに審査することもなく、短期間のうちに当初から有罪ありきの姿勢で有罪判決を下した高裁、それを支持した最高裁の姿勢をみても明らかです。
そもそも「検察や裁判所が大がかりな国家の力で捜査し裁判に結びつけ死刑判決を下していた」多くの国で死刑が廃止されているのです。
にもかかわらず、死刑の執行を正当化するための滝実法相のふざけた妄言にはただただ閉口させられるばかりです。
国連総会の死刑執行の停止決議案採択を歓迎する
これで4回目の決議案の採択ですが、今回は今までで最多の111カ国が賛成し、回を重ねるごとに賛成国が増えています。
日本は案の定、決議案に反対した数少ない国となりました。
死刑制度の廃止は、世界の潮流というよりもはや常識になりつつあります。
非人道的で、残虐で野蛮、突極の人権侵害以外の何物でもない死刑制度は、21世紀においてもはや存在余地がない制度であることは明らかです。
破綻した根拠を持ち出す谷垣法相
死刑制度が必要だと思う根拠、理由を述べていますが、これらは死刑を正当化する理由にはならないという国際社会の結論がすでに出されています。死刑執行を正当化するために破綻済の根拠、理由を持ち出すのですからただただ閉口させられるばかりです。
死刑の廃止はもはや世界の常識となり、今年10月には国連人権理事会の定期審査で、多くの国から日本は死刑を見直すように勧告を受けています。
にもかかわらず、これに逆らうかのように死刑判決を乱発し、死刑執行の加速に固執していても、日本は「突極の人権侵害が行われている国」「残虐で野蛮な非人道的な国」だということを世界にさらけ出す以外の何物でもありません。
「国連が何だ!」「日本は日本だ!」などと叫んでいても、世界の視点にたつと「井の中の蛙」「独り善がり」以外の何物でもありません。
2013年9月12日の死刑執行に強く抗議する
死刑制度が突極の人権侵害以外の何物でもないことが明らかになり、国連総会は死刑廃止を決議、それを無視してベルトコンベア式大量処刑を続ける日本は国連の条約諸機関から度重なる勧告を受けています。
死刑の執行を行えば国際社会から日本への批判が起こるのは目に見えているため、五輪の開催に配慮して東京がオリンピックの開催都市に決定した直後に計画的に死刑を執行。
こういったきたない手法は、非民主的な独裁国家が用いる手法です。
そういうと戦前レジームの安部内閣も民主主義とは対極の価値観の内閣です。
まったくもって、「最低」!「卑劣」!ことをやってくれます。
訂正(脱字一字あり)
まったくもって、「最低」!「卑劣」!なことをやってくれます。
です。
「な」が抜けていました訂正します。
それにしても、安部首相の外遊が終わり、オリンピックの東京招致が確定し、諸外国から批判を受けにくい時期を恣意的に選んで死刑を執行、独裁国家が用いる手法そのものです。
これは国家による犯罪行為だ
強く抗議したいと思います。
今回死刑が執行された2名のうち1名は、死刑確定から1年4ヶ月しか経過しておらず再審を準備中。
もう1名は過去に5回も再審請求を行い、いずれも棄却、年明けには再審請求を予定。
再審請求されないうちに、恣意的に死刑の執行が行われたことが明白です。
ちなみに、日本では、再審請求をしてもまともに審査されず、最初から再審請求棄却ありきの不当行為が横行しています。
いずれも、死刑存置国であっても死刑の執行が見送られるべきケースでした。
これは、死刑執行というより、国家殺人であり、国家による犯罪行為そのものです。
さらに2人とも同じ境遇に育っても犯罪を犯さないと自信を持って言える人が果たしているのか?といわれる不遇な生い立ちの過去を持っています。
量刑を判断する際には、生育歴への判断は当然必要です。
「不遇な生い立ちでも立派になっている人がいる」などといった強者の論理、ふざけた暴論を主張し、結果だけで量刑を判断するようでは、それは近代司法とはいえず、奉行所のお裁き、リンチ以外の何ものでもありません。
谷垣法相による最低、卑劣な行為
強く抗議したいと思います。
法相を退く谷垣が内閣改造前に駆け込み的に死刑を執行、執行の責任を追及できない時期をあえて選んだ最低、卑劣な行為そのものです。
また、今回執行された2人は、いずれも再審準備中であり、再審の機会を恣意的に奪うといった国家による犯罪行為そのものです。
それにしても、わずか1年8ヶ月の間に11人の死刑を執行にしたのですから、例の鳩ポッポ法相と同じく、異常な血が流れている人間としかいいようがありません。
まあ、そういった人間だから死刑執行に血道を挙げる日本軍国主義者「安部晋三」が法相に選んだのでしょう。
ともかく死刑廃止が世界の常識となる中、非人道的で残忍で野蛮な死刑執行を加速させる日本に対して、国連、EUをはじめとする民主主義国、各人権団体は、批判の声を挙げ続けなければいけません。
「死刑廃止を視野に入れた死刑執行の停止」を求める決議案の採択を歓迎する
今回で5回目の採択ですが、過去最高である117カ国の賛成によって採択、毎回賛成国が増えています。
世界の進歩、人類の進歩によって導き出されたこの採択を歓迎したいと思います。
誠に残念ながら、日本はといえば案の定、決議案に反対。
マスコミはといえば、こういった重大なニュースを全く報じません。
世界の進歩に逆行し、「死刑大国」「監獄国家」化を推進する政府。
それを支えるマスコミといった構図が浮かび上がります。
官民一体となって国際社会に日本の恥をさらけ出すこういった行為には、ただただ閉口させられるばかりです。
米ネブラスカ州の死刑廃止を歓迎する
保守反動的な州知事の妨害があったにもかかわらず、見事にこれを覆した州議会の英断に敬意を表すると共に、ネブラスカ州が死刑廃止州の仲間入りを果たしたことを心から歓迎したいと思います。
国家犯罪(国の行う人殺し)、突極の人権侵害でしかない死刑制度。
先進国で存置している国は、日本とアメリカの一部の州だけになりました
死刑を存置する他の州もネブラスカ州にならい、死刑制度廃止の英断を!
そしてアメリカも死刑廃止国の仲間入りを!
2015年6月25日の死刑執行に強く抗議する
死刑が執行された神田司さんは再審を準備中、しかしその再審準備を妨害するといった司法の犯罪が行われました。
また、一審の審理しか受けておらず、控訴取り下げも事情を考えると無効そのものです。
上川法相が語っているように「裁判所の十分に審理を経た上で死刑が確定」などお世辞にも言えません。
死刑廃止がもはや世界の常識となり、国際社会が死刑廃止を求める中、それをわざわらうかのように行われた今回の死刑執行に強く抗議します。
6回目の国連総会の死刑執行の停止決議案採択を歓迎する
2007年に1回目の採決が行われて以来、今回で6回目の採択です。
世界の進歩、人類の進歩によって導き出されたこの採択を歓迎したいと思います。
1945年に国連が創立された当時は加盟国51のうち、廃止国はわずか8カ国でした。
しかし、その後多くの国で廃止され、現在は193加盟国のうち2015年には全体の88%にあたる169カ国が死刑の執行は行っていません。
それは人類が死刑制度が誤った制度であることに気が付いたから、世界は死刑廃止へと向かうのです。
しかし、誠に残念ながら、日本はといえば相も変わらず決議案に反対。
マスコミはといえば、相も変わらずこういった重大なニュースを全く報じません。
世界の進歩に逆行し、「死刑大国」「監獄国家」化を推進する政府。
それを支えるマスコミ。
官民一体となって国際社会に日本の恥をさらけ出しているということをいいかげん自覚すべきです。
2017年7月13日の死刑執行に強く抗議する
心より歓迎したいと思います。
世界が最も残虐で非人道的な刑罰である死刑廃止へと向かう中で、日本では7月13日、西川正勝さんと住田紘一さんに死刑の執行が行われました。
8月上旬に内閣改造が予定されているこの時期の執行は、執行の責任追及を逃れるための例によって例のごとく駆け込み執行そのものであり、強く抗議します。
西川正勝さんは再審請求中。
住田紘一さんは1審の裁判しか受けていません。
今回の死刑執行は公正な裁判を受ける権利を確保するという観点が全く見られず、人命を軽視する安倍政権の姿勢そのものです。
安倍政権下での処刑はこれで29名となり、いかに人命を顧みない冷酷な政権であるかを示しています。
僕の父は母を殺した
事実を受け入れられない大山寛人さんは非行に走り,自殺未遂を繰り返しました。
父の死刑判決をきっかけに3年半ぶりに父子は面会し,親子のきずなを取戻しました。
しかし,2011年6月7日に最高裁は死刑判決を下し,死刑が確定しました。
「被害者遺族」と言っても,置かれた立場や境遇,状況は一人ひとり違い,加害者に対する思いも同じであるとは限りません。
大山寛人さんの父を死刑にすることが,大山さんにとってよいことと言えるでしょうか。
大山寛人さんが父の死刑を願っているとは思えません。
平成28年犯罪白書によると,殺人事件における被害者と被疑者の関係では,親族間が52.4%とトップを占めています。
とてもつらいことですが,死刑囚が死刑になっても,被害者遺族が亡くなった人と同じ時間を過ごすことはできません。
死刑囚が死刑になったのに,何ひとつ変わらなかったと言っている遺族もいます。
死刑囚が死刑になったからと言って,亡くなった娘が喜んでくれているとは思えない,と言っている遺族もいます。
1794年7月17日,フランス革命の嵐がまだおさまらないときに,コンピエーニュで16人のカルメル会修道女が断頭台で命を落としました。政府から棄教を迫られたのですが,これを断り殉教の道を歩みました。彼女たちは,神にフランス国家の罪に対する贖いとして命を捧げました。
プーランクのオペラ「カルメル会修道女の対話」では,修道女全員が「サルヴェ・レジーナ」を歌うわけですが,一人ひとり断頭台に上るため,歌声はだんだん小さくなり,最後は歌声が絶えてしまいます。
シャリーンというギロチンの刃が滑り落ちる音,ドサッと切断されて頭部が台に落ちて跳ね返る音,これらがオペラに盛り込まれています。
死刑を賛成する日本人の8割に人たちに,ぜひこのオペラを味わってほしいものです。それでも死刑に賛成しますか?
復讐するは我にあり
グアテマラは法律上または事実上死刑を廃止した国としては142番目となります。ただし,軍法においては依然として死刑が残っています。
2017年12月17日まで上野の森美術館で開催されている「怖い絵展」が大人気です。そのなかで特に注目を集めているのは,ポール・ドラロッシュの「レディ・ジェーン・グレイの処刑」だそうです。
ジェーン・グレイはヘンリー8世の妹の孫にあたり,ギリシャ語はもちろん,ラテン語でも聖書を読むことができた聡明な女性でした。権力闘争に巻き込まれイングランド初の女王に就任しますが,反逆罪の汚名を着せられ,9日間で廃位され,7ヶ月後にはブラッディ・メアリ(メアリ1世:女子供を含む300人以上のプロテスタント信者を処刑)から,プロテスタントからカトリックへの改宗を迫られますが,これを拒否したため斬首されました。享年は16歳でした。
絵では,真っ白なドレスを着て目隠しをされたジェーン・グレイが自分の首を載せる処刑台を手さぐりしている,という悲痛なシーンが描かれています。日本人の役者による演劇「9Days Queen」もあり,ジェーン・グレイを堀北真希さんが演じています。
さきごろ,シャロン・テートさん事件の首謀者だったチャールズ・マンソンが老衰のため83歳で獄中で死亡しました。
「羊たちの沈黙」のモデルとなったFBI心理分析官のロバート・k・ケスラー氏は次のように言っています。
「フロリダ州はテッド・バンディを処刑するのに7,800万ドルを費やしたが,この金を使ってバンディやケンパー,ゲイシー,バーコウィッツ,ダーマーのような反社会的人間を調査し研究するための法刑罰施設を設立したほうが有意義だったのではないか。死刑は凶悪犯罪を抑止するものではないという点で,犯罪学者の意見は一致している。それは単に被害者の遺族や一般社会の復讐心を満足させるだけだ。」
連続殺人を取り扱ったレスラー氏の発言だけに重みがあります。
復讐という感情によってしか存在意義を説明できない(ブラッディ・メアリにとっては,言うことを聞かない者を物理的に排除,見せしめ)制度というものは,はたして文明国の到達点と言えるでしょうか。
愛する者よ,自ら復讐すな。ただ神の怒りに任せまつれ。録して,「主いひ給ふ,復讐するは我にあり,我これに報いん」とあり。(ローマ人への手紙第12章第19節)
これは国家殺人だ!
強く抗議します。
今回は2人とも再審請求中。
再審請求中の執行は、たとえ死刑存置国であっても許されてはならないのは明らかです。
まして、検察が起訴した事件の有罪率が99%の冤罪大国日本です。
さらに関光彦さんは、犯行当時19歳の少年。
まだ成長過程にあり更生の可能性のある少年への執行は少年法の精神にも接触し、北京ルールズにも違反しています。
上川法相が言うように「慎重な検討を加えて執行した」
などとはお世辞にも言えません。
今回の執行は年末の帳尻合わせの駆け込み執行であり、冤罪、部分冤罪の可能性が大の再審請求中であっても、事件当時精神的に未熟だった少年であっても手当たり次第に執行するといったことを内外にアピールする国家殺人そのものです。
死刑廃止が世界の常識となる中で、あくまでも死刑執行に固執続ける日本。
国際社会に生きる権利を顧みない国だということをされけ出していることを心すべきです。
これは国家殺人だ!
強く抗議します。
今回は2人とも再審請求中。
再審請求中の執行は、たとえ死刑存置国であっても許されてはならないのは明らかです。
まして、検察が起訴した事件の有罪率が99%の冤罪大国日本です。
さらに関光彦さんは、犯行当時19歳の少年。
まだ成長過程にあり更生の可能性のある少年への執行は少年法の精神にも接触し、北京ルールズにも違反しています。
上川法相が言うように「慎重な検討を加えて執行した」
などとはお世辞にも言えません。
今回の執行は年末の帳尻合わせの駆け込み執行であり、冤罪、部分冤罪の可能性が大の再審請求中であっても、事件当時精神的に未熟だった少年であっても手当たり次第に執行するといったことを内外にアピールする国家殺人そのものです。
死刑廃止が世界の常識となる中で、あくまでも死刑執行に固執続ける日本。
国際社会に生きる権利を顧みない国だということをされけ出していることを心すべきです。
ベアトリーチェ・チェンチ
10代の娘と性行為をしたなどとして,監護者性交等罪と監護者わいせつ罪に問われた上越地方に住む被告の男の初公判が10日,地裁高田支部であり,検察側は懲役6年を求刑した。判決は2月7日。
この記事を読んで私はベアトリーチェ・チェンチを思い出しました。
ベアトリーチェは名門貴族のチェンチ家に生まれました。寄宿舎生活を終えて家に帰ったとろ,実父フランチェスコに乱暴され,処女を奪われました。15歳ころのことです。その後も長い間,父から性的虐待を受けました。父は他の家族にも暴力をふるいました。
父は問題を起こして逮捕されても。有力貴族であることから簡単に釈放されました。
ベアトリーチェは虐待を受けていることを警察に告発しましたが,警察は動いてくれませんでした。
父はベアチーチェが警察に告発したことを知りました。
切羽つまったベアトリーチェは家族とともに父の殺害を企てます。
麻薬を飲ませ,家族全員が金槌で殴り,ベランダから投げ落として父を殺害しました。
ベアトリーチェの恋人は拷問を受けても口を割らず,そのまま亡くなりました。
1599年9月11日,サンタンジェロ広場でチェンチ一族が処刑されました。一家で凶暴暴虐で淫蕩な父を殺したとして,兄のジャコモが四つ裂きで処刑された後,継母ルクレツィア,ベアトリーチェの順番に斬首が行われました。
ベアトリーチェはたいへんに美しい人で,父がどれほどひどい人間であるか広く知られていたので,ローマ中の人々はみな同情しました。
ところが当時のローマ教皇はチェンチ家の財産を没収できるということで,この処刑には積極的に賛成しました。
その結果,処刑が行われたのです。
ベアトリーチェの享年は22歳でした。
「ベアトリーチェ・チェンチの肖像」という絵があります。
ゲーテが「神のごとき天才」と評したグイド・レーニの作と言われてきましたが,最近では他の画家が描いたのではないかと言われています。
ターバンを頭に巻いて,処刑前の悲しそうな微笑を見せて振り向いた若い女性の肖像画です。
ターバンは斧を振り下ろすときに髪の毛で滑らないようにするためのものです。
フェルメールの「真珠の首飾りの少女(青いターバンの少女)」は,この絵からヒントを得たと言われています。ターバンを巻いて,ちょっと振り向いたポーズはまったく一緒です。
カラヴァッジョもベアトリーチェをモデルにした絵を描きたかったようですが,それはかなわず,処刑の現場を見て,「ホロフェルネスを斬首するユーディット」を描いたのではないかと言われています。
人を殺害するのはよくないことです。でもベアトリーチェには他にどのような選択肢があったでしょうか。
人を殺害した者は,その命を代償として差し出さなくてはいけないという人間界の掟はどうにも無慈悲です。
やっぱり死刑はない方がいい。
ベアトリーチェの処刑を考えると,つくずくそう思います。
オウム事件の裁判が終結するやいなや
裁判が終わるやいなや、マスコミは13人の死刑執行に焦点が移った。
死刑執行の順番は?
などと人命をもてあそび、突極の人権侵害である死刑執行を煽っています。
再審請求中の人もいるというのに。
今や死刑制度は誤った過去の遺物となり、死刑廃止はもはや世界の常識となっています。
数少ない死刑存置国である日本は、国連の条約諸機関やEU、各種人権団体から死刑制度を廃止するように度重なる勧告を受けています。
本来ならば死刑執行の停止、そして廃止を呼びかけるのが健全なマスコミの姿ではないでしょうか。
にもかかわらず、官民一体となって「死刑大国」「監獄国家」化を推進する姿にはただただ閉口させられるばかりです。
※2017/12/24(22:15)のコメント、一番下の段に誤字が一字ありました。
「されけ出している」ではなく「さらけ出している」の誤りです。
訂正します。
2017年12月19日の死刑執行について法務省が一部開示した文書は、執行理由等多くは黒塗りにされていたそうです。
再審請求中の不当な執行等々、やましいことが多々あるから黒塗りにしたのは明らかです。
袴田巌さんに再審決定を
逮捕から50年,捏造されたと思える証拠に基ずく不当な裁判開始から50年が経過しました。袴田さんは高齢の上,長年の拘禁生活で精神の病を患っています。
袴田さんは,1968年に死刑判決を受けて2014年3月に釈放されるまで,46年間独居房に入れられていました。これは,死刑囚としては世界で最も長い投獄です。弁護士の立ち会いのないまま,20日間取り調べを受け,自白したとっされました。しかし,袴田さんは公判で,20日間の警察での取り調べ中に暴行や脅迫を受け,自白を強いられたとして,自白を撤回しました。
今回の東京高等裁判所の決定には,世界も憂慮しました。日本は何という国なのだろう,と。
弁護団が特別抗告をしたならば,ただちに審理を開始すべきです。
苦悩する裁判官
冤罪だとすでに分かっているのに,袴田さんを拘置所から出してあげられないことが何よりも辛かったです。わたしの自宅には「死ね」などの言葉を書きなぐったファクスが届いたこともあります。2014年3月,再審請求が認められ,裁判官の「拘置をこれ以上継続することは,耐え難いほど正義に反する状況と言わざるを得ない。一刻も袴田の身柄を解放すべきである」の言葉と共に,袴田さんが拘置所から出てきたときは,本当に嬉しかったです。「巌さん,生きていてくれてありがとう」と心から思いました。
キリスト教界からの反応としては,署名活動を一緒にしてくださったり,祈りで支えてくださったり熱心に応援してくれる人もいらっしゃいました。一方で,誹謗中傷もありました。「おかみが間違ったことをするわけがないでしょう」と言って,署名に協力してくださらない方にお会いしたときは,本当に辛かったです。「泣く人と共に泣きなさい」(ローマ人への手紙12章15節)にあるように,弱き者に寄り添うのがクリスチャンではないでしょうか。
静岡地裁で裁判を担当した熊本典道元裁判官は,一審を担当した3人の裁判官のうちの1人でした。3人のうち2人は袴田さんを有罪にしましたが,熊本さんだけは当初から無罪の心証を持っていました,心にもない死刑判決を書いたことを悔やみ,判決から7カ月後には裁判官をおやめになったそうです。その後,弁護士になられたようですが,「わたしは,一人の人間を殺したんだ」という良心の呵責に耐えきれず,酒を浴びるように飲み,すさんだ生活を送ったこともありました。自死を考えたこともあったと聞いています。2007年に,熊本さんは当初から無罪の心証をもっていたことを告白しました。
「少しでも袴田さんの気持ちに近ずきたい」と,療養中のご自宅でジュード・ピリスップレ神父から洗礼を受けられました。受洗後に,「袴田さんの気持ちに近ずけましたか?」と尋ねると,涙を流して,「はい」と大きく頷いたそうです。袴田さんを通して,一人の人が救われた瞬間でした。熊本さんは現在,入院しながらの闘病生活を送っていらっしゃいます。
以上,KriShinからの引用おわり。
袴田巌さんには一刻も早い再審が開始されるべきです。
冤罪で処刑してしまえば取りかえしがつかない死刑は,廃止すべきです。
心にもない死刑判決を書いて自死さえ考えるほど苦悩した熊本元裁判官の思いを知るべきです。
和歌山カレー事件20年
この事件で容疑者として逮捕された林真須美容疑者。
彼女には動機はなく、自白はなく、物証もありません。
本来なら無罪になって当然のケースです。
にもかかわらず死刑判決が確定。
再審請求も棄却。
「恐ろしい!」の一語です。
(日本は検察が起訴した事件の有罪率が99%の冤罪大国です)
本来なら無罪を求めて国民が声をあげなくてはいけないはずですが、何と!ネット上では「殺せ!殺せ!」の大合唱が飛び交っています。
「狂気の沙汰」とはこのことです。
こういった世相の国だから、日本は誤った過去の遺物となった死刑制度を廃止できないばかりか、非人道的な死刑大国への道を驀進するのかも知れません。
教皇,「カテキズム」中の死刑に関する項目改訂を承認
2267項の改訂版の暫定訳は,以下の通りです。
2267 合法的な行政機関が,公正な裁判に従い死刑を用いることは長年,特 定の重大犯罪に対する適切な対応であり,たとえ極端であっても,共通善を守 るための手段として受け入れられると考えられてきました。しかしながら,今 日,たとえ非常に重大な罪を犯したあとであっても人間の尊厳は失われないと いう意識がますます高まっています。加えて,国家が科す刑罰の意義に関し て,新たな理解が現れてきています。最後に,より効果的な拘留システムが発 展してきており,それによって四民の安全を適正に確保することができます が,同時に,犯罪者から罪を償う可能性を決定的に奪うことはありません。
これらの結果として教会は,福音の光に照らして次のように教えます。「死 刑は認められません。それは人間の不可侵性と尊厳への攻撃だからです」。さ らに教会は全世界での死刑廃止のために決然と働きます。
また,同項目のこれまでの文章は次の通りです。
2267 教会の伝統的な教えによれば,違反者の身元や責任が完全に確認され た場合,それが不当な侵犯者から効果的に人命を守ることが可能な唯一の道で あるならば,死刑を科すことも排除されていません。
攻撃する者に対して血を流さずにすむ手段で人命を守ることができ,また公 共の秩序と人々の安全を守ることができるのであれば,公権の発動はそのよう な手段に限定されるべきです。そのような手段は,公共善の具体的な状況に いっそうよく合致するからであり,人間の尊厳にいっそうかなうからです。
実際,今日では,国家が犯罪を効果的に防ぎ,償いの機会を罪びとから決定 的に取り上げることなしに罪びとがそれ以上罪を犯さないようにすることが可 能になってきたので,死刑執行が絶対に必要とされる事例は,「皆無ではない にしても非常にまれなことになりました」。
以上,カトリック中央協議会のHPからの引用終わり。
このように見ていくと,カトリック教会は,死刑は人間の不可侵性と尊厳へ の攻撃であり,けっして両立しないものとして,死刑廃止に向けて,より一歩 踏み込んだ形で全世界に呼びかけていることが分かります。
カトリック教会の教理問答改定を歓迎する
全世界での死刑制度廃止に向けて、教会が「確固たる態度をとる」と表明しています。
ローマ法王庁、ローマ法王フランシスコの英断に敬意を表すると共に、今回の英断を大いに歓迎したいと思います。
マレーシア政府が死刑に関わる歴史的な方針転換を発表
同国は,この7月,死刑の執行を停止すると宣言していました。
全面死刑廃止法案の審議が10月15日から始まるとのことです。
麻薬の持ち込みや所持だけで死刑を科してきたマレーシアが死刑廃止に動きだしたというのは意外でした。「あのマレーシアが」という気持ちです。
10月10日現在,死刑制度を廃止した国は106カ国で,マレーシアを含めると
107カ国になります。
ベアトリーチェ・チェンチ(1577~1599)の悲劇を描いた,スタンダールの「チェンチ一族」という作品があります。
これを下敷きにして,久生十蘭(ひさお じゅうらん,「鈴木主水」で直木賞を受賞)は時代を後白河法皇時代の平安時代に物語を設定します。
小説の一部を引用します。
「後白川法皇の院政中,京の賀茂がわらでめずらしい死刑が行われた。
大宝律には,笞,杖,徒,流,死と五刑が規定されているが,聖武天皇以来,代々の天皇はみな熱心な仏教の帰依者で,仏法尊信のあまり刑をすこしでも軽くしてやることをこのうえもない功徳だとして,とりわけ死んだものは二度と生かされぬというご趣意から,大赦とか,常赦とか,さまざまな恩典をつくって特赦を行うのが例であった。・・・・・・・・また強盗が人を殺して物を奪うと,偸
盗の事実だけを対象にして刑を科し,殺したほうの罪は主罪に包摂させてしまう。法文は法文として,この時代には実際において死刑というものは存在しなかったのである。」
810年の薬子の変で藤原仲成が処刑された後,1156年の保元の乱で源為義が処刑されるまでのおよそ350年間日本には公的には死刑が執行されなかったとされています。
その理由としては,
1 死が穢れていると思われたこと。
2 仏教思想の影響(特に天皇の仏教への帰依)
3 怨霊思想への恐怖
が一般的には説明されているようです。
「無月物語」では中納言の藤原泰文を殺害教唆したとして,後妻の公子(きんこ・35歳)と末娘の花世(はなよ・16歳)が処刑されます。
近代でも,1990年から1992年まで日本では死刑が執行されない時期がありました。
日本も昔に帰って死刑の執行を停止し,廃止すべきときが来ていると思います。
死刑囚の遺書・遺言
「フランチェスコ・チェンチをなつかしく思い出している,わたくし,ベアトリーチェ・チェンチは肉体,感性,知性ともに健康な状態にありながら,死ななければならないことを考慮して,わたくしの死後,混乱の起こることがないよう,下記の通り,この最後の遺言状を作成し,自ら署名いたします。心の底から,敬虔な思いのたけをこめて,栄ある聖母に,神に,聖フランチェスコに,天界の法廷全体に,この遺言状を委ねさせていただきます。そして願わくは,わたくしのこの身体がサン・ピエトロ・イン・モントリオ教会に埋葬されんことを。埋葬していただくからには硬貨で百スクードを教会に残します。それにて墓碑を作っていただき,残額を葬儀と寄進にあてるという条件で・・・・。この教会には別に硬貨で三千スクードを残しますが,これは教会の立っている山が崩れないよう城壁をめぐらすとか,そのほか,必要なことに使っていただきます。同時に今後,永久に毎日,サンタ礼拝堂にてわたくしの魂のためにミサをあげていただかなければなりません。この三千スクードのお金は,わたくしの聴罪司祭であり,目下はサン・ピエトロ・イン・モントリオ教会においでになるアンドレア・デ・ローマ修道士様の同意なしには使っていただきたくございません」
(ベアトリーチェ・チェンチ)
また聖フランチェスコの日に,挙式を控えた独身女性八千人に八千スクードの金を分けるよう義務ずけています。これは彼女自身,家庭を営んで人並みに生きることが許されなかったことに由来する優しい衝動から来ていると理解されています。
なおスタンダールは,遺書というよりも質の高い,貴重な価値のある人間記録である,と述べています。
処刑後,憐み深い婦人数人が,斬られた姫の首に白い花の冠をかぶせました。
チェンチ一族の凄惨な処刑を目にした修道女になる日が近い18歳の娘は,着ている服を破り,身体中をかきむしって逃げ出しました。やっとのことで家に引きこもると,肉切り用の斧を右手に持ち,左手を切断し,出血多量のために亡くなりました。
「やがて来む終の日思ひ限り無き生命を思ひ微笑みて居ぬ」
(管野スガ)
「ワタシ,ニホンゴワカリマセン。アナタタチ,イマカラワタシニナニスルノ」
(陳徳通)
「池田晶子さんのところに行けるのは,この上ない幸せです」
(陸田真志)
「私は77歳ですよ。それでもあなた方は執行するんですか・・・」
(秋山芳光)
教誨師について
佐向大監督によると,大杉さんが演じるならば袈裟を着たお坊さんより聖書を手にした牧師の方が似合っていると思い,キリスト教の教誨師という設定にしたそうです。
映画を鑑賞した宮城県の川上直哉さんによると,牧師のダメなところが非常によく描かれていて驚いた,このまま成長できないで終わってしまうのかと思った,大杉さんが演じる教誨師・佐伯が成長していく話であるとのことでした。
最大限やれることとは,と佐向監督に聞かれて,川上さんは「祝福することですね。特に本人には,『あなたの人生はこれで良かったんだ』と伝えるんです。『あなたがしたことの責任は神様が何とかしてくれる。あなたの人生には意味があったし,死んでも一人ぼっちにはならない』と,答えました。
ベアトリーチェ・チェンチの時代にも,黒い頭巾を被った異様な風体のミゼリコルディア信心会の会員が死刑囚を慰め,処刑場まで先導しました。
免田栄さんによると,「あそこに入ってくる教誨師というのはほとんど,安心して死を受け入れるための説教に来るんですよ」とのことです。
冤罪の人にとってみれば,教誨師はむしろ憎むべき存在なのかも知れないと対談者が話したところ,免田さんは再審の存在を教えてくれたのはカナダの神父だったが,外国の方だからそういうことを言えたんでしょう,日本の牧師さんやお寺さんではとても無理ですよ。日本の宗教はキリスト教においてさえ,因果応報説をとりますからね,と答えました。
免田さんの第6次再審請求が認められて裁判が開かれる2か月くらい前に,福岡の有名な教誨師が「免田さん,あなた再審は諦めてくれ。世の中はすべて因果応報なんだ。あなたは現世で死刑になって生まれる運命を背負うて生まれてきたのだから,素直にそれを負うていかなければ,あなたの兄弟,友人,知人すべてが救われなくなる。潔く諦めて刑に服してくれ」と言いました。
免田さんは頭にきたので,次の週に教誨師が来た時に聞いたそうです。「先生は私にこういうことを言われたけれども,では例えば先生が今日交通事故に遭われたとする,そしたら運命だと思って諦めて死にますか」と。そしたら「いや,病院に行きますよ」と彼は答えた。「それじゃ私に言っていることと違うじゃないですか」と言ったら,首をかしげて「そうですかねぇ」ときた。自分が他人に説いていることが自分のところに帰ってくると,とたんに分からなくなる,それが日本の坊さんですよ!,と免田さんが憤って話しました。
教誨師というものを通じて死刑を考えてみることもよいのではないかと思います。
7回目の国連総会の死刑執行の停止決議案採択を歓迎する
2007年に1回目の採決が行われて以来、今回で7回目の採択で、今までで最多の121カ国の賛成で採択されました。
世界の進歩、人類の進歩によって導き出されたこの採択を心より歓迎したいと思います。
しかし、誠に残念ながら、日本はといえば相も変わらず決議案に反対。
国際社会でますます孤立の度合いを深めることになりました。
マスコミはといえば、相も変わらずこういった重大なニュースを全く報じません。
今年15名もの大量死刑執行を行い、世界の進歩に逆行し、「死刑大国」「監獄国家」の道を驀進する政府。
それに拍手喝さいを送るマスコミ。
官民一体となって日本が突極の人権侵害が行われている非人道的な国であるということを国際社会にさらけ出しています。
映画「教誨師」を見てきました
大杉漣さん扮する佐伯牧師が手こずる宮島死刑囚という青年がいます。17人を殺害し,反省することなどまったくなく,自分の行為を正当化します。神様が生命を作ったと言うなら,動物が他の動物を殺すののはどうなのだ,人間は殺しあっているじゃないか,死刑はおかしいじゃないか,と頭の回転のよい宮島死刑囚は佐伯牧師をてこずらせます。
佐伯牧師は「人間はみな罪人(つみびと)なのです」と言うのですが,こういった言葉を第三者に言うこと,そのセリフに少し疑問を感じました。生まれたばかりの赤ちゃんにも罪があるのか,なぜアダムの原罪を今生まれたばかりの赤ちゃんが背負わなければいけないのかと思うからです。
フェリス女学院の学院長を務めた岡野国際基督教大学名誉教授の文章を一部紹介します。
キリスト教で言う「罪」とは,犯罪を犯すことではありません。ここで言う「罪」とは,神のほうを向いていないこと,神に背を向けることを意味するのです。日本語の聖書で「罪」と訳されている言葉は,実は言語では二十以上の種類がありますが,その中で一番重要なものはヘブライ語(旧約聖書の原語)で「ハッタース」,ギリシア語(新約聖書の原語)では「ハマルティア」と表現される「罪」です。これらの語には「的外れ」という意味があり,つまり「罪」とは私たちが的外れな方向を向いていることである,と定義ずけられているわけです。
キリスト教で言う「罪」とは,犯罪を犯すことでも,悪行を重ねることでもありません。罪とは「的外れ」な状態,つまり本来は向いているべき神のほうを向いていないこと,神に背を向けている状態を示す言葉なのです。・・・ですから,「原罪」も,人間を「生まれながらに悪だ」と位置ずけている言葉ではなく,「人間は生まれながらに神に背を向けてしまう存在だ」と位置ずけている言葉なのです。
本来は,①イエス・キリストという存在に出会う。②イエスを通して神を知り,自分が生かされ,愛されている存在だということを知る。そして初めて,③これまでの自分が神のほうを向いていなかった,すなわち罪の状態であったことを知る・・・という順序でようやく罪を理解できるのではないでしょうか。
ですから,そもそもイエスという存在を知らない人に対して,「あなたは罪人だ」「その罪を悔い改めなさい」などと言うことはまったく意味のないことだと思います。罪は神と自分との関係性において生じるもの。二人称で使われる言葉であり,第三者が指摘するような性質のものではありません(岡野昌雄「信じることをためらっている人へ―キリスト教「超」入門)。
宮島死刑囚は佐伯牧師と対談しているときは傲慢で恐れを知らないのですが,死刑執行を告げられると,汗をびっしょりかき,恐怖におびえて椅子から立ち上がることができなくなりました。ようやく椅子から立ち上がった宮島死刑囚を刑務官が処刑場に連行する場面が,映画で一番緊張感があるシーンでハイライトと言っていいでしょう。
金子文子が友人である新山初代と交わす死への恐怖に関する会話が印象的です。金子文子「何が私をこうさせたか」から,一部引用します。
「私は肺病です。だから死については,かなり深く考えたつもりです。で,私は思うんです。人が死を怖れるのは死そのものを怖れるのではなく,死に移る瞬間の苦痛を怖れるのではなかろうかと。なぜって,人は睡眠を怖れないじゃありませんか。睡眠は意識を喪失する点において,これもやはり一時的な死であると言ってもいいのに・・・・」(新山初代)
「私はそうは思いませんね。私は私の体験からこう断言することができるんです。人が死を怖れるのは,自分が永遠にこの地上から去るということが悲しいんです。言葉をかえて言えば,人は地上のあらゆる現象を平素はなんとも意識しないかも知れないが,実は自分そのものの内容なので,その内容を失っていまうことが悲しいんです,睡眠は決してその内容を失ってはいません。睡眠はただ忘れているだけのことです」(金子文子)
二人の意見,どのように思われますか?
死刑囚の最後の言葉
ブルーノは牢獄で死刑の宣告を読み上げられたとき,裁判官たちに指を突きつけて叫んだそうです。
「諸君が余にこの刑を科して覚えている恐怖は,余がこの刑を受けるときに覚える恐怖よりもきっと大きいはずである」
米国カリフォルニア州知事が死刑執行を一時停止
現在,世界で142カ国が死刑を法律上または実質的に廃止しています。
2018年12月5日,日本の超党派の国会議員が,死刑について国民的議論を促すために,「日本の死刑制度の今後を考える議員の会」を立ち上げました。休眠状態にあった「死刑廃止を推進する議員連盟」が新たに名称を変えて死刑存続派も含めて死刑制度のあり方を広く議論しようというもので,約50人の議員が参加しています。
死刑制度を1981年に廃止したフランスに学ぶことがあるとしたら,どのような点かとの質問に,2018年10月30日にローラン・ピック駐日大使はこう答えたそうです。
「それは,政治主導による国民の意識変革の重要性です。1970年代,フランスでも国民の間では死刑存置派が8割以上でした。それを徐々に変えていったのは,死刑制度反対派市民の活動だけでなく,死刑反対派の政治家がその信念を公に唱え始め,賛同者が増えていく中で,国民全体の意識も変わっていったのだということです」
死刑反対の政治家を育てることが今一番必要なことではないか,と思います。
2018年の死刑の状況
2018年は死刑大国であるイランをはじめ,これまで執行数の多かったイラク,パキスタンなどでの死刑執行が大幅に減少したことから,死刑執行数が31%減少。少なくとも過去10年間で最低を記録しました。
ブルキナファソとアメリカ合衆国ワシントン州は死刑を廃止,ガンビアとマレーシアは死刑の執行停止を宣言しました。
タイは死刑を再開しましたが,世界的な潮流は廃止に向かっていると言えそうです。
2018年末時点で,106カ国が死刑という刑罰を持たず,事実上の廃止を含めると142カ国が死刑を廃止しています。
日本の昨年の死刑執行数は15件と,2008年以来最多を記録しました,
死刑判決を受けている116人のうち109人の死刑判決が確定しており,いつ執行がなされてもおかしくない状況になっています。
赤道ギニアが死刑廃止へ
カーポベルデで行われたポルトガル語諸国共同体の会議において,2019年4月
15日,赤道ギニアのデオドロ・オビアン・ンゲマ大統領は死刑廃止に向けた法案を議会に提出する考えを表明しました。
赤道ギニアが死刑を廃止すれば,死刑廃止国は107カ国になります。
赤道ギニアが最後に死刑を執行したのは2014年1月で,殺人罪で9人を処刑しました。しかし,その数日後には死刑の一時執行停止措置を取り,それ以来執行がなされていないという背景があります。
英国議員死刑廃止を語る
私は,1カ国でも死刑のある司法制度はあってはいけないという信念を持って,世界中で死刑廃止に取り組んでいます。これは政治的信念だけではありません。個人的な想いでもあります。
・・・・・
日本では日弁連が死刑廃止を目標に掲げて,懸命に取り組んでいますが,それでも死刑廃止には至らない。議員だけでも無理,弁護士だけでも無理なんです。議論を進めるには,みんなが必要。死刑のような問題は,なるべく話さない方が楽な問題,変化を起こさなければ動かない問題です。変化を起こすには自分たちが動いて,議論を巻き起こすしかありません。そうすれば,議員の中にも,法曹界の中にも,耳を傾ける人が出てきます。
大切なのは,変化は起こせるんだ,変化は可能だと思うことです。
・・・・・・・
日本の死刑の特徴は,当日の朝になるまで執行が知らされないことです。まず,ここを変えてはどうでしょう。小さなことかもしれませんんが,残酷さを取り除く。そして,変化は必要なんだ,可能なんだという認識を,人びとに持たせるんです。少しずつ,一歩ずつ,たしかに進んでいけばいい。
また,世論が変わるのを待っていてはいけません。出て行って。世論を変えるんです。
議員は慎重にならざるを得ません。自分が代表している国民から,あまりかけ離れたことは言えませんから。だからこそ,議員に「変化を求めているんだ」ということを伝えなければ。議員が変化を起こすために必要な勇気を与えるのはみなさんなのです。
以上で引用終わり。
イギリスは窃盗罪を犯した子どもを多数処刑してきた過酷な歴史をもっています。しかし,死刑廃止を実現しました。
カーマイケル議員が言う,「世論が変わるのを待っていてはいけません。出て行って,世論を変えるんです」という内容はとても重要だと思います。
死刑廃止を考える集いなどに参加し,学習し,何か小さなことからでも変えて
いけば,やがて日本でも死刑廃止を実現できるかも知れません。
ある死刑囚の最後の手紙
この死刑囚は,小説「宣告」(加賀乙彦)の主人公のモデルになった人です。
引用元は「ある死刑囚とのの対話」(加賀乙彦)です。
手紙の中に出てくる美絵さんという人は,「死刑廃止論」(団藤重光)によると,当時,修道院が経営する女子高校の先生だったとのことです。
お早う!
一番電車らしい。らしい,というのは時間の経過がよく分からないからです。
布団の中で,今日は,母ときみと仔猫の写真を胸に入れてゆくことに決めました。母のはコップを持って笑っているのを,きみはK先生とうつってるのを,
です。
いろいろ君へ忘れないように,と思うのですが,思い出せない。もうこれでいいのかな。
ヨゼフどのも,ぼくのために祈ってくださったでしょう。
やはり,死には厳粛な,そして深い意味があると思います。長年,ソレをみつめうようとして,みつめることが果たして出来たかどうか今となってもよく分かりませんが,とにかく前から,「死は,受け入れるものだ」というふうに考えてきたことだけは,たしからしい。
きみにとっても,ずっと将来,死は現実となるでしょう。しかし,もしもソノ時,死の世界に一人の十分信頼し愛しえた人がいるなら,死は,ふしぎなことにむしろ親しいものとなるでしょう。
みえ君。
あまり泣くと,可愛いその目がはれますよ。どうぞ,いいクリスマスと正月を迎えてください。タンジョービのお祝いも,もういってあげられないので,それらをひっくるめて「おめでとう!」と今,いってあげましょう。やっぱりAさまはやさしい・・・・と思うでしょう・・・
・・・・・・
きのうはね,母にアンマをしたり髪をすいたりしたのです。ぼくが。それから手をなでたりも。いい母ですよ。すっかりオバアチャンになって。小さくなって,ヨタヨタと杖をついて歩くのですが,ほんとにやさしい母なのです。
ぼくは母にとって本当にいけない子どもでした。母が可哀相でね。
どうぞぼくの分まで,また楽しい手紙を母に書いてやってください。母はきみの便りを本当に楽しみにしていました。
・・・・・・
みえ君。
いいシスターになるンですよ。
いつも明るく,楽しい,自然なシスターに。分かりましたね。そしてきみは今のままですでに十分そのようなシスターの資格がある。きみは生まれついての,すばらしいシスターです。
甘えたいときは,天をみなさい。
悲しいときも,嬉しいときも。
天をみなさい。
ぼくは,ソコにいるのですから。
もうすぐ七時。
八時にここを出る,ということなので今しがた洗面し,みなりをととのえました。
さあ,
いよいよ,お別れです。
ほんとうに悲しいけれど,みんなぼくの責任です。ゆるして下さい。
みえ君。
じゃあ,お元気で!
ぼくは今,ニッコリほほえみつつ,きみにむかって手を振っていますよ。
さあ,きみもそうしたまえ。
さようなら。
でも,またすぐに!!
団藤博士の前掲書には,「小木博士によれば,『私の知っているAは,生真面目なで冷静な思索の人であったが,美絵さんへの手紙に現れる彼は,ユーモラスで茶目で,明るくやんちゃな,子供のような人だった』のです」とありました。
憲法第9条と死刑
木村亀二は戦後,日本国憲法制定直後にいち早く憲法第9条が戦争を放棄しているのに,他方で死刑を肯定するのは深刻な矛盾であり,死刑は戦争放棄の根本思想によって憲法上許されず,死刑は憲法第9条に違反する,として廃止論に転じた。彼の理論はこうである。
新憲法は第2章において戦争の放棄を宣言してゐる。戦争の放棄は,国際的には平和主義を表示したものであるが,国内的には戦争の手段として個人の生命を國家のために犠牲とする超個人的な国家観を放棄したことを意味する。
一方において,戦争の放棄を宣言し,個人の生命を國家のために犠牲とすることを否定した憲法が,他方において刑罰といふ國家目的の必要から個人の生命を剥奪する死刑を規定してゐるとするならば,そこには大きな矛盾がある。
木村亀二博士は団藤重光博士よりも前の世代の刑法学者です。
むかしのことなので細かいことは覚えていませんが,木村博士の刑法総論を読んで,興味深く,おもしろかったという印象は残っています。
憲法第9条から死刑廃止まで論証するのはやや飛躍しすぎかなとも思うのですが,憲法第9条を深く読み込んで国家による個人の生命剥奪に強く反対したことは覚えておいていいと思います。
日本では死刑は特別な刑とみなされていない
ジョンソン教授はハワイ大学の教授です。同氏は,オウム真理教の教祖たちが死刑になったことについて,村上春樹氏が「自分は死刑廃止論者だが,この事件に限っては裁判所の判断は正しいと思う」と言ったことに批判を寄せていました。辺見庸氏と同じで,私もそう思います。
日本の裁判官も法務省も,死刑の選択・執行については「慎重に行っている」と言っているが,実際はそうではない,死刑は取り返しがきかない処罰であり,他の刑罰と比較して特別な刑罰であると理解されるのが通常だが,日本では死刑は特別な刑ではないようだ,と述べていました。
アメリカでは,死刑を求刑する事件については,検察官が公判開始のかなり前に裁判官と弁護士に説明するそうです。日本では,公判の最終日に裁判官が主文を読み上げることによって,はじめて死刑だということが分かります。
裁判員には,死刑を選択するには十分に慎重な判断をするようには求められていません。「永山基準」は裁判員に説明されていません。
アメリカでは12人のうち1人でも死刑に反対する陪審員がいれば死刑を宣告することはできません。
日本では職業裁判官1名を含む多数決で死刑を宣告できます。
同氏は,死刑を執行した千葉景子法務大臣(当時)に聞きとったところ,千葉法相は死刑の執行現場に立ち会ったが,言葉に表せないほどのショックを受けたそうですが,その後,死刑廃止に積極的な活動を行ったとは聞きません。
自民党のもとであっても,民主党のもとであっても,死刑を抑制的に考えるということはなかったとありました。
同氏は,憲法9条のために日本では死刑を廃止できないのではないか,と書いていました。憲法9条により,国家の実力行使を実現できないので,国の内側に向かって実力を行使するのではないか,とありましたが,私はそれは間違っていると思いました。
むしろ憲法9条の精神を考えるならば,国家の行為により個人の生命を奪う死刑制度を存置しておくのは矛盾であると説いた木村亀二博士の考えに同意します。
ジョンソン氏が実際に殺人事件を膨張したときのこと,裁判員2番は1時15分から1時45分までの30分間に32回居眠りをしたそうです。1時45分以降も居眠りをしていたそうですが,あまりにばかばかしくなって数えるのをやめたそうです。
そこまでひどくはなかったようですが,裁判長も居眠りをしていたそうです。
「殺人事件の裁判中は,裁判長は起きていた方がよいと思います。そう思いませんか」と同氏は裁判長に手紙を送ったそうですが,返事はなかったそうです。
人の生命がかかっているのに,居眠りをするとは何ということでしょうか。
まじめにやれ,と言いたいです。
人を殺してはならないということ
ところで,「死者の書」では死者が審判を受ける際の重要な基準として,「私は人を殺しませんでした」というものがあったそうです。つまり,十戒の「汝,殺すなかれ」は古代エジプトの考えを受け継いだのではないかとされています。
人はほっておけば殺人を犯すので,わざわざ殺人の禁止を言わなければならなかったのだと思います。
人以外の動物は,鋭い牙やくちばし,爪などを持っています。動物は同種の間ではけんかはしても,相手を殺すまでには至りません。けんかで負けた方は,自分の一番弱い箇所を相手に見せると,相手は本能によってこれ以上攻撃することはできません。もし,相手が降参しているのに殺害してしまっては,その種は絶滅してしまいます。
ところが人は本能が壊れてしまっているので,相手がどのような状況にあっても,あえて殺すことが可能です。人という種を存続させるために,あらゆる文明では殺人は最大のタブーになっているのだと思います。
聖書では「殺してはいけない」と言っているので,国家が人の命を絶つ死刑という制度も論理的に否定されるべきではないかという考えがあります。
一方で,申命記では「ふたりの証人または三人の証言によって,死刑は処せらなければならない。ひとりの証言で死刑にしてはならない」と書かれています。
したがって聖書は死刑を肯定しているのか,反対しているのかはっきりとは分かりません。
しかしながら,殺人が人という種を滅ぼすものである以上,国家が個人の生命を断つことは国家による殺人であり,人類の到達点から外れるものだと考えます。
「死刑をなくそう市民会議」
同会議の主張を一部紹介します。
私たちは,あらゆる人の生命の尊さゆえに「たとえ人を殺めた者に対する刑罰であっても,その生命を奪ってはならない」との理念を持っています。「人間は,冤罪によって人の命が奪われることの不正義を防ぐことはできない」と考えています。
私たちは,死刑制度についての疑問や違和感を持っている多くの市民に向けて積極的に情報を発信し,国際社会の合意である「死刑のないすべての人の生命を尊重する民主主義社会」のすみやかな実現を目指します。
本設立集会が,死刑廃止への大いなる起爆剤になることを希求し,ここに多数の皆様の本会へのお参加を切にお願い致す次第です。
日時 2019年8月31日(土)13:30~17:00
会場 明治大学リバティホール 東京都千代田区神田駿河台1-1
主催 「死刑をなくそう市民会議」
〒101-0052 東京都千代田区神田小川町3-28-13-807
℡ 03-3294-3366
E―meil:siminkaigi@ccacp.jp
呼びかけ人は2019年6月1日現在48名です。
その人々のお名前を一部をお知らせします(敬称略)
村山富一(元内閣総理大臣),横路孝弘(元衆議院議長),二見伸明(元衆議院議員),不破哲三(元衆議院議員),湯川れい子(音楽評論家),山田洋次(映画監督),イーデス・ハンソン(タレント),平田オリザ(劇作家),赤堀政夫(「島田事件」冤罪元死刑囚),免田栄(「免田事件」元死刑囚),安田好弘(弁護士),海渡雄一(弁護士),田鎖麻衣子(弁護士),森達也(映画監督),佐高信(評論家),中山千夏(作家),加賀乙彦(作家),雨宮処凛(作家),笹倉香奈(甲南大学法学部教授),佐々木光明(神戸学院大学教授),カン・ソンジュン(東京大学名誉教授),浜矩子(同支社大学教授),デビッド・ジョンソン(ハワイ大学教授),神田香織(講談師),袴田秀子(袴田厳の姉)
死刑囚と家族になるということ
林眞須美死刑囚は頼み込んで労働運動家の養女になるべく養子縁組をしたそうです。
宅間守元死刑囚には結婚を考える女性がいました。
A子さんは,公判のたびに傍聴に訪れ,拘置所を訪れて差し入れも行いました。宅間元死刑囚は,刑確定後も会いたいと手紙に書き,「今まで数々の金品の差し入れ本当にありがとうございました。JRか近鉄かで,わざわざ何回も大阪へ足を運ばれたあなたをよく想像していました。座席に座れたかな,立っているんじゃないだろうか。風景を見ながら来られるのかな,それとも雑誌を見ながらといろいろ想像しておりました」と,世間や親に激しい憎悪を剥き出しにし,遺族までも侮辱した人間でしたが,このようなやさしい思いやりももっていました。
もう一人の女性B子さんは,自ら押印した婚姻届を弁護士を通じて拘置所に届け,宅間元死刑囚の妻になりました。家族は猛反対しましたが,自分の姓を変えて家族に迷惑がかからないようにしていました。アムネスティの活動に参加し,死刑制度に反対していたクリスチャンの女性でした。
宅間元死刑囚は,「謝罪と社会的制裁を,そして母親から出来るだけたくさん,金を取っていただきたいのです。それをB子さんの第二の人生の資金にしてもらって,僕はこの世を去りたい。無償の精神であそこまでしてくれる女はめったにいない。だからだからB子さんは拒否するだろうが,まとまった金を天にかわって,あげたいのです」と手紙に書いていました。
宅間元死刑囚「執行されるまで離婚しないで欲しい。遺体のままで外に出して欲しい。君と同じ墓に入りたい。僕が君の思想に反する人間であったとしても,最期まで僕に会いに来てほしい」
B子さん「あなたにお願いされなくとも,私はそうするつもりだったし,そうしたいと思っている」
執行後刑務官からB子さんに告げられたこと「最後に,奥さんに宛てて,“ありがとうって,僕が言ったたって伝えてくだい”って言ってました」
B子さんが「皆さま」へあてた文章の最後の部分「夫,宅間守の犯した事件により,亡くなられました被害者の皆様,そしてご遺族の方々に対しまして,本人の中から贖罪の意識を引き出せないままに終わってしまったことに,今は心から慙愧の念に堪えません。力不足でした。本当に申し訳ありません」
死刑が確定してしまうと,死刑囚は家族と弁護士以外には面会することができません。
それで家族となるべく,獄中結婚を行うわけです。
宅間元死刑囚も人間らしい気持をもっていたのだな,と思います。B子さんの真摯な思いが通じたのかも知れません。
死刑囚と家族になるということ(2)
クリスチャンとして死刑囚をサポートするために手紙や接見を行っていたC子さんに,Xは手紙で養子にしてほしいと申しでました。
C子さんがXに面会したのは4回ほどでしたが,悩んだ末に養子縁組をすることを決断しました。若いときからキリスト教会に出入りしていたので,重い障害を持って生まれてきた子どもを養子にしていく夫婦,シングルの人が障害児を養子にするとか,我が子を殺した青年を養子にしたケースとかを国内外で多数見てきたこと,自身が虐待児童の里親になったこともあって一般に思われるほど苦ではなかったそうです。
XはC子さんの復縁に伴い,C子さんの子どもたち3人と兄弟になりました。Xと15年ほど付き合いのある教戒師は「X君は本当に落ち着いている」と語ったそうです。子どもたちも死刑確定前からXと文通とか面会とかもしているので,無理やり従わせたわけではなく,C子さんがよく面会しているのを見てついてくるようになったそうです。
C子さん「私たちの子どもたちは,私とX君との関係を知っていて死刑囚への偏見は全くないのですが,娘がこれから大きくなって結婚ということになった場合,もしかしたらX君のことが問題になることもあるかもしれません。でも私は娘にも,もし結婚したい方ができたらX君のことも隠さずきちんご話をしなさいと言っています」
自由学園の創設者である羽仁もと子さんは「ゆるしは,人間が行う最も尊い行いである」といった旨の発言をしていたように思います。死刑囚と家族になる人は,死刑囚をゆるし,理解しようと努めることが使命なのかも知れません。世間から非難される可能性もあるだけに,なかなか簡単なことではありません。
永山子ども基金
1997年8月1日に永山則夫死刑囚が処刑されました。8月4日に遠藤誠弁護士(ノリオちゃんと呼んで可愛がっていたそうです),安田好弘弁護士,田鎖麻衣子弁護士及び大谷恭子弁護士が彼の遺骨,遺品を引き取りました。その際,刑務官から遺言がありますと聞かされたのが,「印税を日本と世界の貧しい子どもたちへ,特にペルーの子どもたちに送ってほしい」ということでした。
1996年にペルーで起こった「日本大使館占拠・人質事件」で犯人グループの中に16歳の子がいたことを知り,ペルーの「働く子どもたち」と子どもたちを支援する活動を知るようになりました。貧困と虐待から,小学校のころから新聞配達などを行い,逮捕時には読み書きするままならなかった彼が,貧しい子どもたちが生活のために働かざるをえない状況に憂慮し,何とか助けたいと思ったのかも知れません。
永山死刑囚の死刑執行後,遺言に基ずき遺族や弁護士が基金を設立し,印税1000万円がナソップ(働く子どもたちの組織)に送られました。
ペルーの子どもたちが言うには,「ペルーには1ソル(約40円)を稼ぐために売春をする子どもがいる。罪を犯さざるをえない社会的要因があります。」,「ナガヤマは人は変われると体で証明し希望を与えた。彼の意志を引き継ぎます。」,「ノリオ・ナガヤマを尊敬する。だけど僕らはナガヤマのような犯罪者には絶対にならない。」などだったそうです。
永山死刑囚の体は消滅しましたが,彼の意志が受け継がれ,実際にペルーの働く子どもたちの役に立っているのは感慨深いものがあります。
子ども基金で大学に行き,今は国会議員になりましたとの女性から感謝の言葉が寄せられたそうです。他にも,看護師さんになりたい,先生になりたいとかいろいろ夢をもっているけれど学校を続けられない子が多いものの,基金で専門学校に行きたいという希望を具体的に実現させたそうです。
チャリティコンサートは2004年から毎年開催され,その収益金も奨学基金として活用されているそうです。
痛感させられる死刑制度は過った過去の遺物
多くの国で死刑は廃止され、アメリカでも半分の州が死刑を廃止・停止している中で時流に逆らう行為です。
「トランプ」とえいば、人種差別主義者、女性差別主義者、排外主義者として有名です。
いずれも過った過去の遺物ですが、それに固執する「トランプ」。
だから過った過去の遺物である死刑を廃止するのではなく執行に前向きになれるのです。
トランプ政権による非道で人権軽視の最新事例であり、アメリカの進歩と正義に逆行する行為です。
2019年8月2日の死刑執行に強く抗議する
死刑廃止がもはや世界の常識となる中で、本日、山下貴司法務大臣の命令により、庄子幸一さん、鈴木泰徳さんの2名の方に対して死刑が執行されました。
国の行う人殺しによって命を奪われた2名の方の冥福を心より祈ると共に、死刑執行という突極の人権侵害に強く抗議します。
せめて事前告知を
13.委員会は,死刑が相当する19の犯罪のうちいくつかの罪が,死刑を≪最も重大な犯罪≫に限るとの規約の要請を充たしていないこと,死刑確定者がいまだに死刑執行まで最長で40年の期間,昼夜間独居に置かれていること,死刑確定者もその家族も死刑執行の日以前に事前の告知を与えられていないことについて,依然として懸念を抱く。さらに委員会は,死刑確定者とその弁護人との面会の秘密性が保証されていないこと,死刑執行に直面する人が「心神喪失状態」にあるか否かに関する精神状態の検査が独立していないこと,再審請求あるいは恩赦の請求に死刑執行を停止する効果がなく,有効でないことに留意する。そのうえ,袴田巌の事件を含め,強制された自白の結果としてさまざまな機会に死刑が科されてきたという報告は,懸念される事項である。
締約国は,以下の行動をとるべきである。
(a) 死刑の廃止を十分に考慮すること,あるいはその代替として,死刑を科 しうる犯罪の数を,生命喪失に至る最も重大な犯罪に削減すること。
(b) 死刑確定者とその家族に対し予定されている死刑執行の日時を合理的な 余裕をもって事前告知すること,及び,死刑確定者に対して非常に例外的な 事情がある場合であり,かつ,厳格に制限された期間を除き,昼夜独居処遇 を科さないことにより,死刑確定者の収容体制が残虐,非人道的あるいは品 位を傷つける取扱いまたは刑罰とならないように確保すること。
(c) とりわけ,弁護側にすべての検察側資料への全面的なアクセスを保証 し,かつ,拷問あるいは虐待により得られた自白が証拠として用いられるこ とがないよう確保することによって,不当な死刑判決に対する法的な安全装 置を即時に強化すること。
(d) 委員会の前回の総括所見の観点から,再審あるいは恩赦の申請に執行停 止効果を持たせたうえで死刑事件における義務的かつ効果的な再審査の制度 を確立し,かつ,死刑確定者とその弁護人との間における再審請求に関する すべての面会の厳格な秘密性を保証すること。
(e) 死刑確定者の精神状態の健康に関する独立した審査の制度を確立するこ と。
(f) 死刑の廃止を目指し,規約の第二選択議定書への加入を考慮すること。
死刑廃止を一挙に進めることができないのであれば,せめて死刑執行日よりも事前に死刑確定者への執行告知をすべきだと思います。以前は失効日の前日には告知をしていたのですが,告知後に執行をする前に死刑確定者が自殺することがあってから,告知は失効日当日に切り替えられたとのことです。
国家が殺す前に自殺することは許さないという論理なのでしょうか。
奈良女児殺人事件の小林薫死刑囚が7時45分に連れ出され8時4分に死亡が確認されたことについて,中道弁護士は「とても私には信じられない。もしそれが前提であれば,強引に連れ出し有無を言わさずに縛ったとしか思えない」と語っていました。
有無を言わさずに首を縛ったというのは,とても恐ろしい行為だと思います。
アメリカで無実を主張し続けた死刑囚が執行される。
状況証拠に基ずく殺人容疑で死刑を宣告され,2000年から死刑囚監房に入れられていました。死刑を宣告されてからも,無実を訴え続けていました。
問題なのは複数の法医学者が,殺害された女性の遺体の死亡推定日が,スウェアリンジェンさんが逮捕された後だと証言していたことです。
死刑囚に恩赦は適用されないのか。
アムネスティの最高意思決定機関であるグローバル会議の会合
(GAM:Global Assembly Meeting)が2019年8月2日から4日までの間,南アメリカ共和国のヨハネスブルグで開催されました。日本支部からは常任代表の副理事長,ユースの女性2名及び事務局長の総勢4名が出席しました。世界中から70の支部や準支部の代表,国際事務局や国際理事会や委員会のメンバーほか
総勢300人以上が集まったそうです。
国際理事9名のうち4名が今回は改選されたのですが,4名中3名がアジア太平洋地域出身であり,ニュージーランドからはマオリ族の人でした。欧米中心から大きな変化があったそうです。
グレタ・トゥーンベリさんの行動の影響もあり気候変動は人権問題であるという意識が広がりつつあるそうです。アムネスティが投資をする際は,化石燃料に投資している企業を選ばないことがヨーロッパから提案されたそうです。
イスラエルによるパレスチナの軍事占領・人権侵害という名指しはなかったものの,軍事占領に関するポリシーの起草について,アメリカから提案があったそうです。
休憩時間中にいろいろな人と話したのですが,選挙違反者を恩赦するなんておかしい,死刑囚こそ恩赦すべきであると話している人がいました。私とまったく同じ考えの持ち主です。金子文子死刑囚は恩赦をうけましたが,恩赦状の受け取りを拒み自殺しました。
以前のことのようですが,再審を考えていた死刑囚がいたのですが,近く恩赦がある,再審請求をしていると恩赦にならないとさとされ,再審請求をしないでいたところ,そのまま処刑されたそうです。ひどい話です。
日本で死刑が執行されたことをつぶやいたところ,カナダから「日本ではまだそんな野蛮なことをしているの」と驚かれたそうです。
日本の人権をめぐるひどい状況は外国にはほとんど伝わっていないので,外国語で積極的に発信することの重要性を教えてもらいました。
このたび法務大臣に就任した河井克行はカトリック信者であり,私の後輩だから,地元の事務所に押しかけて,せめて在任中は死刑執行に署名しないよう求めよう,と盛りあがりました。
GAMに出席していた事務局長が言っていたのですが,昨年も今年もGAMの初日に日本では死刑が執行されたそうです。来年もそうであるならば,それは意図的と考えざるをえないとのことでした(昨年はオウム真理教幹部の死刑執行)。
2019年12月26日の死刑執行に強く抗議する
日本政府は、国連の総会決議や人権理事会の普遍的定期審査、そして複数の国連人権機関から、死刑の執行停止と死刑廃止に向けた取り組みを行うよう、繰り返し強く勧告されているにもかかわらずそれをあざ笑うかのように第2次安倍政権では、これで17度目、計39人という異常なハイペースで死刑の執行が行われています。
死刑制度が誤った過去の遺物になる中で突極の人権侵害である死刑制度の維持・正当化を狙う偏向した姿勢の表われそのものです。
国の行う人殺しによって命を奪われた魏巍(ウェイウェイ)さんの冥福を心より祈ると共に本日の死刑執行に強く抗議します。
被害者遺族の感情は一様ではない。
愛知県に住む原田正治さんは,実弟を保険金殺人で失った被害者遺族である。その主犯の一人の死刑囚から,原田さんのもとに手紙が届くようになった。初めは読まずにうち捨てていたものの,やがて原田さんは彼と,文通そして面会をするようになる。ところが,裁判が終わり死刑が確定すると,原田さんと彼との交流は,拘置所によって禁じられてしまう。加害者が,被害者遺族と向き合うことすら許さない死刑確定者処遇を,原田さんは静かに,しかし強く弾劾する。原田さんは,彼の犯し罪を許すことは決してない。しかし,死刑にされるのではなく,一生罪を償ってほしいと語る。そんな原田さんのところへは,毎日無言の嫌がらせ電話がかかってくるという。勇気をもって実名を明かし,犯罪被害者遺族の立場で死刑制度へ疑問を語るようになってからのことだ。被害者感情,被害者の保護,被害者の権利,そして何より人の命,それらを本当に尊重したいと願う人が,犯罪被害に今も苦しむ遺族に嫌がらせの電話をするだろうか。
私たちは,厳罰化を唱え死刑の存置を願う声,動きと,被害者保護を真摯に追求する声とを明確に区別しなければならない。そして,被害者保護の対象は,死刑制度があるなしにかかわらず必要なことであり,刑罰制度や刑事訴訟法制度の枠内で解決のつく問題では決してない。被害者問題をたてにしての死刑制度存置論は,被害者保護の課題そのものの価値をおとしめることではないだろうか。
このように被害者遺族によっては,死刑でなはく一生をかけて罪をつぐなってほしいという人もいます。被害者感情を持ち出して,死刑制度に疑問を持つ被害者遺族にいやがらせをするとは何ということでしょうか。
被害者保護の対象は死刑制度の存否にかかわらず必要であり,被害者問題をたてにした死刑存置論は被害者保護の課題の価値をおとしめるという田鎖弁護士の指摘はまったく正当だと思います。
訂正します。
お詫びして訂正します。
障がい者と死刑制度
この事件では犯人であると自白した者が複数人いるなど,その取り調べの過酷さが想像できます。
当時,全障連は赤堀さんの死刑には反対を表明していましたが,死刑制度そのものの廃止までは踏み込んでいなかったようです。
障がいを持つ人は,警察や検察といった怖い人から,恫喝され威圧的な言葉で迫られたら,比較的容易に虚偽の自白をしてしまうのではないでしょうか。
自白偏重で,検察は被告の有罪を証明する証拠は提出するが無罪を証明する証拠は提出しない日本の司法制度では,障がいを持つ人は死刑事件ではきわめて弱い立場にあるのではないでしょうか。
1970年に障がいを持つ子を殺害した母親の事件がありました。当時,母親に対する減刑嘆願書が集まったのですが,脳性麻痺の会「青い芝の会」はこの減刑運動を批判しました。障がいを持った子は手間がかかる,だから障がいを持たない子を殺害したよりも,障がいを持った子を殺害したときの方は減刑すべきであるというのは障がい者の尊厳を侮辱するものである,といった趣旨だったかと思います。
「福音と世界 2020年2月号」で編集者のあとがきで,「障害」と言わずに「障がい」と表記するのが一般的だけれど,障害はその人のネガティブな属性などではなく,社会が「できなくさせている」状況なのだから,「障害」という言葉を使っても障害者を侮辱しているわけではないので,「障害」ということばを使ってもよいのではないか,と書いている編集者がいて,なるほどと思いました。
障がいは,人間社会に固有の問題だと思います、動物の世界のことは詳しく知らないのですが,サルでもライオンでも生まれながらに障がいを持って生まれてくる子はいると思います。しかし,人間のように,障がい者は後回し,余裕があるときだけ相手にし,生産性がないなどとは思わず,集団全体で障がいを持って生まれてきた子を守ろうとするのではないでしょうか。
共生だの,障がい者差別取扱い禁止などと言いながら,私利私欲のために宴会を張り,都合の悪い出席者名簿は障がい者雇用の職員が破棄裁断してしまったなどと言ってのける首相は何ともおぞましいかぎりです。
相模原事件で19人を殺害した青年は,責任能力に問題がなければ,3人以上を殺害した場合は自動的に死刑となる現在の日本の裁判では間違いなく死刑になるでしょう。
しかし,死刑を肯定するのは「生きるに値しない人」を認めることであり,事件を起こした青年の考えと五十歩百歩ではないかという指摘はよく考えておくべきだと思います。
障がいを持つ人に憐れみをかけるなんてお前は何様だ,上から目線で言っていいのかと批判を浴びそうですが,あくまで一般的なこととして次のことばをかみしめていただききたいと思います。
Bienaventurados los misericordiosos,porque ellos alcanzarán
misericordea.
(憐れみ深い者は幸いである。なぜなら彼らは憐れみを受けるだろうからである)










「ジョン・ブラウン」では,彼が戦場にTakeshi天皇制は日本国民分断の象徴だと思える。私が望むこと 教皇フランチェスコは定期的に貧しい人々と食事をしています。
安倍晋三は私利私欲をはかり,国費を使って「花見の宴」を催し,好き勝手な人を招待したことを批判されTakeshi死刑FAQ (適宜更新)障がい者と死刑制度 島田事件で知的障がい者である赤堀政夫さん(当時25歳)は,幼女殺害の容疑で逮捕されました。第一審の第一回公判日から,殺害には何にも関係していないと主張しましたがTakeshi世界中の格差デモの記録デモは政治を変えることができる。 2019年世界各地で大規模デモが起こり,それを排除しようとする当局の強硬な姿勢が伝えられました。
多くの国で警察や治安部隊などが実力行使に出ていて,催涙弾や実弾のTakeshi残念なアウンサンスーチー氏のロヒンギャ問題調査団拒否ロヒンギャに対する国軍の残虐行為に国際刑事裁判所が捜査へ 国連人権理事会が設置したミャンマーに関する「独立事実調査団」は,ミャンマーの政治制度と法制度が,事実上,軍隊を法の上に置いたと結論付け,国内で責任追及は無理とTakeshiこれが本当の『在日特権』人権は連帯の論理,特権は差別の論理 鎌田慧氏の「人権読本 鎌田慧編著/岩波ジュニア新書」からの文章(はじめにの箇所)を一部紹介します。
(2001年の)自爆テロによって,ニューヨークとワシントンでTakeshi国連人権規約委員会からの日本への勧告には法的拘束力がないという認識は不正確、あるいは誤り。裁判官や検察官には人権研修が必要 1997年の日本の報告に対して,国連規約人権委員会は98年11月6日に日本政府に通告しました。「積極的な側面」と表現した項目はわずか3項目で,「主な懸念事項及び勧告」Takeshi「靖国神社思想の本音」 (メモ)英霊の実態 水木しげるさんが書いているのですが,ラバウルの川で兵隊が何人か並んで洗濯をしていたところ,現地の人が,あっ,ワニがいるというけれど見えない,ふっと横を見ると隣Takeshi少女時代(소녀시대、Girl's Generation) 「소녀시대 '다시 만난 세계」 (Into The New World、また巡り逢えた世界) (不定期連載、「気まぐれK-POPプレイリスト」)「ジョン・ブラウン」 ボブ・ディランの「ジョン・ブラウン」という曲があります。その歌詞を紹介したいと思います。
ジョン・ブラウンは異国の地の戦争に出発した
母は彼のことを本当にTakeshi死刑FAQ (適宜更新)訂正します。 田鎖麻衣子弁護士は永山則夫死刑囚の弁護団の一員だったと書きましたが,まちがっていました。弁護団には加わっていませんでした。大谷恭子弁護士だったのに勘違いしてしTakeshi死刑FAQ (適宜更新)被害者遺族の感情は一様ではない。 永山則夫死刑囚の弁護団の一員を務め,死刑廃止に熱心に取り組む田鎖麻衣子弁護士が「人権読本・鎌田慧編著/岩波ジュニア新書)の中で述べていることを紹介します。
Takeshi日本の政治と社会を悪化させているものは何か (メモ)皆さまいつ更新されるかわからない期間がしばらく続いた後に出したしばらくぶりの記事に、こうして待っていたかのようにコメントしてくださってありがとうございます。
自己肯定村野瀬玲奈日本の政治と社会を悪化させているものは何か (メモ)悪化するのも無理はありませんあけましておめでとうございます。
今年も可能な限りブログの更新頑張ってください。
暴政の限りをつくし平和と民主主義を破壊しまくる安倍自民党政権。
にもかかわらず小閉口日本の政治と社会を悪化させているものは何か (メモ)運動圏の責任村野瀬さんのブログの読者は、どちらかというと政治意識の高い人が多いと思うし、その中には活動家の人もいると思います。そこで、そのような人たちに向けてのメッセージも豊島耕一日本の政治と社会を悪化させているものは何か (メモ)為替の固定相場制から変動相場制への移行により進行する円高で生じる輸出産業の損失を消費税の輸出免税により相殺するために消費税は導入されたのではないかと私は考えてい柿ノ木潜蔵日本の政治と社会を悪化させているものは何か (メモ)No title自分的には数多くのまとめブログや現在毎日のように放送されている日本スゴイ系の自画自賛番組の悪影響が大きいのではと思っています
ああいう番組ばっかり観てると、自国tora日本の政治と社会を悪化させているものは何か (メモ)No title このオピニオンブログは常に閲覧させてもらっています。
ところで、日本の政治・社会が悪化している要因の三つ目に村野瀬さまは人々の道徳意識の弱体化を上げています井上 純死刑FAQ (適宜更新)2019年12月26日の死刑執行に強く抗議する本日、森雅子法務大臣の命令により、魏巍(ウェイウェイ)さんに対する死刑が執行されました。
日本政府は、国連の総会決議や人権理事会の普遍的定期審査、そして複数の国閉口チュニジアで民衆が独裁政権を駆逐。ルーマニア革命から30年 ルーマニアは,故ニコラエ・チャウシェスク大統領の独裁政権を打倒した革命から今年で30周年を迎えました、革命が始まった西部のティミショアラでは2019年12月15日,「Takeshi「あなたの国のファシズム度テスト」 (メモ)「私は知らない」ということ 1996年度ノーベル文学賞を受賞したポーランドの女流詩人ヴィスワヴァ・シンボルスカのノーベル文学賞記念講演の中から一部引用します。
インスピレーションとは詩人,Takeshi日の丸君が代の強制に対する、強制反対の先生方の思い君が代すわろうず活動報告2019夏閉pdf版(*^ヮ゚)σ:https://dotup.org/uploda/dotup.org2013893.zip.html
君が代すわろうず活動報告2019夏閉φ( ̄▽ ̄)b
「君が代すわろうず」の活動してきたでぇ∠(・ω・)ピッ
第101春九千日の丸君が代の強制に対する、強制反対の先生方の思い君が代すわろうず春閉pdf版(*^ヮ゚)σ: https://dotup.org/uploda/dotup.org2013889.zip.html
君が代すわろうず活動報告2019春閉φ( ̄▽ ̄)b
「君が代すわろうず」の活動してきたでぇ∠(・ω・)ピッ
第91春九千嫌韓の代償を払う日本浮かび上がることそもそも安倍自民党政権は、朝鮮植民地合法論に立つ歴史改竄政権ですが、2019年夏以降の日韓経済関係から浮かび上がること、それは日本が朝鮮を植民地支配したこと、戦時下閉口日米貿易協定(日米FTA)は将来、日本の産業と国民生活の多くの面に悪影響を及ぼす。反対。日米貿易協定の強行承認に強く抗議する12/4(水)に問題だらけの日米貿易協定(日米FAT)が自民党が通したがる内容でろくに審議もされないまま強行承認されてしまいました。
強く抗議します。
残念に思う閉口少女時代(소녀시대、Girl's Generation) 「소녀시대 '다시 만난 세계」 (Into The New World、また巡り逢えた世界) (不定期連載、「気まぐれK-POPプレイリスト」)平和を作るということ 私は知らなかったのですが,亜無亜危異(アナーキー)は日本最古参のパンク・バンドだそうで公然と天皇批判をした「東京イズバーニング」という曲を歌っています。
「Takeshi首相になった63歳児スキャンダルがなくなった社会 こんな笑い話があります。
商人がみそかに掛け取りにきたが,中から声がして留守だという。その声が主人らしいので,掛け取りは障子に穴をあけて中を覗いてみると主人Takeshi自民党・豊田真由子衆議院議員が秘書に加えた暴力がすさまじい。佐川宣寿も同類 精神科医の片田洙美氏は「高学歴モンスター 一流大学卒の迷惑な人たち」(小学館新書)の後書きに次のように述べています。
国会で答弁した当時は(佐川宣寿は)財務Takeshi自民党・豊田真由子衆議院議員が秘書に加えた暴力がすさまじい。高学歴モンスター 精神科医である片田洙美氏が「高学歴モンスター 一流大学卒の迷惑な人たち」(小学館新書)で豊田真由子元衆議院議員のことを的確に分析・整理していたので紹介します。Takeshi天皇制は日本国民分断の象徴だと思える。君主主義と民主主義は両立するのか。 天皇機関説が論争になっていたころ,天皇陛下を機関車に例えるとはなにごとか,と憤慨した人がいたそうです。今で言うネトウヨのさきがけでしょうか。
渡辺錠太郎教育Takeshi日米貿易協定(日米FTA)は将来、日本の産業と国民生活の多くの面に悪影響を及ぼす。反対。ローマ法王が来てますね。ローマ法王がいま来てさんざんテレビに出てますが、何故、核を落としたかが問題です。朝鮮半島が分断したままであるのは、核の投下があったからだと私は考えています。柿ノ木潜蔵