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事実婚歴15年を越えました!
思想の優劣
結論から言うと、夫婦別姓は反対です。
理由は、簡単に言うと、めんどくさいから。
私は、姓について、単なる記号、符号としか考えていません。
Xとか、αとか、∑とか、甲とか乙、とかですね。
ですから、たとえばXと乙が婚姻して夫婦(または家族)という一つの単位になれば、Xなり、乙なりどちらかに統一してもらったほうが、単純で分かりやすいと考えています。
ですから、村野瀬さんが唱える、
「夫婦別姓を選択する人は夫婦同姓を選択する人の権利も何も侵害
していません。逆に、夫婦同姓を全員に強制する人は夫婦別姓を
望む人に不便を強制しています。」
ですが、私に当てはめると、夫婦別姓を主張する人は、
「事を簡略化したいと思う私の権利を、侵害していますし、簡略化の為、夫婦同姓を望む人に不便を強制しています。
ということですね。
前置きが長くなりました。
別姓を唱える人も、同姓を唱える人も、それぞれの思いがあり、どちらかが一方的に、
卑下される存在ではないと思います。どちらかの説が一方的に優れていて、どちらかが一方的に劣っているとも思いません。それぞれが納得し、どちらかの説に落ち着くまで、話し合いが必要でしょう。
村野瀬さんが、書かれているように、同姓推進のほうが、
「日本人で夫婦の一体感を失って離婚する人々はすべて夫婦同姓である事実も直視してください。笑」
と、(笑)嘲笑の対象になることも無いとおもいますし、
「鴻池祥肇さん、ありがとう。夫婦の一体感と同姓・別姓の区別とは関係ないことを示してくれて。」
と、一部の例をだして、同姓推進者をひとくくりとすることも、ちょっと不愉快ですよね。
大変失礼な書き込みに思うかもしれませんが、当該記事に、違和感を感じたのでお許し下さい。最後に長文、失礼しました。
>うのさん
>理由は、簡単に言うと、めんどくさいから。
なぜあなたが大勢いる他人の姓についてめんどうくさがるのか私には全然わかりません。
ちょうど上にコメントしているまいさんのような事実的別姓を実践する人があなたの職場にいたら、あなたは「あなたはめんどうくさいからここから出ていきなさい。あなたの存在が私には迷惑だ」とキイキイ言うのでしょう。あなたは今、事実的別姓を実践する人が今でもけっこう多いこの世の中、夫婦別姓を法制化している外国の人々も多い中、あなたはこの世の中をたいへんめんどうくさいと思っており、気が狂いそうなんでしょうね。ご苦労様です。
他人の意思など全く尊重したくないというあなたの個人的感情を、めんどうくさいという理由でごまかしているだけだと思いました。
「私はあなたと対話するのがめんどうくさいので、私はあなたと対話はしません。」あなたの個人的感情を応用すると、こういうことになります。よろしいでしょうか?笑
私が言いたかったことは後半だったのですが、前置きと書いた個人的な思いに、こんなに反応されるとは思いませんでした。
後半を強調しようと、ちょっと極端な話を書きましたが、村野瀬さんの揚げ足を取ったと思われたようで、そのように思われたのなら申し訳ありません。
以下、先の投稿後半の繰り返しになってしまうと思いますが、お許しを。
私は、この件に関して、各個人の「同姓が良い」、「別姓にしたい」という考え(選択的夫婦別姓も)は、いずれかが一方的に劣った考えではない判断しています。
それぞれの他人の意思を尊重しなけらばならないし、またそれを無視し、「必ず、選択的夫婦別姓(もしくは夫婦同姓)にしなければならないと思わなければならない。」という事もおかしいと思います。また揚げ足を取るようで申し訳ないですが、(笑)などと、小馬鹿にしたり、一例をだし、全体とすることもどうかなと思います。
といったことを言いたかったのですが、言葉足らずだったようですね。
大変失礼しました。
案外、足元を恐れているのかも
ちょっとマザコン風の青年が台所に立つ自分の母親に困った顔で訴えます。
「ねえねえ、お母さん、彼女ったら夫婦別姓にしようっていうんだよ。どうしよう...」
母親、手を止めて。
「あら、そう.... 。 いいわねえ、今の人は。あたしだって本当は....」
母親、遠い目をして何かを想像。
息子「.......」
母親が想像していたのは、単に姓を変えないことだけではなかったのかもしれません。(当時年頃の息子を持っていた母親が若かった時代は、女性が自立した職業を持って働き続けることも今以上に難しいことでした)
反対派が恐れているのは他人の家庭のことではなく、案外、足元の自分の家庭での“反乱”なのかもしれません。(笑)
本当にご意見賛同いたします。
しかし、反対している人たちって、保守を自称している人が多いですが、
- 夫婦同姓なんて明治31年以来で、日本の伝統ともいえない歴史しかない
- 日本を強くするには、少子化を克服する必要がある。独身女性の7割が選択的夫婦別姓導入に賛同している現状では、婚姻率をあげるためにも導入は不可欠。
- 日本は科学立国。科学の世界では、名前の継続性が重要で、日本が科学の分野で今後もプレゼンスを発揮するには、選択的夫婦別姓が望ましい。
- 日本は少子化で労働力が減少することが予想されるが、日本が今後も強くあるためには女性の力の活用が必須。女性の活躍を促進するためには、名前の一貫性を高める選択的夫婦別姓制度の導入は力になる。
といったこともわかっているのでしょうかね。
反対することは日本の国力を低める方向だと思います。彼らの言う、「売国奴」とかに相当しそうです。
まぁ、特に強い反対は、宗教右翼系の人たちでしょうから、保守とか日本を強くする、とかそんな発想はなく、単に彼らの信条的にものを言っているだけなのかもしれません。でも、そうであれば、なおさら、そんな彼らの勝手な宗教観を他人におしつけないでいただきたいし、政治家に圧力をかけるのも、政教分離を考えて即刻やめるべきだと思います。
さすがに、自分の場合には、出来れば夫婦同姓が望ましいとは思いますが、他人に対してとやかく言われる筋合いのものでは無いし、夫婦別姓を選択される方には、「どうぞご自由に」ということで構わないだけのことでは無いでしょうか。
だが、これが君が代斉唱なんてことに繋がってしまうと、それこそ起立はするけど、誰も歌わなくなるのは当然のことだし、規律をして全員が斉唱する雰囲気というのが、無理やり歌わされている戦前の日本と同じことだと幾らでも毛嫌いされることになるのは当然のことですよね。
そうなると、夫婦別姓に反対するだけのことなら、そっと静かに横に置いてあげれば良いだけのことですが、君が代斉唱となれば、それこそ歌いたい人達にとっては、国内移民扱いされることになることは十分に考えられるし、こういう人たちが中国にでも行けば、それこそ、幾らでも反日感情をぶつけられて、孤立化してしまうことになれば、騙されたふりをして四面楚歌代わりに、君が代を聞かされて堕落させられることになるしか無いことは十分に考えられるのでは無いでしょうか。
姓を(実質的には女の側が一方的に)変えさせられる
ことだったなあと思い出しました。
母親が姓を変えている、母の姉妹が全員姓を変えている、母の同性の友人たちが結婚しているひとは全員姓を変えている、
女だけが変えている。
女子小学生に恐怖と嫌悪を抱かせるには十分でしたね。きもちわるいです。産んだの母親なのになんで父親の姓?て、やっぱり思いましたしねえ。
横レス失礼します。
> この件に関して、各個人の「同姓が良い」、「別姓にしたい」という考え(選択的夫婦別姓も)は、いずれかが一方的に劣った考えではない判断しています。
そのようにお考えなら、それこそ各人がそれぞれの意思で姓を選択できる「姓選択制度(=別姓の自由も認める)」こそがお考えに最も合致すると思いますけど・・・。
制度や考え方として劣ってもいないのに「めんどくさいから」というあなた個人の事情に別姓を選択したい人が縛られなければいけないのはどう考えてもおかしいですよね。
> 必ず、選択的夫婦別姓(もしくは夫婦同姓)にしなければならないと思わなければならない。」という事もおかしいと思います。
いえ、そうではなく。あなた(を含めた同姓堅持の人たち)が「自由を忌避する」のは勝手ですが、それを他人に強要するのはおかしいという事です。
そもそも他人の姓も夫婦で同じでないと嫌だからと、他人の名前=個人の存在に深く根ざすものの裁量権を本人から奪う=強制していいという理路がわたしにはよく解りません。
この場合強制をしているのは「同姓堅持」を言う人たちやこの国の制度であって、別姓を希望したり支持する人たちは「強制をやめてくれ」と訴えているのです。つまりあなたがおっしゃっているのは「”強制をやめろ”と私に強制するのはやめろ」と言っているのと同じことなのです。
家族との関係を大切に出来るかどうかとは無関係
> - 夫婦同姓なんて明治31年以来で、日本の伝統ともいえない歴史しかない。
やはり、そうなんですか。
実は、私は歴史には詳しくないんですが、日本ではいつから結婚した女性が夫と同じ「家名」を名乗るようになったのか、不思議に思ったことがありました。(今は一緒くたにされている、氏、姓、苗字などは、歴史的にはそれぞれ意味が違うらしいので、詳しくはわかりせんが)歴史上の女性などでも結婚後も実家の「家名」を付けて呼ばれている人があるのは、どういうわけだろうと思っていました。
ちなみに、こちらに私と同じような疑問を持った方の質問があるのですが、回答者のみなさんの答えも一様ではないようです。
北条政子は源政子という名で呼ばれない理由? http://okwave.jp/qa/q1500540.html
中国や韓国は、もともと日本などよりも男尊女卑的な儒教思想が強い国だったと思うのですが、昔から夫婦は別姓のようですね。親戚に中国人と結婚した人がいるのですが、あちらは親戚との一体感が強く、一族で助け合うのは当たり前という考え方は今の日本人にはめったに見られないほどで、こちらが反省させられたことがありました。
また、西欧の例ですが、ベルギー人男性と結婚した日本人女性のエッセイに『フランダースのイモ』という本があって、これがなかなか面白いのですが、その中に、旦那さんの御両親が、それなりの年配で、どちらかと言って保守的な家庭(奥さんは高校教師を定年まで勤めた方)であるにもかかわらず、夫婦別姓なのに驚いたという話がありました。
その後、私自身も、たまたま同じような年頃のベルギー人の御夫婦と知り合いになり、メールをやりとりするようになったのですが、やはりこちらのカップルも夫婦別姓でした。日本で言えば「団塊の世代」に相当し、奥さんは公務員で定年まで共稼ぎだったそうですが、けして”前衛的“なカップルではなく、どちらかと言えばやはり“保守的”な方ではないかと思います。法律的にはどうなっているのか知らないのですが、どうも、あちらではもはや、珍しくもない習慣になっているようです。しばしば送ってくれる写真は御夫婦仲良く外出した時のものや、クリスマスや休日、それから特別な記念日などに、結婚して独立している息子さん夫婦がお孫さんを連れて来て一緒に食事したり、そんな家族の集まりに普段は遠くで働いている独身の娘さんが恋人を連れて来たり、とかいうようなものばかりです。それを見ていると、今の日本で、なかなかここまで家族関係を大切にして付き合っている家庭もあまりいないんじゃないかという気がします。(正直、私も同じような写真を送ろうと思っても、撮る機会が無いので困りました。(^^;) )
こうした例を見ると、個人が家族や親戚との関係を大切に出来るかどうかと、夫婦が同じ名前を名乗るかどうかは、全く別問題だという気がします。(むしろ日本の場合は、夫婦で同じ姓を名乗ることで、ある意味、双方が「安心」してしまって、よい関係を築こうという努力を怠ってしまっているのではと、ちょっと心配になりました。)
それにしても、人間は「習慣の奴隷」とかいうそうですが、わずか数世代でもそういう習慣であれば、それが「天地創造以来の絶対の掟」みたいに思うものなんですね。(実は私の身近にもそういう人がおりまして...)もしこれが、会社ごとに「苗字」があって、入社したらその名前を名乗らなければならないという習慣がこの国にあったとしたら、みんなそうするのが当たり前だと思うんでしょうね。そして「よい会社の正社員になって、その苗字を名乗る」のがステータスになり、「勤め先と同じ苗字を名乗る理由はない」と拒否する人が出たら、「とんでもない跳ね返りの“危険思想の持ち主”」とか、思われたりしたんだろうなと想像しました。(笑)
どうも、ちがうんじゃないか?
前のコメントで身近な外国人の例を述べましたが、ふと、日本で夫婦別姓に強固に反対する人たち、特に、一般人ではなく政治家や知識人などの場合なのですが、その人たちは、そもも本当に、個々の国民のプライベートな家庭や親族間の幸せを願って反対しているのか、なんだか疑問に思えてきました。どうもそうではないんじゃないか?そういう個人の幸せはどうでもよくて、それより、自分たちの信奉する「国家主義的な家父長制」みたいなものを堅持したいだけなのではないか?あの人たちの顔ぶれを思い出すと、どうしてもそんな気がしてしまいます。
だから、これに反対している人達は別姓に反対しているのではなく、実は“選択の自由”それ自体に反対しているのではないでしょうか?
調査結果からは制度に批判的な層の実像は見えない
http://www8.cao.go.jp/survey/h24/h24-kazoku/2-3.html
においてあります。
選択的夫婦別氏制度に関する結果が興味深いです。
http://www8.cao.go.jp/survey/h24/h24-kazoku/zh/z17.html
これを見ると50代以下の方は男女の別なく選択的夫婦別氏制度に賛成している層が多いといってよさそうですが、60代、70代の方は男女ともそうではなく、この結果がメディアに流されていることがわかります。
また平成8年の結果との比較については、社会の高齢化者層の増加により結果が逆転したものと思われます。
この結果を見て、若い層は賛成しているのだから(世代交代で)今後時間がたてばはっきり賛成票が増えると考えるか、高齢者層が増えることを踏まえると反対派が増えていく可能性があると考えるかが問題です。
平成18年の調査結果も今回とほぼ同様であったとこを踏まえると、
(http://www8.cao.go.jp/survey/h18/h18-kazoku/images/z17.gif)
世代の交代より事態は好転するのではなく、高年齢層の増加により反対者が増える可能性があるのではないかと思います。
以下は当方の想像。
選択的夫婦別氏制度をどう受け止めるかは世代により違いがあると思われます。
若者は将来の選択として、働く世代は今現在の問題として、高齢者は子や孫の選択として考えるでしょう。
働く世代は高齢者層の選択でないから関係ないといいますが、世論調査の結果からは高齢者はそう考えていない
のではないかな、と思われます。たとえば昔は働く世代として選択的夫婦別氏制度に賛成であっても、立場の変化により高齢者になって考えが変わっていくのではないかと。
子や孫が選択的夫婦別氏制度による選択で自らが不利益を被るのではないか、将来の不確実性で不安が生じ制度に否定的なのではないでしょうか。自分は高齢者層ではないのであまり実感はないのですが、老後の生活、介護、お墓のこと、これらをどう親族で乗り切るかを考えた時、選択的夫婦別氏制度は不確実性を増やす要素に見え、制度に否定的なのではとおもいます。また高齢者の現在の境遇や子や配偶者との関係がそう感じさせるのかもしれません。世論調査ではそういう感情の機微まではあまりわかりませんが。
選択的夫婦別氏制度を批判している層の中心はネットで議論をしている層ではなく、高齢者です。
高齢者層はどういう点を重視し、どのような考えで批判的なのか、よく調べる必要がある気がします。
『社会運動のとまどい』ではバックラッシャーを「バックラッシュ=粗暴な差別主義者=旧態然としたオヤジ」と決めつけレッテルを貼り続けて、そのレッテルの向こうにいる生身の人間を見ようともしてなかったことが批判的に取り上げられています。
本件も同様ではないでしょうか。
同姓だと何が「分かりやすい」のか
そしてそれは、当事者が銀行口座やら携帯電話やらインターネットプロバイダやらクレジットカードやらの契約名義を変更したりする手間や(場合によっては印鑑登録も)、学問の世界では執筆者の結婚前と結婚後の姓の両方で論文検索する手間や、就職(転職)においては結婚前に取った資格が自分のものであることを証明するために旧姓の資格証明書のほかに改姓したことを示すために戸籍まで取得する手間やらに優先するほど社会的な負担なのでしょうか?
私はたまたま姓が同じだったからって夫婦だとかきょうだいだとか勝手に思い込まれる現状のほうが「なんだかな」と思うくらいです。
若者も高齢になれば考えを変えるのでしょうか?
そもそも名字が同じというだけで、一体感が持てるかどうか、最後まで相手を見捨てないかどうかというのは、高齢者であってもほとんど関係ないと思います。私自身は身近な高齢者を見ていてそう思いました。
知り合いの高齢者(当時、60才半ば~70才前後)三組が、この10年ほどの間に相次いで離婚(あるいは別居)した時も驚いたものですが、どれも妻側が別居を切り出して去って行ったようです。どの家庭も、特別インテリでもなければ、富裕層というわけでもなく、奥さんがキャリアウーマンだったというわけでもありません。よくある田舎町の兼業農家や自営業者でした。突然の「熟年離婚」については、近所の者にもその理由がわかるような人もいれば、全くわからない人もいるのですが、奥さんたちはそれぞれ、相当前から離婚後の生活設計を準備していたようです。そうでなければ、あの世代の女性が離婚に踏み切るのは難しいでしょう。(正式な離婚が成立しないまま、別居中に御主人が亡くなってしまった人もいますが)もちろん、みな正式に結婚していた同姓のカップルばかりです。風の便りに聞く限り、奥さんだった人たちは、子供たちの近くに身を寄せたりして今も皆、お元気のようですが、御主人たちは三人とも離婚(別居)後、数年のうちに亡くなられてしまいました。父の友人や同業者だったり子した人たちなので、ちょっと気の毒に思って、我が家の中でも奥さんたちを非難するようなことも言ってしまったこともあるのですが、奥さん方の身になってみれば、それぞれ我慢できない理由もあったのでしょう。
一方、何らかの事情で、婚姻届を出すことが出来ない人でも、添い遂げる人は添い遂げるわけです。私の親しくさせてもらっている年上の知人女性で、既に成人していた相手の子どもたちに遠慮して、資産家の男性から幾度も懇望されたにもかかわらず、とうとう籍を入れずにその人を看取った人もいます。やはりそれぞれのカップルの日々の付き合いの積み重ね次第ではないでしょうか。私自身、どのような人生の終焉を迎えることになるのか、正直、自信はありません。しかし、相手に対する思いやりだけは忘れてはならないと思いました。
中国韓国の別姓は
中国などの国の別姓ですが あれは一夫多妻制度のあった儒教文化の中で ホントに男尊女卑の習慣から来た習慣みたいです。
『紅楼夢』などの中国の古い小説など見ると 奥さん(2号3号...)が一杯居てそれぞれ 実家の氏で呼ばないとややこしい事情もあったようで。 その証拠に子どもは例外なく父系の氏で かつ系図には女性の名前は出て来ません。(その実家の氏だけで載ってる場合もあるみたいですが)
その父系の宗族は確かに今も結束も強く 日本の核家族なんか比べるべくもないようです。
どうも江戸時代より前の日本の昔もそうだったみたいです。
>ロン様
>『紅楼夢』などの中国の古い小説など見ると 奥さん(2号3号...)が一杯居てそれぞれ 実家の氏で呼ばないとややこしい事情もあったようで
その話は存じています。しかし私の場合、少なくとも「『夫婦同姓』だから、女性を男性になんとか隷属させられているのであって、別姓になったら、女房が亭主の面倒を最後まで見なくなるから困る」とか、「家族親族の結束が無くなって、夫婦、親子、兄弟姉妹がてんでんばらばらになるから困る」、とかいうような理屈は成り立たない。「それは別姓か同姓かとは本来、全く別の問題ではないですか?」という意味で例に出してみました。
それにこちらのサイトによれば、歴史的な発生理由はともかくも、現代の中国や韓国では、別姓の意味づけは既に変わってきているそうです。
中国、韓国の別姓は儒教由来の女性差別?
http://lacrima09.web.fc2.com/teardrops/against/jukyou.html
>ちなみに、韓国では家族法が改正され、2008年から、男性優位の戸主制度が廃止されています。儒教的な女性差別は大幅に解消されたわけです。
>また、中国は第二次大戦後、数回の婚姻法改正で、男女平等の見地からの夫婦別姓と、意味付けが変わり、内容もだんだんと男女平等的になってきています。
>したがって、現在では中国でも韓国でも、「儒教思想にもとづく女性差別的な夫婦別姓」というものは、なくなっていると言ってよいでしょう。
>どうも江戸時代より前の日本の昔もそうだったみたいです。
私は歴史家ではないので、詳しいことはわかりませんが、日本の古代は“母系”が(似たような言葉ですが、「母権」ではありません)強い影響を持っていたというような説は読んだことがあります。たしかに源氏物語などを読んでも、まだ当時の貴族社会では、父方と並んで母方の家系も重んじられていたような形跡があります。「腹は借り物」とか言って、母方の身分をほどんど問題にしなくなったのは武家中心の社会になってからではないでしょうか?(たしか、ある著名な歴史小説家がそう書いていたのを読んだことがあります)その武家中心の江戸時代でさえ、儒教道徳が徹底していたのは武士階級、それも中流以上の階層であって、庶民にとってはそうでもなかった、というような話も何かで読みました。つまり当時の日本社会の倫理観は、“庶民の知恵的な本音”と”武家的(儒教的)建前”の二重構造になっていたということのようで、武家でさえ、いつもその建前に従うというわけでもなかったようです。そして残念ですが、「上からの革命」であった明治維新は、その「武家的な建前を庶民にまで下ろす役割を果たした」ということではなかったかと私は考えています。
私はどちらかと言って権力者よりも庶民がどのように暮らしていたかの方に興味があるのですが、まだまだ勉強不足です。いつか、よく調べてどこかに書いてみたいと思っていますが、どうも、現在の我々が考えているよりも、昔の庶民の女性たちは逞しく伸びやかに生きていたようです。
中国の人の家族感
知り合いが中国の人と結婚していて 中国庶民の家族について聞く機会があるのですが あの名ばかりの共産主義の国で 庶民のセーフティネットになっているのが宗族で 一族の冠婚葬祭のみならず 高齢者介護から生活保護まで担っているみたいです。
一族内で助け合い補完しあうので 宗族社会主義みたいな感じでしょうか。(ただし一族の誰かが成功するとみんながそれで食っていくことになるのは困るそうで 政治家などのファミリービジネスの温床にもなってますね。)
日本の場合、もはや核家族が定着し そういう親族の問題は関わり知らずといったクールな親族関係になり さらに核分裂していく風潮は如何なものでしょうか。
中国が良いとは言いませんが 日本でも適度な親族意識、ファミリーの絆の関係を残して行ければ 親族内の困っている人や高齢者の世話などの課題もちょっとは緩和できるのではと思いました。
諦めています
脱原発という絵空事にばかり夢中で、本来ならすぐにでも実現出来る夫婦別姓問題には関心が薄い社民党や共産党にも心底幻滅しています。簡単な問題から解きなさいって、学校のテスト対策でも習いませんでしたか?
誰もが福島みずほさんみたいに事実婚でやっていける訳じゃないのに。
夫婦別姓が認められないなら私は一生独身でいいです。子供も生みません。そのかわり少子化ガーとか言わないで欲しいですね。
いつになるのでしょうか
私個人としては、通称使用のみでも法律で保障され、安心して使えるようになってほしいです。
夫婦別姓の賛成署名活動は現在行っていますか?やっているのであればいつも参加したいと思っていますが、なかなか情報がありません。
北欧の教育などと比較すると,日本Takeshi政治の改善のためにすべきこと (障害者自立支援法をめぐる障害者側からの運動を応援します。)「青い芝の会」のスローガンなど 脳性麻痺の人たちの「青い芝の会」があります。ここで確立された理念のひとつが「医学モデルから社会モデル」へでした。「障がい」というものが個人の皮膚の内側にある性Takeshiスリランカ人のウィシュマさんを虐待の末死なせた入管が全員不起訴に。日本国家ぐるみの虐待であり差別である。 #参院選2022世界から嫌われる日本 ウイシマさんが亡くなっても入管職員を不起訴にするのは,やはり被害者がアジア人だったからではないかという民族差別的な疑いが残ります。東京電力OL殺人事件で逮捕されTakeshi少女時代(소녀시대、Girl's Generation) 「다시 만난 세계」 (Into The New World、また巡り逢えた世界) (不定期連載、「気まぐれK-POPプレイリスト」)防弾少年団は活動休止か。 防弾少年団が活動を休止し,ソロ活動に専念するという報道が目につきます。
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私は、安倍晋三という稀代の大嘘つきが総理大臣の座を射止めたことだけでなく、歴代最長政権となったことを見て、すでに日本は狂っていると思っています。何処へやら従軍慰安婦の件で韓国政府と元・従軍慰安婦の被害者ハルモニたちから問題を『蒸し返されない』ために日本側がとるべき『戦略』朝鮮民主主義共和国の人民も「慰安婦」問題に重大な関心 加藤圭木・一橋大学大学院社会学研究科准教授が2016年に朝鮮民主主義共和国を訪問したとき金剛山(クムガンサン)登山をし,現地の登山ガイドの人と話したそうです。そのTakeshi従軍慰安婦の件で韓国政府と元・従軍慰安婦の被害者ハルモニたちから問題を『蒸し返されない』ために日本側がとるべき『戦略』「慰安婦」否定派の異様さ 2017年9月22日にサンフランシスコで「慰安婦」像が公共の場に建てられました。「『慰安婦』メモリアル建設決議案』に対しては,「慰安婦」否定派は元在特会の山本優美子Takeshi「最大の悲劇は、悪人の圧制や残酷さではなく、善人の沈黙である」 (マーティン・ルーサー・キング牧師) #参院選2022わたしには夢がある。 マーティん・ルーサー・キング・ジュニア牧師の演説「わたしには夢がある」はよく知られていますが,その演説文を全部通して読む機会はなかなかないと思います。以下にそTakeshi週刊文春の「ヘイトスピーチ、セクシャルハラスメント」の醜さを見て、それこそが日本なのだと思わずにいられない。亡命を余儀なくされた辛淑玉さん 2017年1月に放送された東京MXの「ニュース女子」の中で辛淑玉(シン・スゴ)さんは,基地反対運動を煽動する首謀者として取り上げられました。2018年3月8日にBPOのもうひTakeshi5月18日。たった41年前の1980年に韓国で光州民主化運動があった。済州4・3事件及び麗水・順天事件 1948年4月3日に南北分断に反対した左翼勢力が済州(チェジュ)島で武装蜂起をすると,警察や軍はこれを徹底的に弾圧し,約3万人の済州島民が殺害されました。犠牲者の多Takeshi平和の少女像を撤去してくれとドイツ首相に要請した岸田首相・自民党総裁は国際社会での日本国の評判に不可逆的な傷を与えた。 #自民党 #参院選2022「平和の少女像」の意味とは あいちトリエンナーレで展示された平和の少女像(正式名称「平和の碑」)は韓国の彫刻家であるキム・ソギョン,キム・ウンソン夫妻による作品ですが,細部にわたってさまTakeshi「その強さは、やさしさでできている」、大椿ゆうこ @ohtsubakiyuko さんのための良い言葉だと思う。 (by ちまこ🏳️🌈쥐마코🐭B🐲⛰🎀🌺 (@chimakoBlue)さん)大椿ゆうこさん社民党副党首の大椿ゆうこさんは良心的な参院選の候補者です。
戦争屋、対米従属の政治家ではなくこういった人がもっと政界に進出してくれれば日本はもう少し救われるので閉口#参院選2022 の各党対決点(メモ)昨年の衆院選挙で既に実証済昨秋に行われた衆議院選挙は、大日本帝国主義政党の自公維国の大勝に終わり、
護憲勢力は大きく議席を減らしました。
そのため国会では平和憲法改悪、軍備拡張の大合唱が起閉口自公維偏重、野党軽視の政治報道 #マスメディアへの不満No title 以前BBCのニュースだったと思いますが(このサイトで知ったものだったと記憶している)、「日本では野党は街頭で叫ぶしかない。これに対して与党はメディアを支配しているクテシフォン政権与党(自公プラス実質的与党の維国)が圧倒的多数の議席を占めるのは決定的に悪い理由 #参院選2022No title 7月の参議院選挙を巡る情勢は極めて厳しいものがあります。ここ数年間紆余曲折を経つつも維持されてきた野党共闘の枠組みがほぼ崩壊状態となっているからです。
まずクテシフォン日本の教育現場での差別的奇習や校則を報じるフィンランドのニュースNo title 校則に関する様々な問題について考えると、宗田理の『ぼくらの七日間戦争』が現在でも人気作品である理由の一つが分かります。この本が書かれ映画化もされたのは1980クテシフォン日本の教育現場での差別的奇習や校則を報じるフィンランドのニュース賛成するより反対するのははるかに煩雑で苦労する。 藤岡信勝や小林よしのりなどが歴史修正主義的言説を展開し始めたとき,歴史学会はそのばかばかしさにあきれて反論しませんでした。その結果,歴史修正主義が大きく前進しTakeshi「最大の悲劇は、悪人の圧制や残酷さではなく、善人の沈黙である」 (マーティン・ルーサー・キング牧師) #参院選2022「神が死んだとは信じない」と言ったキング牧師 キング牧師は「神が死んだとは私は信じない」と言いました。「なぜならば神の葬列に出くわしたことも,神の墓を見たこともないからだ」とのことでした。
テレビの「笑Takeshi国会質問の中身より質問者の顔ぶれがポイントと考えているらしい毎日新聞 @mainichijpnews @mainichi に払うカネはない(怒) #マスメディアへの不満いつもお世話になってます!この件について、論座に論評がありました。
選挙をするについても、候補者を知るための材料になる、知る権利の保障になるという観点が新鮮でした。
https://webronza.asa宮武嶺