
第二次安倍晋三政権になって、谷垣禎一法務大臣による初めての死刑執行がありました。
私が死刑制度、死刑執行について反対であることはうちのブログをずっとごらんの方はすでにご存じだと思いますが、今回の死刑執行についても抗議と遺憾の意を表明します。
さっそく「Afternoon Cafe」の秋原葉月さんが記事を出されています。必読ですので紹介します。
●Afternoon Cafe死刑執行は法相になるための儀式なのでしょうか
http://akiharahaduki.blog31.fc2.com/blog-entry-1254.html2013.02.23 ( Sat ) 05:00:00
秋原葉月さんの記事でも紹介されていますが、死刑制度廃止を活動の目的の一つにかかげる50年以上の歴史を持つ世界的な人権擁護団体アムネスティ・インターナショナルの日本の組織、アムネスティ日本の声明が重要です。それを転載させていただきましょう。死刑制度や死刑執行に反対である人にも賛成である人にも読んでいただきたい声明です。
●アムネスティ日本 AMNESTY
日本:死刑執行に対する抗議声明
http://www.amnesty.or.jp/news/2013/0221_3829.html
2013年2月21日
[日本支部声明]
アムネスティ・インターナショナル日本は、本日、東京拘置所の金川真大さん、大阪拘置所の小林薫さん、名古屋拘置所の加納恵喜さんの3人に死刑が執行されたことに対して抗議する。今回の死刑執行は、死刑制度に固執し、政権交代後の執行を恒常化させようとする政府と法務省の意思表示といえるものであり、強く非難する。
谷垣法相は、昨年12月27日の大臣就任会見において、死刑制度について「今の国民感情,被害者感情等々から見ましても、現行制度を設けているということはそれ相応の根拠がある」と述べ、また執行については「(死刑判決を下した)裁判所の判断も尊重しながら、法の下で対処していかなければならない」と語り、肯定的な姿勢を示していた。
しかし、国内法の内容が国際人権基準に反するものである場合には、その法制度を改正すべく努力することもまた、政府、法相および法務省に課せられた国際的な義務である。日本政府は、国連の総会決議や人権理事会の普遍的定期審査、そして複数の国連人権機関から、繰り返し、死刑の執行停止と死刑廃止に向けた取り組みを強く勧告されていることを忘れてはならない。
とくに、国連の自由権規約委員会は2008年、「世論の動向にかかわりなく、締約国は死刑の廃止を考慮すべき」とし、世論を口実に死刑廃止に向けた措置を一切とろうとしない日本の態度を強く批判している。日本政府は、「国民感情」を理由に、国際的な人権基準を遵守する義務を免れることはできない。
世界では、7割に当たる140カ国が法律上または事実上死刑を廃止しており、近年の死刑執行国は20カ国前後で推移している。昨年12月には、国連総会で全世界の死刑執行停止を求める総会決議が採択され、過去最多の111カ国が賛成した。今回の死刑執行は、日本が人権理事会の理事国として遵守すべき国際人権基準を無視したものであり、世界の死刑廃止の潮流に背を向け、日本をますます孤立させることになるといわざるをえない。
近年、足利事件や布川事件、ゴビンダ事件など、相次いで冤罪事件が明らかになり、代用監獄や捜査取調べ中の自白強要など、日本の刑事司法における人権侵害が多数報告されている。新たな科学鑑定により冤罪の可能性が高まっている袴田事件や奥西事件、飯塚事件など、死刑事件における再審請求も数多く提起されており、死刑制度を含む日本の刑事司法制度の見直しが強く要請されている。
死刑は国家権力による暴力の一つの極限的なあらわれである。人為的に生命を奪う権利は、何人にも、どのような理由によってもありえない。アムネスティは、あらゆる死刑に例外なく反対する。死刑は生きる権利の侵害であり、究極的な意味において残虐で非人道的かつ品位を傷つける刑罰である。アムネスティは日本政府に対し、死刑廃止への第一歩として、公式に死刑の執行停止措置を導入するよう要請する。
日本政府は、国際人権諸条約の締約国として、死刑にたよらない刑事司法制度を構築する国際的な義務を負っていることを改めて確認しなければならない。そして、日本政府は、生きる権利をはじめとする人権保障の大原則に立ち戻り、死刑の執行を停止し、死刑廃止に向けた全社会的な議論を速やかに開始すべきである。
2013年2月21日
公益社団法人 アムネスティ・インターナショナル日本
背景情報
日本は、国際社会の責任ある一員として、死刑廃止に向かう世界の情勢も十分に考慮しなければならない。現在、全世界の7割に当たる140カ国が、法律上または事実上死刑を廃止している。アジア太平洋地域においても41カ国のうち28カ国が、法律上または事実上、死刑を廃止している。東アジアでは、韓国が2008年に事実上の死刑廃止国となり、現在まで14年間、執行を停止している。さらに、昨年はモンゴルとベナンが、「市民的及び政治的権利に関する国際規約」の第2選択議定書(いわゆる死刑廃止国際条約)に公式に加入した。死刑廃止へと進んだこれらの国々の多くで、世論の多数が死刑の存置を容認していたことを踏まえると、いかに死刑廃止に向けて人々に働きかける政治的リーダーシップが重要であるかがわかる。
アメリカは、G8諸国内で日本と並ぶ死刑存置国ではあるが、現在、全50州のうち17州とコロンビア特別区が死刑を廃止しており、死刑廃止州の割合はついに3分の1を超えた。2011年に実際に死刑を執行したのは、13州のみだ。一昨年11月22日にはオレゴン州知事が任期中の執行停止を表明。昨年4月25日には、コネチカット州で死刑が廃止された。本年1月から始まったメリーランド州議会でも死刑廃止法案の可決の可能性が高まっている。
また昨年12月20日、国連総会で、2007年以降で4度目となる死刑執行停止決議が、前回より4カ国多い、過去最多の111カ国の賛成で可決された。決議は、廃止を視野に死刑の執行を停止することや、死刑を適用する罪名を減らすことなどを求めている。
死刑に特別な犯罪の抑止効果はない、ということも今日の世界的な共通認識となっている。死刑と殺人発生率の関係に関する研究が1988年に国連からの委託で実施され、最新の調査では「死刑が終身刑よりも大きな抑止力を持つことを科学的に裏付ける研究はない。抑止力仮説を積極的に支持する証拠は見つかっていない」との結論が出されている。また、いわゆる「みせしめ」としての死刑は、国家による究極的な暴力に過ぎない。人間の生きる権利を、政治的社会的な目的のための手段とする発想は、国際人権基準に照らし、決して許されるものではない。
アムネスティは、死刑判決を受けた者が犯した罪について、これを過小評価したり、許したりしようとするものではない。しかし、被害者とその遺族の人権の保障は、死刑により加害者の命を奪うことによってではなく、国家が経済的、心理的な支援を通じ、苦しみを緩和するためのシステムを構築すること等によって、成し遂げられるべきであると考える。
(転載ここまで)
特に重要な部分をもう一度声に出して読みましょう。
『国内法の内容が国際人権基準に反するものである場合には、その法制度を改正すべく努力することもまた、政府、法相および法務省に課せられた国際的な義務である。』『とくに、国連の自由権規約委員会は2008年、「世論の動向にかかわりなく、締約国は死刑の廃止を考慮すべき」とし、世論を口実に死刑廃止に向けた措置を一切とろうとしない日本の態度を強く批判している。日本政府は、「国民感情」を理由に、国際的な人権基準を遵守する義務を免れることはできない。』 『死刑廃止へと進んだこれらの国々の多くで、世論の多数が死刑の存置を容認していたことを踏まえると、いかに死刑廃止に向けて人々に働きかける政治的リーダーシップが重要であるかがわかる。』『今回の死刑執行は、日本が人権理事会の理事国として遵守すべき国際人権基準を無視したものであり、世界の死刑廃止の潮流に背を向け、日本をますます孤立させることになるといわざるをえない。』 『いわゆる「みせしめ」としての死刑は、国家による究極的な暴力に過ぎない。人間の生きる権利を、政治的社会的な目的のための手段とする発想は、国際人権基準に照らし、決して許されるものではない。』『被害者とその遺族の人権の保障は、死刑により加害者の命を奪うことによってではなく、国家が経済的、心理的な支援を通じ、苦しみを緩和するためのシステムを構築すること等によって、成し遂げられるべきであると考える。』さて、ここで、今回の記事の題名にかかげた『日本の死刑制度が浮き彫りにする日本国独特の体質』に話が来ます。
上のアムネスティの声明文にも示唆されているように、世界の多くの国では、世論の半数以上が死刑廃止を求めるようになったから政府がそれを尊重して死刑を廃止したわけではありません。多くの場合、死刑制度と死刑執行は非民主的、反民主的、全体主義的行為であるという認識が政権内で強まって死刑が廃止されたという経過です。多くの人々は、犯罪者への応報は正当だと思っていたり、(実際に存在しているとは言えない)犯罪抑止力を信じたりしていて、死刑制度について十分に考えたことがないままに死刑制度を支持しているのが現実です。しかし、国民心理の中にあるそれらの「死刑存置の理由づけ」には正当な根拠がないことを政治指導者や政権が意識して死刑を廃止する、というのが死刑廃止の多くのケースなのです。
このことは、死刑制度をめぐって人類や諸国が長い間積み重ねてきた知見を受け入れたり、血を流して人類が獲得してきた民主主義の進歩を取り入れたりして死刑を廃止している、という風に説明することも可能でしょう。
では、日本はどうでしょうか。
私の見るところ、死刑制度存置や死刑執行には理がないことを示す多くの事実や知見や人類の歴史的進歩に日本国はすべて背を向けているように見えます。国家は人民に優先するという象徴的宣言としての死刑制度にしがみつくことが唯一の目的であるかのように日本国はふるまっているように見えます。国家という「制度」が「生身の人間」を殺すことを(犯罪者限定ではありますが)合法化していることは国家は人民に優先するという宣言であると言っても差し支えないでしょう。
実は、日本という国についての私のこの観察は、死刑制度とは関係のない他の多くの分野でも当てはまると思います。まずひとつ例をあげるなら、明治時代以降、第二次世界大戦までの軍事力による日本のアジア侵略全般についての歴史認識です。従軍慰安婦をめぐる歴史の否定、南京事件の否定、日本がアジアを植民地支配したことの正当性の主張などなどなど、日本政府、保守政治家、ある種の論壇とマスメディア、ある種の世論は、日本が行なったアジア侵略についての事実や過ちを認めようとせず、できるだけ正当化しようとし、あるいはできるだけ人々の記憶から消そうとし、自分の都合よい見解にだけ立てこもっています。たとえば、ひとつ前の記事、『
アウンサンスーチー氏、日本の歴史認識に苦言』も、日本のそのような体質をいさめる発言として聞くことができます。
今までの私のたくさんの記事に対して、その手の人たちから、テーマの全体像や一つ一つの論点を丁寧に見ようとせずに、知性の目で検証されていない怪しげなソースにだけ頼って我田引水する人たちからの書き込みをたくさんもらってきました。そのような書き込みに共通する特徴は、テーマの全体像や一つ一つの論点を私が丁寧に説明した記事や返答を書いても、それらを受け入れることができないということです。そういう人たちはさかんに「証拠を見せよ」と言ってくるのですが、確定した史実や証拠を見せると、今度は目をつぶって見ないようにするのです。そのくせ、自分の根拠薄弱な主観的主張だけは繰り返したがるものなのです。
私はそのような人々の書き込みパターン、思考パターンに、
ネトウヨコメント分類学の視点(?)から、「耳栓装着ワンポイント連呼型」コメントと命名しましたが、ちょうど、死刑廃止をめぐる国連や人権団体からの指摘に対してとっている日本政府、政権政治家の行動はそれらの書き込みとそっくりだと実感するのです。
さらには、残念なことに、そのような日本政府、政権政治家の行動は、上で例として出した歴史認識の問題をはじめ、日本のほかの多くの分野や政治課題、社会的課題についてもあてはまります。例はいくらでもありますが、沖縄への執拗な米軍基地押しつけや、福島原発事故後も原発を推進し続ける態度、消費税値上げやTPP押し付けだけをあげておきましょう。これらのことから、私は、日本国には、「耳栓装着ワンポイント連呼型」の思考パターンや行動パターンが染みついていると考えざるをえないのです。そして、そういう「耳栓装着ワンポイント連呼型」の行動は、政治の場では「暴政」、「人間無視」、「人権蹂躙」という形でごり押しされます。
死刑制度に話を戻すと、上のアムネスティの声明にもあるように、事実として、死刑制度のある場所は国際社会では日々狭まっているのです。日本はその事実に背を向けて、都合よく使うことのできる中身のない我田引水的言い訳としての「国民感情」に立てこもっているのです。そこには、死刑制度が本当に適切なのかどうか、他国の経験や人類の歴史もふまえて一から検討してみようという姿勢は全くなく、ただ「死刑制度を続けたい」という、全体主義的な国家意思だけがあります。
他の国家や他の諸国民にそのような我田引水的な体質が無いとは言いません。そして、この記事は、他国と日本の「我田引水的体質」についての比較を目的としているわけではありません。しかし、日本国にはそのような我田引水的な態度があらゆる分野にわたって特に多くの人にはびこっているように私には見えます。日本における民主主義の弱さは、そのような我田引水的態度を教育や社会制度によって改めようという姿勢が弱いことからも来ていると思います。
まとめると、日本が死刑制度の廃止のために何らかの形で行動することは、民主主義的成熟に抵抗を示す日本国独特の我田引水的体質、別名「耳栓装着ワンポイント連呼型」行動を改めるためにも必要だと思いました。
なお、私がうちのブログで書き続けてきた死刑廃止に関する記事は次のカテゴリーから読めます。私の事実認識やニュース紹介や分析や論理に異議のある方へのお返事はたいていその中にあると思いますので、ごらんいただくようにお願いします。
■カテゴリ : 死刑廃止
http://muranoserena.blog91.fc2.com/blog-category-4.htmlこのように死刑廃止について記事を書き続けながら到達した一つの結論でこの記事を終わります。
犠牲者やその遺族のことを本当に考えるなら、復讐の連鎖となる死刑ではなくて、それ以外のあらゆる方法で行政や社会からの支援を続けましょう。
死刑賛成の方も、死刑以外のあらゆる方法で被害者や遺族に支援することに賛成してくださることを願いながら。犯人を死刑にすることだけが被害者や遺族への支援であると誤解している人が考えを改めることを願いながら。
●国会議員への投書のための「議員名簿」→
http://www.eda-jp.com/link/link1.html●マスメディアへの投書のための「News for the people in Japan」マスメディア問い合わせ用リンク集→
http://www.news-pj.net/link/media.html●他の社会系ブログに行くにはうちの「私的リンク集 (適宜更新)」経由で→
http://muranoserena.blog91.fc2.com/blog-entry-136.html
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テレビの「笑Takeshi国会質問の中身より質問者の顔ぶれがポイントと考えているらしい毎日新聞 @mainichijpnews @mainichi に払うカネはない(怒) #マスメディアへの不満いつもお世話になってます!この件について、論座に論評がありました。
選挙をするについても、候補者を知るための材料になる、知る権利の保障になるという観点が新鮮でした。
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