村野瀬玲奈の秘書課広報室
社員一人のサイバー政治団体(笑)「世界愛人主義同盟」秘書課勤務の村野瀬です。消費税収入は社会保障に使われずに法人税減税に回っただけって知ってました?まるで国民から大企業への利益の直接補てんですね。有権者と政治の距離を縮めるため、国会議員名簿の活用を!
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沖縄戦の被害を忘れないでほしいと訴え、日本軍にいろいろな形で強いられた集団自決のことを削除する教科書検定に抗議する沖縄の人々のことを取り上げ、それに疑問をはさむ人たちへの答えとして書いた「事実、証言、人数、部分、全体、報道、歴史」のエントリーに、ひろりん?さんとコギトエルゴスムさんからいただいたコメントを紹介します。すでに前の記事のコメント欄でお読みの方もいらっしゃると思いますが、まだお読みでない方のためにも、挨拶などは省略して本質部分を引用させていただきます。最後に私の思いも書き添えます。
[C1334]
(前略)
歴史とは、各個人の見方によって少しずつ異なるものであるとは思いますが、しかし被害にあわれた方を非難する言動だけは、許されない事だと思います。
以下は戸塚悦朗氏の著書からの引用です。
…前略…
「国際仲裁裁判を求める韓国の元「慰安婦」被害者としばしば面会する機会があり、日本政府の対応についての意見を聴くことができた。そのたびに痛感したのだが、被害者は、戦時に受けた奴隷的取扱いおよび加害者の不処罰状態に強い怒りを抱いているのに違いはないが、決してそれだけが被害でもなく、また被害者の怒りの原因でもない。被害者は、この数年来の日本政府の行為・措置にも激しい怒りを示していることに留意しなければならない。
その理由は、きわめて明快である。『私たち被害者の名誉を今の日本政府が傷つけ続けている』ということだ。
日本政府の人々は、自分の立場を守るのに必死で、このような被害者の気持ちには気づかないであろう。しかし、考えてもみるべきではないか。職業的売春婦ではない女性に向かって、『売春婦だ』と言ったなら、その女性の名誉は極度に傷つくであろう。その発言者は、名誉毀損を理由に刑事・民事上の法的責任を追及されるのは当然だろう。ところが、この事件ではそれが本当に起こったのである。
筆者が会った韓国の『慰安婦』被害者は、職業的売春婦ではなかった。ごく普通の少女だったのである。それが、日本帝国軍によって、強制的に性の奴隷にされた挙句、現在でも『売春婦呼ばわり』されていることに留意すべきだ。被害者からしてみると、『お金が欲しいので任意に売春婦になったのではないか』と示唆されるほど辛いことはない。だから被害者らは、『犯罪によって、強制的に性的奴隷にさせられたのだ』と必死に訴えているのである。」
「しかるに、日本政府は、『民間業者が連れて歩いたので、政府は関係がなかった』『強制の証拠はない』『日本帝国軍が行ったことは、犯罪とは認められないし、国際法違反の違法行為ではない』などと言い続けてきたのだ。被害者にとっては、それは、『売春婦だ』と言い続けられるのとまったく同じなのである。このように被害者の名誉を傷つけ続けている現在の日本政府関係者の行為は、国際法を持ち出さずとも、日本だけでなくどこの法律のもとでも違法だ(在日韓国人である、ソン・シンドさんの提起した訴訟では、同趣旨の主張がなされていると言う)。
日本政府は、この数年間このような違法行為を続けてきた。しかも、それを、首相、官房長官、外務大臣、内閣外政審議室、外務省、労働省など要職にあるものが、多数共同して、国会の内外で、口頭あるいは政府公文書によって、日本ばかりか全世界のマスコミに対して言明し続けた。国連でさえも公言し続けたのであるから、その責任は重い。
これに対して、被害者は、無力な一女性に過ぎない。恥ずかしさに耐えつつ、真実を訴えて名誉を回復しようとするしか他に道はないのである。
日本政府は『謝罪した』と言うかもしれない。この首相の謝罪の中身はここでは問わないでおこう。しかし、いずれの謝罪も、戦時の日本帝国軍の行為に対するものであって、現在の日本政府が被害者を売春婦扱いした名誉毀損に対するものは一言としてなかった。日本政府が発言するたびに被害者は深く傷ついたのである。この違法行為は現在のものであって、条約で解決済みでないことはもちろんである。そして、これは、他のいずれの戦後50年問題にもない元『慰安婦』被害者に対してだけ起こった特殊の加害行為なのである。日本は、事実関係についても、この現在進行中の違法行為については、争うことはでいないはずだ。この加害行為にたいする謝罪を直ちにすべきである。」
…後略…
いまだに同様の状態は続いているものだと私は認識していますが、こういったことに対する理解・対応があまりにないがしろにされているところに、背筋の寒さを感じる今日この頃です。
2007-10-11 投稿者 : ひろりん?
[C1339] 大変有意義な意見交換だと思う市民さんと、玲奈さんへ
(前略)
実は、下には下がいるもので下品極まりないコメントがあり、看過できません!
それは、週刊新潮 10月18日号(136頁〜~139頁)の『米軍基地を「人質」に取られた沖縄戦「集団自決」論争』という特集記事中の、(139頁)「沖縄県民の被害者意識」という項に載っていた花岡信昭氏(略歴 2002年に産経新聞を退社し、評論活動に入る。2007年から産経新聞客員編集委員に就任。産経新聞で毎週、政治コラム連載しているほか、正論、諸君、VOICE、WiLLなどの保守論壇に論文を寄稿している。)のコメントです。↓
<政治ジャーナリスト花岡信昭氏は語る>「沖縄は、自分たちだけが悲惨な目に遭った被害者だと主張し、これが彼らの政治的立場における最も大きなアドバンテージになっているのですが、日本政府にはそのことに対する遠慮を常々持ち続けてきました。確かに、沖縄が本土決戦の舞台になったのは紛れもない事実ですが、それとて60年も前のこと。政府は沖縄に莫大な復興予算を付けてきました。沖縄の人たちには、自分たちが在日米軍基地の75%を抱え、日本の安全を確保しているのだという前向きの自負心を持ってほしい。しかし、彼らは今でも常に被害者意識のままなのです。いたずらに基地問題の結論を引き延ばして国から金を貰おうというのでは、沖縄の自立という観点からしても、良いことは何もありません」
コギト>花岡氏には、『心』は、あるのでしょうか。
この記事の中で、花岡氏と週刊新潮は、沖縄の人々の名誉を甚だしく傷つけています。
沖縄県民は、花岡氏と週刊新潮と産経新聞を、名誉毀損で訴えるべきだと私は思っています。
2007-10-13 投稿者 : コギトエルゴスム
軍隊や国家に味方してそれらを個人よりも優先あるいは尊重する考え方は軍事優先主義や国家主義と呼ばれます。軍事優先主義や国家主義は、個人に理不尽な忍従を強いたり、それがさらに高じるとその犠牲者や被害者を批判したりおとしめたりすることもよくあり、その一方でそのような犠牲や被害を隠そうともします。個人の尊重を国家や軍隊よりも優先させたら国家主義や軍事優先主義は成り立ちませんから。
沖縄戦の集団自決には広範に当時の日本軍からの強制性があったことは沖縄の人たちの無数の証言や歴史学者たちの第二次大戦後60年以上にもわたる研究の積み重ねから明らかです。これを否定しようとするなら、無数の証言一つ一つ(全部とは言わないまでも十分に多く)や60年の研究(全部とは言わないまでも十分に多く)をていねいに検証し一つ一つくつがえすことが必要なはずです。そんなことができないほど沖縄戦の集団自決の強制性については明らかになっているのではないでしょうか。(同じことは従軍慰安婦(性奴隷)のことについても言えます。)
第二次大戦中に日本軍による直接間接の強制で沖縄の人々が広範に集団自決に追い込まれたことを隠そうとする今回の教科書検定は、軍隊や国家の重要性や名誉を個人の尊重よりも優先する国の姿勢のあらわれです。
そして、そのような国の姿勢を、確信をもってあるいは結果として後押しし擁護してしまう人たちがいます。その人たちは被害者たちを二重にも傷つけていることに気がつかないのでしょう。(気がついていても気がつかないふりをしているのならなお恐ろしいことですが...。)軍事優先主義や国家主義の考え方がこのようなものであるなら、軍事優先主義や国家主義とはなんと冷酷で残酷なものでしょうか。
被害側に被害者意識を持つなと加害側と同じ側から求め、金で丸め込もうとする週刊新潮のような冷酷な思想におちいらないためには、被害者当事者の訴えをありのままにまず聞き、個人への尊重よりも軍事や国家の利益を優先させることの結果が自分の身に降りかかってきたときのことを想像することだと思います。(この場合は、自分が自決を強制されたら、自分が慰安婦にされたら...と考えること。)戦争における加害側と立場や利害を同じくする人には難しいのかもしれませんが...。
沖縄の集団自決をめぐる教科書検定そのものについては今回は触れませんが、全国紙ではなかなか読めない話も含むレポートはたとえば碧猫さんの「13日の水曜日」が次のような一連のエントリーで詳しくまとめています。
高校教科書の「集団自決」記述に「軍強制」を復活させるのは教科書会社に任せる方針らしい
http://azuryblue.blog72.fc2.com/blog-entry-271.html
つくる会が文科省に「 国会決議の動きには断固反対」申し入れ&中川元文相発言
http://azuryblue.blog72.fc2.com/blog-entry-273.html
教科書検定に関するこういう報道は、なぜか全国ネットで流れない
http://azuryblue.blog72.fc2.com/blog-entry-276.html
教科書問題、現時点までの展開をメモ
http://azuryblue.blog72.fc2.com/blog-entry-277.html
「教科書検定審議に文科省調査官が介入」&「米公文書に『軍命』」
http://azuryblue.blog72.fc2.com/blog-entry-278.html
共闘が広がっている
http://azuryblue.blog72.fc2.com/blog-entry-279.html
教科書検定についてはまた機会をあらためて書くことがあるかもしれません。
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3件のコメント
[C1349] 書かれた歴史が事実とは限らない
- 2007-10-16
- 編集
[C1351]
だからこそ人の尊厳は大事なわけで。
私が、成功して長者になる人生も、理不尽に殺される人生も、可能性としてはどう転ぶかわからない。けれど、どちらにしても尊厳だけは無くせない。
成功しても殺されても、いずれ命尽きることには変わりないけど、尊厳が尽きたら人間の根幹にかかわる。
成功しても嘘はつきたくないし、理不尽な目にあってもそれを嘘つき呼ばわりされたくない。
しばしば、他者を嘘つき呼ばわりする人がいます。仮に、その通り嘘があったところで、こちら側の尊厳は目減りしません。
しかし、人を嘘つきと好んで呼ぶことは、自他共通の基盤として在る、人間の尊厳に対する挑戦だと思われます。
- 2007-10-16
- 編集
[C1355]
こういうことをしてるからいつまでも国際的に真の信頼を勝ち得られないんじゃないかと思います。
過去の軍国主義を美化し、自分もそれと一体化したような幻想でも抱くんでしょうか。
日本軍は何が何でも正しいと狂信的に思い込み、批判する者には容赦ない攻撃。
ネオナチと同じです。
3Kの尻馬に乗って犠牲になられた沖縄の人々を叩く行為には心底怒りを覚えます。本当に村野瀬さんの仰る通り二度殺されてるようなものです。
村野瀬さんが10/1のエントリーのコメント欄で引用されていた世界7月号書き換えられた沖縄戦の資料を拙ブログでも使わせていただきましたm(_ _)m
それからトラバしていただき、ありがとうございました。
- 2007-10-17
- 編集
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14件のトラックバック
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- 発信元 : 護憲+グループ・ごまめのブログ
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学生時代、私に、歴史学を叩き込んでくれた、私の恩師(故人)は、よく学生に、次のような言葉を吐かれていました。
----------◇----------
書き残された歴史は、為政者にとって、いわば勝者にとっての、都合の良い歴史でしかない。書かれた歴史よりも、書かれなかった歴史のほうが、より「事実」を物語っている場合が往々にしてある。
私たち歴史学者は、書き残された歴史を手がかりに、それをまず疑ってかかり、そうして書かれなかった歴史の「事実」を掘り起こす使命がある。
書かれなかった歴史とは、例えば、遺跡の発掘調査で出土するものの科学的分析や、当時の " 為政者ではない人達(例えば僧侶や商人などの、政治的には距離を置いた、比較的中立的な立場の人たち) " によって記された記録類、または語り継がれている伝承などの学問的・客観的・科学的分析。そして近代の歴史においては、その実体験をした人々の証言についての学問的・客観的分析。これらが歴史の「事実」「真実」を解き明かす糸口であり、歴史そのものの「命」である。
為政者やその周辺の者によって記された文献の文字づらだけで歴史を理解しようなどとは、もってのほかである。文献などは、いくらでも時の為政者によって、何度も何度も都合よく書き換えられ、都合の悪い事は「なかったこと」または事実を極端に矮小化されてきている。それは単なる「書き換えられたモノ」でしかなく、けっしてほんとうの歴史ではない。その文字の裏側に隠された、書かれなかった、「なかったこと」とされてしまった「事実」を掘り起こし、極端に矮小化されてしまった事実を、ほんとうの大きさに戻し、その実態を解明しなければ、ほんとうの歴史だとは言えない。
----------◇----------
また、歴史学者を目指す学生には、次のように厳しく指導をされていました。
「まず文献は疑ってかかれ。真っ先に現地に立て。目で見て耳で聞いて自分の頭で考ろ。足で学べ!」
これは、歴史学方法論の神髄だと私は確信し、自分の足で歴史の舞台となった現地を歩きつづけ、そして今日まで教壇に立ってきました。
現地にも足を運ばず、実体験者からの話しも聞き取らず、自分の足で調査をしないような人間が「時の為政者のうす汚い政治的思惑と都合だけで」冷房の効いた快適な室内の机上だけで、将来のこの国を背負う子どもたちが学ぶ教科書を検定し、書き換えていいのかと、歴史を専門に学んで来たものとして、私は怒り心頭に発しています。