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光市母子殺人事件の裁判について(1)

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この件について、私の考えを書き留めておきます。「私の考え」は「原則」に沿っているだけなので大きなオリジナリティはないと思いますが...。

まず、この件についての一般的な意見と、私がこの件の本質からして重要と考えた意見を、わかりやすさのためにできるだけ同系統の意見を固めながら、できるだけ年代順に並べてみます。

第一に、最高裁弁護人弁論要旨(2006年)。

光市事件における最高裁弁護人弁論要旨
http://www.k4.dion.ne.jp/~yuko-k/kiyotaka/column10-benron.htm
http://www.k4.dion.ne.jp/~yuko-k/kiyotaka/column10-benro2.htm


第二に、被告に死刑判決を強く求めるもの。または、その立場に近いもの。または、弁護団を強く批判するもの。(非常に多いのですが、有名ブログから代表的なものだけ選ばせていただいています。)

世に倦む日日 2006年4月
本村洋の復讐論と安田好弘の怠業 − 山口県光市母子殺人事件
http://critic2.exblog.jp/3251270/

山口県光市母子殺害事件(2) − 良妻賢母だった23歳の弥生さん
http://critic2.exblog.jp/3258643#3258643_1


きっこのブログ 2007年8月
少年法は廃止せよ!
http://kikko.cocolog-nifty.com/kikko/2007/08/post_5ff2.html


橋下徹のLawyer’s EYE 2007年8月
光市母子殺害事件弁護団緊急報告集会出席報告(1)
http://hashimotol.exblog.jp/6239898/#6239898_1



第三に、報道を見ての元検事の弁護士さんの分析。(2006年4月の時点)
元検弁護士のつぶやき 2006年4月
光市母子殺害事件の上告審弁論について
http://www.yabelab.net/blog/2006/04/19-142053.php



第四に、刑事裁判における被告側弁護士の役割をていねいに説明している意見。または、被告弁護側に対する批判になんらかの形で反対の意見を述べているもの。または、それに近いもの。

宮崎学 2006年3月
弁護士安田好弘を擁護する
http://www.miyazakimanabu.com/judicial/000170.php


季節 2006年4月
光市母子殺害事件
http://pueblo.seesaa.net/article/16787052.html


いいげるブログ 2007年3月
【宇治学習塾女児殺害】 また「殺せ!殺せ!」の大合唱か!?
http://igelblog.blog15.fc2.com/blog-entry-404.html


情報流通促進計画 by ヤメ記者弁護士(ヤメ蚊) 2007年5月〜7月
集団リンチは許されない〜光市母子殺人事件〜死刑は国家を予防措置実現義務から解放するものでしかない
http://blog.goo.ne.jp/tokyodo-2005/e/e618960d8a65f088c0ef0342603b3223

ヘーゲルが克服した復讐の法に立ち返ることは、正義に反する〜裁判官はそれほど愚かではない!
http://blog.goo.ne.jp/tokyodo-2005/e/816b2ffa991efab428099eee8aa9e45c

橋下弁護士の口車に乗って光市事件弁護団の懲戒請求をしたあなた、取り下げるべきだとアドバイスします!
http://blog.goo.ne.jp/tokyodo-2005/e/0aae66140bb428ac787e6169890fd64b

橋下弁護士の口車に乗って光市事件弁護団の懲戒請求をしたあなたへ取り下げるべきだとアドバイス〜その2
http://blog.goo.ne.jp/tokyodo-2005/e/c15ae781a4007840ef3d9b49bd143f14

橋下弁護士の口車に乗って光市事件弁護団の懲戒請求をしたあなたへ取り下げるべきだとアドバイス〜その3
http://blog.goo.ne.jp/tokyodo-2005/e/940ad8dae2644fee186a08b38576dec4

橋下弁護士の口車に乗って光市事件弁護団の懲戒請求をしたあなたへ取り下げるべきだとアドバイス〜その4
http://blog.goo.ne.jp/tokyodo-2005/e/47b5e245c0d2dfa04b44dccd20fb81ea

橋下弁護士の口車に乗って光市事件弁護団の懲戒請求をしたあなたへ取り下げるべきだとアドバイス〜その5
http://blog.goo.ne.jp/tokyodo-2005/e/2e857c9ed388ff2358dead4825f7640b

橋下弁護士の口車に乗って光市事件弁護団の懲戒請求をしたあなたへ取り下げるべきだとアドバイス〜その6
http://blog.goo.ne.jp/tokyodo-2005/e/32a8f4ed82a8708bca94c7bf3e37a06d


綿井健陽のチクチクPRESS 2007年5月〜6月
「死刑反対の弁護団」VS「死刑を求める被害者遺族」?
http://blog.so-net.ne.jp/watai/2007-05-26

「殺せ、殺せ」の大合唱
http://blog.so-net.ne.jp/watai/2006-06-20


Henkyo News 2007年6月
弁護士に対する懲戒請求に関して
http://www.icchome.net/news/2007/06/post_119.html


Because It's There 2007年6月
弁護士に対する懲戒請求と不法行為の成否〜“母子殺害で懲戒請求数百件”との報道を聞いて
http://sokonisonnzaisuru.blog23.fc2.com/blog-entry-451.html


bat99の日記 2007年6月
本筋と少しずれますが
http://d.hatena.ne.jp/bat99/20070624/1182693819


弁護士のため息 2007年7月
光市母子殺人事件とマスコミ報道4
http://t-m-lawyer.cocolog-nifty.com/blog/2007/07/post_bb60.html


good2ndの日記 2007年7月
「水道屋の格好したのはコスプレ趣味」というコピペ
http://d.hatena.ne.jp/good2nd/20070708/1183872277

弁護団の言ってることがまるで伝わってないような
http://d.hatena.ne.jp/good2nd/20070703/1183474850


Tomorrow is Another Happy 2007年6月〜7月
相変わらず、饒舌。
http://aqualeafree.blog70.fc2.com/blog-entry-669.html

報道されない光市裁判(追記あり)
http://aqualeafree.blog70.fc2.com/blog-entry-678.html

たった20分の質問時間
http://aqualeafree.blog70.fc2.com/blog-entry-679.html

光市裁判メモ集中審理
http://aqualeafree.blog70.fc2.com/blog-entry-719.html

また、本村さんの感想報道。
http://aqualeafree.blog70.fc2.com/blog-entry-722.html

本村さんのカリスマ
http://aqualeafree.blog70.fc2.com/blog-entry-723.html


【コラム・断 野田正彰】宮崎哲弥氏に反論する 2007年8月
http://www.sankei.co.jp/culture/bunka/070804/bnk070804000.htm


ダイイン 2007年8月
橋下徹は「良き弁護士」なのか  [司法]
http://blog.so-net.ne.jp/die-in/2007-08-08


そもそも どーなの? 2007年8月
「週刊ポスト」に敬意を表す
http://somosomo.cocolog-nifty.com/blog/2007/08/eeeeeee.html



これらを読んだ後で、私の考えの基本は、次の五点に収束するでしょうか。

第一に、非常に一般的で平凡なことですが。裁判や司法手続きには、人類が長年の経験から結晶させた手続があり、刑事訴訟法として具体化した原則があります。そういう裁判の手続や原則を尊重することが個々の裁判の公平性と正当性を守ることになります。

(どうもそのことが日本のマスメディアや世論の中でどんどん忘れられているように思います。ひょっとしたら、政界の中でも忘れられているかもしれません。下手したら警察・検察・司法界でも忘れられていたりして?特に、bat99の日記」さんの記事を読んでそう思いました。)

第二に。被告に弁護士がつき、弁護士が被告の弁護を引き受けるという、刑事裁判のイロハにすら敵意を持つ人が少なくないことを憂慮します。実際、弁護士を脅迫するような人たちもいたようですから。

(弁護士を脅迫するような人が裁判員になったら本当に大丈夫なのでしょうか?死刑に反対する意見を持った人や警察の捜査に疑いを持っている人が裁判員から排除される可能性が高いことを考えると、裁判員制度で冷静な判断がなされない例が続出する危険性を感じます。)

第三に、報道の役割です。一般の人が、被害者の悲しさと怒りに寄り添って、報道やインターネットで見た情報を信じて被告と弁護団に怒りをぶつけていることを考えるならば、テレビやインターネット上の情報が不十分で不完全で偏っているとしたら、一般の人はミスリードされていることになります。

(この事件の裁判の報道に関しては、かなり不十分、不完全、歪められたものである可能性が高いと感じます。一般の人が被害者に同情する心情や犯罪を憎む正義感はもちろんのこととして理解できますし、私自身も被害者と遺族のことをお気の毒だと思います。でも、その同情心や正義感が歪んだ報道で歪められることはとても恐ろしいことですが、マスメディアにその自覚はあるのでしょうか。)

第四に。報道やインターネットの中で切り取られゆがめられた可能性のある内容だけに依拠して被告弁護側の主張や弁護内容を一方的に批判する人が現実に多いことを憂慮します。しかも、その批判も、刑事裁判の原則を無視しておこなわれているものが多くて、本当に心配です。

第五に、この事件の裁判のあり方そのものです。果たして、正確な捜査や十分な審理や適切な訴訟指揮がされたのか、一つ一つもっとていねいに検証する必要があると思います。犯人や犯罪を憎むあまり、その検証プロセスがおろそかになってはいけないと思います。裁判の原則や犯人の更生の可能性なんかより犯人とされる人物にとにかく厳罰を与えることが優先されるというのであれば裁判は成り立たない、そのことだけでも冷静に想起することが必要だと思います。

(一つだけあげるなら、弁護団が新たに指摘することとして、被告の驚くべき幼さがあります。そのことを検察側の主張、被告側の主張、証拠にもとづいた改めての事実調べによって究明する必要はないのでしょうか。)


裁判や報道のあり方について五つの点を述べましたが、もちろん、被害者の母子はたいへんに気の毒で、妻子を殺された本村洋さんの怒りと悲しみは想像するにあまりあります。私が被害者遺族の立場なら、同じように怒りと悲しみに打ちひしがれることでしょう。しかし、本村さんの復讐的感情が裁判や報道を支配し、本村さんの復讐の望みが刑法体系や判例の積み重ねや裁判手続を超えて優先されるとしたら、刑罰の教育的性格もふっとんでしまい、刑事裁判の原則も成り立たなくなり、さらには、人類が長い間かけて否定してきた私的復讐にすぎなくなります。でも、本当にそれでよいのでしょうか。冷静で徹底的な審理をつくすことが刑法の求めるところだと思います。

また、本村さんの犯人への報復が優先されるとしたら、もう一つの問題が生じることも忘れてはならないと思います。殺人はほかにもたくさん起こっているのに、なぜ本村さんの事件がマスメディア上、そして裁判上で優先的な扱いを受けるのかということです。もし仮に私が今身内を殺されたとしたら、私も復讐してよいのでしょうか。もし私には本村さんのようにはマスメディアで報復を訴えかける機会が与えられないのなら、それはなぜでしょうか。あるいは、別の例で考えてみましょう。イラクでアメリカおよび同盟国(日本も含まれます)の軍隊に家族を殺された人々が日本にやってきて自衛隊のイラク派遣の決定に責任を持つ人々を復讐のために殺して回ったと仮定したら、それは許されることなのでしょうか。


と、ここまでは私の考えの中では、裁判と報道のあり方と一般的世論と復讐感情についてだけ述べました。つまり、死刑ということには触れずに述べてきました。では、この被告がどのような刑を受けるべきか。私は裁判官ではないですが、少なくとも言えることは、犯罪の結果の重大さと被告の年齢と被告の精神状態がすべて考慮されるべきだということです。私は司法の専門家ではありませんが、あえて言えば、無期懲役またはそれに近い期間の懲役刑だと思います。そして、被告には更生、反省をうながす教育的措置がとられるべきだと思います。

(また、言うまでもないことですが、被害者遺族には必要なサポートが提供されるべきだと思います。さらに、さらにこれも自明のことですが、犯罪を減らす社会環境をつくる社会全体の努力ももちろん必要です。)

この裁判について論じようとしたらこれだけでは足りないかもしれません。検討不足のところもあるかもしれません。ですが、主な論点の重要なところについての私の考えはだいたい述べましたので、この記事はひとまずここで切り上げさせていただきます。

なお、死刑に関する私の考えを反映した記事を以下に四つ参考としてあげさせていただきます。

[ 死刑に関する関連記事 ]

Tomorrow is Another Happy
死刑関係資料まとめ
http://aqualeafree.blog70.fc2.com/blog-entry-698.html


A Tree at ease
死刑に狂奔する日本
http://luxemburg.exblog.jp/5784977/


言ノ葉工房
死刑考
http://hizjihizji.blog85.fc2.com/blog-entry-53.html


村野瀬玲奈の秘書課広報室
1981年9月17日、フランス国民議会、死刑廃止法案の審議における、法務大臣ロベール・バダンテールの演説全文訳
http://muranoserena.blog91.fc2.com/blog-entry-250.html



追記: 最初の記事発表のときに使った「蛇足」という言葉について匿名のコメントがはいりました。文脈上、「このことは自明なので、あえて書く必要はない」という意味で使ったつもりでしたが、誤解を避けるため、より明瞭な言葉に修正しました。

さらに追記: 「言ノ葉工房」ですばらしいリンク集が作られました。そちらもぜひご参照をお願いいたします。こちら。↓
勇気を出して光市の事件のこと (弁護団の今枝弁護士のコメントなど)
http://hizjihizji.blog85.fc2.com/blog-entry-339.html










23件のコメント

[C894]

すでにご存じかも知れませんが。
http://www.sankei.co.jp/culture/bunka/070804/bnk070804000.htm
  • 2007-08-10
  • 投稿者 : 水瓶座
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[C897] 潜在的犯罪者

おはようございます。

>第三に、報道の役割です。一般の人が、被告の悲しさと怒りに寄り添って…

ここは「被告」ではなく「被害者」ではありませんか?でもこの文章のように被告人を自分達と同じ人間として扱う習慣があれば事情は違ってきたのでしょうが…

故意犯であれば被告の立場になって考えにくいのはわかりますが、過失犯、特に業務上過失致傷罪や新設の自動車運転過失致死傷罪であれば、誰もが加害者になり得ます。極端な話、車を使っている人は明日加害者になり一月後には被告人として裁判所で被害者遺族の罵声を浴びていても全くおかしくない訳です。(自動車運転過失致死傷罪も被害者参加の対象になるものと思われます。改正刑事訴訟法316条の33、3号より)

その時もし過失が無く(被害者が飛び出してきたようなケース)それを争おうとした場合でも、弁護士が遺族や社会からの批判を恐れて萎縮してしまい結局有罪になってしまうケースが今後増えるのではないかと心配しています。そうなった場合の責任はまずは当該弁護士以下その事件にかかわった法曹三者が負うべきところですが、そのような風潮を創り上げるのに協力した一般市民も責任を免れるべきではないと思います。刑事裁判のシステムを批判する場合、そのような影響まで考えて批判して欲しいものです。
  • 2007-08-11
  • 投稿者 : trilemma
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[C898] コメントありがとうございます

>水瓶座さん
コメントありがとうございます。本文で資料の一つとしてあげさせていただきました。

>trilemmaさん
ご指摘ありがとうございます。書き間違いですので、訂正しました。m(__)m
ご意見、おっしゃる通りで、本文でははっきり書きませんでしたが、被害者感情「だけ」が重要なのであれば、極端な話、身内を殺された被害者遺族全員が、殺人の経過や動機が何であれ「死をもって償え」と犯人に命じることができるように、理論的にはなってしまいます。(もちろん、被害者遺族が犯人を憎いと思うのは当然のことであり、その感情自体を持ってはいけないと言うわけではありません。)
「1981年9月17日、フランス国民議会、死刑廃止法案の審議における、法務大臣ロベール・バダンテールの演説全文訳」のエントリーをこのブログに載せたとき、「日本では犯罪被害者への経済的補償もなければ精神的支援もなく、せめてもの意趣返しに死刑を望む人が多いように思います」というコメントがついたことがあります。もし本当にそうであるなら、死刑制度があることによってかえって経済的保証や精神的支援を被害者遺族に提供する施策の確立が遅らされているとすら言えるように思います。
  • 2007-08-11
  • 投稿者 : 村野瀬玲奈
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[C899]

怜奈さん、書いてくださってありがとう。

>弁護士が被告の弁護を引き受けるという、刑事裁判のイロハにすら敵意を持つ人が少なくないことを憂慮します

書きたいのに書く事ができぬまま、某巨大人気ブログの記事を読んでおりました。被害者感情にのみ自分の気持ちを投影してしまう事・・普段の暮らしの中でもあり得るかと思います。だとしても、マスコミと同じ論調で煽るように書く事にどうしても、強烈に違和感と恐ろしさを覚えております・・
  • 2007-08-11
  • 投稿者 : お玉おばさん
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[C900] 弁護士は何から誰を守る存在なのか

トラックバックありがとうございます。

この事件に限らず最近の報道、特に事件報道からは、「国家権力が恐ろしいものだ」という前提が忘れ去られていると感じます。
確かに加害者と被害者だけを見れば、被害者は圧倒的に弱者ですから、殺した側に20人を超える弁護団がつく事は不平等で抑圧的に見える。
けれど、刑罰はあくまでも国家権力が有罪者を罰するものであって、被害者が加害者に復讐する制度ではありません。そして、国家はほうっておけば、自分の都合だけで過剰な制裁や弾圧を与えかねない。
だからこそ、国家が国民に過剰制裁や不当な弾圧を与えないよう、弁護をはじめとする適正手続きが必要であり、推定無罪が重要です。弁護士は被害者から加害者を守っているのではなく、国家権力が被告人=国民の権利・利益を損なわないよう守っている存在だということが、あまりにも理解されていないのではないでしょうか。
慎重な量刑判断や充分な弁護活動は、「国家」から「(被告人とされた)国民」を守るためのシステムである事を、再認識する必要があるように思います。

[C902]

こんにちは。私の記事を紹介していただきましてありがとうございます。
また、トラックバックありがとうございました。

テレビの報道では、この事件は少年法や死刑の是非などが問題とされていますが、週刊ポストの記事中の精神科医の見解からしますと、犯行は計画的とは思えないこと(傷害致死の可能性がある)、被告が死というものが無であることを認識しているか、など重要な論点が他にもあるようです。

どういう判決が出るにしろ、そのような点を冷静に客観的に考えることが必要だと思います。そのためにもマスコミの使命は大きいと思いますが、現状では自らその使命を放棄しているようで残念です。
  • 2007-08-11
  • 投稿者 : もそもそ
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[C906] 復讐のくだりですが

ここでは、どうも復讐劇に方向が向いているようですね。でも、「犯人の犯した犯罪への反省がなければ、たとえ判決が死刑になってもこの裁判は意味がない。」ような本村さんの表現がテレビ報道されていたと思います。一般人には、先に判決での無期懲役とは、もう一生でられないような印象がありますが、これは、犯人側も、数年ででられるし、とようなことが報道されていました。私個人としては、とても個人の復讐にはみえないのですが。
  • 2007-08-11
  • 投稿者 : さば
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[C907] 無期懲役刑は長期化する傾向にある

さばさま、いらっしゃいませ。

無期懲役が数年で出られるし、というようなことが報道されていたとのことですが、そのような番組は取材不足か誤解か、下手したらプロパガンダのようなものみたいです。私が資料として示した「A tree at ease」の記事の中にさらに別記事へのリンクがあり、そこで説明されています。下の二つの記事です。よろしければごらんください。

http://luxemburg.exblog.jp/4292241/
http://www.jca.apc.org/cpr/2002/kaido-muki.html

一般に流布している誤解とは逆に、無期懲役刑は長期化する傾向にある、ということを正確に取材できないマスメディアも含めて私はこの記事で問題にしたつもりなのです。
  • 2007-08-12
  • 投稿者 : 村野瀬玲奈
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[C912] 手続や原則を下支えする精神の公平性

光市で起こった不幸な事件を発端とする一連の騒動を見ていて、つくづく思うのは「精神の公平性」の大切さです。件の青年は
>犯人の犯した犯罪への反省がなければ、たとえ判決が死刑になってもこの裁判は意味がない
という旨の発言をし、これが支持されていますが、これほど不公平な発言はない。犯人が刑に服した中で反省するのではなく、反省した上で刑(しかも死刑!)に服するというのは、犯人の為した反省の価値を全く省みないものです。
いくら反省してもしても償いきれない罪がある、という反論はあるでしょう。しかし、問題はそういうところにあるのではありません。反省を強要した上で死刑にした(しようとしている)人間は、自分たちは反省しなくてよいと暗黙のうちに考えてしまっている点に不公平性があるのです。
かけがえのない者を奪われた遺族がそうした考えに陥ってしまうのは、致し方のないことかもしれません。しかし、公平性を旨とすべきメディアが、精神の公平性を放棄して、被害者の心情に寄り添ってしまったのは非常に危ないことです。公平性を担保する自らへの反省の姿勢を放棄してしまったからです。


[C914] 無期懲役刑についての情報

また失礼します。無期懲役刑の実態が誤解されて伝わっていることは、かねてから私も問題だと思っておりました。こちらのHPが詳細なデータを載せておられます。

→無期懲役刑に関する誤解の蔓延を防止するためのホームページ(http://www.geocities.jp/y_20_06/index.html

「下手したらプロパガンダ」とのことですが、私などはこれは純然たるプロパガンダだと思っています。「無期懲役」でのgoogle検索のTOP5のうち四つが無期懲役と仮釈放の問題を述べており、wikipediaでもこの問題を取り上げているような状況ですから、「これは気が付きませんで…」が通用する状況ではありません。そもそも真面目なジャーナリストなら「矯正統計年報」くらいは見るでしょうから。

ただそれを指摘しても、彼らは「嘘は言ってない」と突っぱねるでしょう。10年(刑法28条)ないし7年(少年法58条1項)で無期刑の仮釈放が「法律上」可能なのは事実だ、と言うことで。
  • 2007-08-12
  • 投稿者 : trilemma
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[C922] 事実を知りたい


テレビの報道番組でしかこの事件に関しては知りませんし、ブログもあまり読まず偶然この記事を読ませて頂き、少し釈然としないモヤモヤ感から書かせてもらいます。
それは、真実が良く分かっていないのに、メディアや訴訟手続き等の批判が原告への批判になってしまっている様に思えるという事です。
つまり、前提として手続き、審理は適正に行われたとして、被害者遺族もその審理に基づき判断したとして、
被害者遺族の立場で考えれば、どの様な手段を選ぼうと復讐(判断に基づいた刑)をしたいという思いは当然であり、その行動を積極的にとる事に対して批判を加えることはできないなと。
被告に弁護士がいるのと同じ様に、被害者の代理人(厳密には死者の代理人はありえませんが)として考えれば当然ではないでしょうか。私にはそう思えるのです。
この行動に対して、メディアが偏った報道をしようがそれは遺族に向ける批判ではなく、メディアに向けるべきだし、司法が影響されるなら、どの様に影響されるのか見てみたいです。
加害者の行動を考えた場合、殺人を一旦認めておきながら、再審でそれを覆すのは訴訟手続き上は被告側が非難されるべきところ、それよりも訴訟手続き上の疑い(審理が公正に行われたかの疑問)を元に被告の擁護になってしまっており、手続きを重視するのであれば被告弁護人に批判も加える必要があるのではないでしょうか。
真実を被告本人に喋らせ、その真実(罪)に妥当する罰を受けさせるという弁護士本来の職務(勝手に私が思ってるだけですが)から考えれば、弁護人が変更されようが、殺人が傷害致死になりえるはずがなく、
現在の弁護人の主張が正しいのなら、批判されるのは前の弁護人であり、国家権力を批判するのは方向が違う様に思えます。(複雑に絡まってるかも知れませんが、一義的に弁護人が批判の対象と思います)
弁護人は罪を逃れさせるのが職務になってしまい弁護人の評価基準になっているのではないかという事が論点であり、訴訟手続きの問題でしょうか?例え、死刑になるかもしれなくても、真実を喋らせ、それに妥当する罰を受ける事を権力から保障してあげるという弁護人の本来の姿勢を考えるべきではないでしょうか。

長々と書き込んでしまい申し訳ありません。
もともとモヤモヤしている事を書いたので内容もまとまりがなく、すみません。
要は、原告側も被告側も現在許される(手続き上の)範囲で行動しているのであり、
それに対し、制度の問題点を彼らに向けるのは釈然としないと言う事です。
そして、事実が法廷の場に提出され、それに対して審議を尽くすべきというご意見に異論はありません。
ただ、死に関しての認識も疑われるほど幼稚な人間に更生の概念があるのでしょうか?少なくともその様な人間の近くには住みたくないし、その様な人間から家族をどの様に守ったら良いのでしょう?妥当な罰はあるのでしょうか?

再審で死刑判決が出た場合に、被告が、”いつ 生まれ変わらせてもらえる?”と述べた場合、
私も上告を支持したい。
  • 2007-08-12
  • 投稿者 : 本当に普通のオヤジ
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[C923]

被告は反省の色を見せていないですし、反省していない人間に更生の可能性は無いでしょう。最高裁でも前審の経過からでは死刑回避は不十分とみています。被告は高校を卒業し社会人と働いていることから、さほど責任を取れないほど幼いともいえません。
保護されるべき幼児を殺害し、強姦目的でその母親を殺害したとなると、このままでは、死刑は妥当といえます。
  • 2007-08-12
  • 投稿者 : wester
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[C926]

初めまして、書かれている内容を読ませていただきました、その上で私の感じた事を少し書かせてもらいたいと思います。
刑罰に関しては国民の応報感情を考慮せざる得ないと思います。普通の一般国民を対象とするものですから。
又、現在の刑事裁判で下される判決での刑罰の量刑ではもはや刑法の一般予防の機能は働きにくくなっていると思っています。
刑事司法も社会状況の変化によって変遷するものだと感じています。
そして、今回の事件に関しては、被告側の弁護士の多さに多少の違和感を感じているとおもに、主任の弁護士なのかどうか解りませんが記者会見に臨んでいる弁護士(有名な方みたいですが)の言葉を聴いていると説得力に欠け苦しいなと感じてしまいます、普通一般的にですが。
何れにしても、裁判所の下す判決が所謂真実なのですから、裁判所の認める真実を見てみたいと思います。
無期懲役か死刑か、この差は天と地との差に等しいとおもいますね。二十年の有期懲役はありえないと思います。
私も捜査から逮捕そして取り調べが暗闇の中で行われている事への批判と改善の必要性は感じています更には代用監獄の弊害も感じています。
  • 2007-08-13
  • 投稿者 : ealinngu2000
  • URL
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[C931] >本当に普通のオヤジさま

本当に普通のオヤジさま、コメントありがとうございます。

「もともとモヤモヤしている事を書いたので内容もまとまりがなく、すみません」とありますので、誤読または誤解があると思われるところにまずお返事します。

「真実が良く分かっていないのに、メディアや訴訟手続き等の批判が原告への批判になってしまっている様に思える」とのことですが、私があげた5点には被害者遺族への批判は含まれていません。私が被害者遺族への批判を意図していないことはもう一度強調させていただきます。
真実がよくわかっていないからこそ審理は公正になされるべきであり、メディアの姿勢や訴訟手続が公正でなければならない、また、被害者でも加害者でもない第三者は冷静に判断することが強く求められる、ということが私の言いたいことなのです。私の記事の中で、メディアのかたよった報道への批判を被害者に向けているつもりはありません。
繰り返しになりますが、本村さんの心情も理解はできますが、だからといって審理やメディア報道がゆがめられてはいけない、と思うのです。
おっしゃる通り、前任の被告側弁護士の仕事がおざなりだったのかもしれません。そうだとしたら、今からでもそれを修正して公正な審理となるようにしてほしいと思います。

>真実を被告本人に喋らせ、その真実(罪)に妥当する罰を受けさせるという弁護士本来の職務(勝手に私が思ってるだけですが)

ここには誤解があると思います。弁護士のお二人のブログ、「情報流通促進計画 by ヤメ記者弁護士」と「Because It's There」をもう一度熟読することをどうかお願いします。弁護士の職務は「(罪)に妥当する罰を受けさせる」ことではありません。判決(罰)を言い渡すのは、検察側と弁護側のそれぞれの主張や各種の証拠や証言を裁判で検討した裁判官の役割です。それが裁判です。
手軽にウィキペディアで「弁護士」をひくと、「法的手続において当事者の代理人、被告人の弁護人として法廷で主張・弁護等を行う」と書いてあります。

「事実が法廷の場に提出され、それに対して審議を尽くすべきというご意見に異論はありません」ということですので、私からの補足説明はだいたい以上です。

「死に関しての認識も疑われるほど幼稚な人間に更生の概念があるのでしょうか?」という疑問ですが、これは人間観に属する問いだと思います。それぞれの人が人間性について、犯罪について、教育についてそれぞれの経験からそれぞれの信条を持っているのだと思いますので、複数の人の間でどうしても合意に達することができないことはあるでしょう。私の信条は、資料として紹介しておいたロベール・バダンテールの死刑廃止演説の中にある次の言葉に連なっています。

『死刑廃止とは一つの根源的な選択であり、人間と司法についてのある一つの構想なのです。人を殺す司法を望む人々は、二重の信念に動かされています。一つは、完全に有罪の人間、つまり自分の行為に完全に責任のある人間が存在するという信念。もう一つは、こいつは生きてよい、こいつは死ななければならないと言いうるほどにその無過誤を確信した司法が存在する可能性があるという信念です。私はこの歳になって、この二つの断言はどちらも等しく間違っていると思います。彼らの行為がどれだけ恐ろしくどれだけ憎むべきものであろうとも、完全な有罪性を持っていて永遠に完全な絶望の対象にならなければならない人間はこの地上にはおりません。』
(この一節は最後から三分の一くらいのところにあります。長いですが一度全文に目を通していただければうれしいです。)

更生に関してですが、「完全な有罪性を持っていて永遠に完全な絶望の対象にならなければならない人間はこの地上にはおりません」という言葉のとおり、私はすべての人間(犯罪者)が更生可能であると信じます。「この人間は更生可能である、この人間は更生不可能である」ということを神ならぬ人間が誤り無く断言できるのでしょうか?私にはそうは思えません。実際に更生がむずかしい人間がいるとしても、司法関係者(検察、弁護士、裁判官)、刑務関係者(刑務施設、教護施設職員)はすべての人間(犯罪者)が更生可能であるという前提で職務をおこなうべきだと思っています。(この信念は非道徳的でも反社会的でもないですよね?)

加害者が「幼稚な人間」だとしたらなおさら更生はできるはずだと私は信じます。
  • 2007-08-13
  • 投稿者 : 村野瀬玲奈
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[C934] >wester様

wester様、いらっしゃいませ。

私が記事本文で述べたことと、「本当に普通のオヤジ」さんに返事した内容についてはどう思われますでしょうか?

「被告は反省の色を見せていない」というのは、マスメディアでの報道のゆがみに影響された判断ではないのか。一番最初からの審理の過程で本当に明らかになっていないことがあるのではないか。こう問いかける必要があるというのが私の考えです。

「反省していない人間に更生の可能性は無いでしょう」とおっしゃるなら、私は「完全な有罪性を持っていて永遠に完全な絶望の対象にならなければならない人間はこの地上にはおりません」と確信を持って申し上げます。「この人間は更生可能である、この人間は更生不可能である」ということを神ならぬ人間が誤り無く断言できるとは思えません。実際に更生がむずかしい人間がいるとしても、司法関係者、刑務関係者はすべての人間(犯罪者)が更生可能であるという前提で職務をおこなうべきだと思います。

私は「責任をとらせる」ことは「死刑にする」ことではないとの確信を持っています。死刑にすることによって事件が解決したと事件の当事者でない人が考えることの危険性を私は考えます。
  • 2007-08-14
  • 投稿者 : 村野瀬玲奈
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[C935] >ealinngu2000様

お返事遅くなりました。コメントありがとうございました。

>私も捜査から逮捕そして取り調べが暗闇の中で行われている事への批判と改善の必要性は感じています更には代用監獄の弊害も感じています。

まず、文末にお書きのこの点には、私も賛成です。

それに沿って言うなら、こういうことだと思うのです。被告側の弁護士が交代して、裁判書類を精査し、前任の弁護士の弁護の不十分さや事実関係の矛盾とみられる点を見て、事実関係の調査をやり直す。今までの審理で明らかになっていなかった闇の中の事実に光を当てる。そういうことがこの事件の現在の審理には望まれると思うのです。

>刑罰に関しては国民の応報感情を考慮せざる得ないと思います。普通の一般国民を対象とするものですから。

この点については賛成いたしかねます。人類は長い歴史の中で応報的刑罰(制度としてはハムラビ法典が代表です)を少しずつ捨ててきました。その歴史に逆行することに賛成することはできません。
たしかに、人間は感情の動物であり、応報的感情はどうしてもあります。私にもあります。しかし、ealinngu2000様が主張される「国民感情」は第三者です。それを引き合いに出して応報的刑罰に賛成することはできません。

ある殺人事件の被害者遺族が犯人を死刑にしたいと思った時、不特定多数の「国民感情」の合意を多く調達できたら死刑判決を得られる可能性が高まる、って変ではないでしょうか。マスメディアでは報じられない(あるいは小さくしか扱われない)殺人事件もあります。そのような殺人事件の被害者遺族はどうすればいいのでしょうか。不公平ではないでしょうか。
逆に、こんな例はどうでしょう。原田正治さんという方がいます。弟さんを長谷川という人に殺されて、最初は犯人を死刑にしたいほど憎んだが、死刑や死刑制度について考えるうち、犯人を死刑にすることを望まなくなっていった。「犯人を死刑にしないでほしい」という原田さんからの嘆願にもかかわらず最終的にこの犯人は処刑されてしまいました。この原田さんの例は、犯人の死刑を望まない遺族もいる、ということを示すためですが、このように、遺族が死刑を望まなくても、仮に世論が「死刑にせよ」と沸騰したら遺族の意思に反して犯人を死刑にすることが妥当なのか。
「国民感情」を量刑の根拠にすることの矛盾は、「応報的刑罰の否定」という近代刑法の原則以外にも、こんなところにもあると思います。

なお、原田さんの件ですが、「原田正治」でインターネット検索をかければ、参考になる資料がたくさんでてきます。たとえば
http://www.jinken.ne.jp/other/harada/harada2.html
http://letterfromthewind3.cocolog-nifty.com/letter_from_the_wind_3/2006/10/post_1181.html
このあたりは、ぜひお読みいただきたく、伏してお願いいたします。

>又、現在の刑事裁判で下される判決での刑罰の量刑ではもはや刑法の一般予防の機能は働きにくくなっていると思っています。

刑を重くするだけで犯罪予防になる、という考え方を私自身は強く戒めています。犯罪予防はそれだけではないという理由が一つ。そして、重罰化で犯罪が予防されるという考え方がトータルな犯罪予防の施策をにぶらせる、という危惧が一つです。

>そして、今回の事件に関しては、被告側の弁護士の多さに多少の違和感を感じている

被告側の弁護士が少人数であることが望ましい、ということはないと思います。弁護士の役割については、記事本文でも書いたとおりですし、私がその中で引用した「Because it's There」(春霞さん)やヤメ蚊さんのブログでも説明されている通りです。

いずれにしても、母子殺人事件の被告に不十分な審理のままで死刑判決を下すこと、犯人を更生させようとする努力無しで処刑することに私はどうしても賛成できず、私自身がそれを後押しする「国民感情」の一部になることも望んでいないのです。
  • 2007-08-14
  • 投稿者 : 村野瀬玲奈
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[C948] 紹介とTBありがとうございます

遅くなって申し訳ないですが、エントリーでの紹介とTBありがとうございます。

>裁判や報道のあり方について五つの点を述べました

的確に集約させていて、大変参考になりました。ありがとうございます。


>弁護士が被告の弁護を引き受けるという、刑事裁判のイロハにすら敵意を持つ人が少なくないことを憂慮します

多くの問題があるなかで、この点が一番問題であると感じています。「刑事裁判のイロハ」を知らないままでは、およそ裁判員制度は機能しないからです。

日本の市民は、「刑事裁判のイロハ」について、学んだことがないということなのでしょうが、自ら調べ学ぶという意欲がないのかとさえ思ってしまいます。ネットで検索さえすれば、「刑事裁判のイロハ」であってもだいたい正しい内容が分かるのですから。

驚いたのは、報道を見聞きしただけで、弁護人を脅迫し、懲戒請求をする者が数百件もあったことです。多くの人が、自分と異なる見解を受け入れるだけの度量を失っていると感じるとともに、「そんなにも暇な人が多いのか……」とも思いました(汗)。

[C989] 本日(2007年8月23日)死刑が執行されました

国際アムネスティの鳥居です

本日(2007年8月23日)死刑が執行されました

これについての、アムネスティ日本発(国際アムネスティ=本部のロンドン発ではありません)の、緊急抗議声明を転載します。

(ここから)

抗議声明

死刑の執行に抗議します。

本日、死刑確定者の竹澤一二三さん(東京拘置所)、瀬川光三さん(名古屋拘
置所)、岩本義雄さん(東京拘置所)に対して死刑が執行されました。私たちは
この執行に対して強く抗議します。今回の執行も国会休会中に行われ、国会における議論を避けたと思われます。また、内閣改造が27日に控えているとも聞いています。さらに、法務省自身が死刑執行は慎重な判断が必要と言っているにもかかわらず、今年4月の執行以来、わずか4ヶ月をおいての執行という早急なものでした。

今回の死刑の執行についても、本人や家族を含め誰にも事前の予告はなく、突然に行われました。

アムネスティ・インターナショナルはあらゆる死刑に反対し、死刑制度の廃止を訴えています。世界の死刑廃止の潮流は、政治制度や宗教、文化の差異を超えて広がっています。今年7月、ルワンダで死刑を廃止する法律が発効し、法律上で死刑を廃止した100番目の国となりました。現在、事実上死刑を廃止した国30カ国を含めると、世界の130カ国が死刑を廃止しています。

国際連合でも死刑廃止の論議が今秋、活発化することが予想されます。来る10月、世界規模で死刑の執行停止を求める決議が国連総会に提出される予定です。死刑制度を廃止する国が増え、死刑執行数や死刑判決数が減少している世界的な傾向から考えて、この決議が採択される見通しは明るいとアムネスティは考えています。潘基文(パン・ギムン)国連事務総長も、死刑廃止の世界的な潮流を支持し、推進する考えを示しています。

2006年に死刑を実際に執行した国は、日本を含むわずか25カ国です。欧州評議会(COE)も、今年6月に採択した決議で、世界的な死刑執行停止に向けてCOEが取り組むことを再確認し、COEのオブザーバー国である米国と日本へ執行停止を求める働きかけを引き続き行う意向を表明しています。日本が人権の観点から死刑について議論し、死刑制度という究極の人権侵害を廃止する一歩を、近い将来に踏み出すことをアムネスティは期待しています。


2007年8月23日
社団法人アムネスティ・インターナショナル日本

(ここまで)
  • 2007-08-23
  • 投稿者 : 鳥居正宏
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[C1137] 性善説は結構ですが。

池田小事件やコンクリ殺人連続幼女誘拐殺人など全く反省せず、再犯を犯したり死刑にしろと本人が死刑を希望した例もありますが、どう思われますか?
私は罪を償う気の無い凶悪犯罪者は死を与える事が救いだと思います。
  • 2007-09-18
  • 投稿者 : 岡ちゃん
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[C1138] >岡ちゃん様

コメントありがとうございます。判断の基本となる人間観が別々であれば結論も別々になると思いますが、岡ちゃん様のコメントに答える形で(光市母子殺人事件からは離れて)一般的な私の判断の基本になる考えをまとめるなら、次のようなものになると思います。

「全く反省せず、再犯を犯したり死刑にしろと本人が死刑を希望した例」だからこそ、社会はそのような人に対しても反省を促す辛抱強いトータルなはたらきかけを続けることが必要だと思います。社会にそのような姿勢や努力があることは犯罪を減らすことの前提だと思いますので。たとえ反省することが難しそうな犯罪者がいるとしても、社会が犯罪者を更正させる努力を放棄するべきではないと思っております。

「彼らの行為がどれだけ恐ろしくどれだけ憎むべきものであろうとも、完全な有罪性を持っていて永遠に完全な絶望の対象にならなければならない人間はこの地上にはおりません。」(ロベール・バダンテール)
http://muranoserena.blog91.fc2.com/blog-entry-398.html
(もしまだお読みでなければ↑一度お読みいただけるとうれしいです。)

この言葉は性善説を前提にしていると思いますが、それと同時に、どうすれば社会が犯罪を沈静できるかを示唆する言葉でもあると思います。
  • 2007-09-18
  • 投稿者 : 村野瀬玲奈
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[C1149] うーん

仰るような口実の元に被害者感情を法廷で無視してきたツケここに来て表面化しているだけでしょう。

死刑相当だという主張に「感情論」というレッテルを貼りたい本音も透けて見えます。

弁護人に対する批判を刑事司法制度への脅威だと決めつけている意見が目につきますが。アレは弁護人たちが「世間」に説明できない主張を刑事法廷でやっているからでしょうね。

イニシエーションだのどーなの、あんな主張をしていたら常識が疑われます。そして、司法改革で「常識を持った」裁判員が刑事司法に参加する事が予定されている今日。非常識な法廷での主張に厳しい批判が浴びせられるのは時代の流れです。

それを「感情論」で片づけたいのでしょうけれどね・・・・。
  • 2007-09-20
  • 投稿者 : なるほど
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[C1154] 質問

光市事件に関しての関連記事で絞殺方法について解図が掲載されてるけど、遺族の方の感情は考えて無いようですね。なぜ?
  • 2007-09-21
  • 投稿者 : 日常の通行人
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[C1688] 光市裁判 ジュリストで最高裁差し戻し判決批判

光市事件について、世論の不寛容と無理解に負けず、真摯に検証なさっている姿勢に敬意を持って読ませていただいています。
光市事件についてですが、最高裁差し戻し審判決には法解釈上、重大な疑問が各方面から指摘されています。

ぜひ法律専門雑誌、『ジュリスト』(2007.4.10)重要判例解説No,1332を参考にされることをお勧めします。
この差し戻し判決は、量刑不当を理由にあたかも「特段の事情がない限り死刑を選択するほかない」といわんばかりですが、こんな内容の判旨はこれまでの刑訴法の判例に逸脱する驚くような判例変更といわざるをえません。
『ジュリスト』本号の判例の解説は、同判決がいかに齟齬・矛盾をきたし、わが国刑訴法の根幹を揺るがすものであるかを的確に分析・批判しながら、法律家主流のほぼ中心的な見解をあらわしているといえます。
最高裁が原審の無期懲役を(死刑選択を示唆する方向で)破棄したのはたいへん疑問です。中立・公平で真実の究明をつうじ判断しなければならない筈の司法においてあってはならないことですが、今日の最高裁の姿勢は死刑を叫ぶマスコミ世論の圧力に煽られ、影響を受けていると見られても仕方ありません。

一年半後にはじまる裁判員制度をまえにして、最高裁のこのような異例の転換に危機を感じる法律家たちはたくさんいます。
「全員一致」での評決をめざす諸外国の陪審制とは異なり、「多数決」で判決を下してしまうわが国の裁判員制度では、安易なマスコミ報道に影響された不寛容な判決が乱発されてしまうようになる危険があるでしょう。
この光市裁判に集まった22人の弁護士たちは、死刑廃止運動家でもないしそのために弁護団に集まったのでありません(実際、公判では安田弁護士をはじめ死刑廃止を論じてはいません)。
この光市裁判にみられる重大な司法の危機に手弁当で立ち上がった勇気ある法律家たちです。
最高裁差し戻し審判決の内容からいうと、従来から刑事訴訟で積み重ねられてきた判決の枠組みに対し、判例変更の妥当な手続きもなく死刑基準を変更する大転換ともいうべきものであって、22人でもこの問題に立ち向かうには足りないくらいです。
わたしも『ジュリスト重要判例解説』にこの判決の論評があることを教えられて読んでみたのですが、これが問題とされるのは世間によく知られた裁判だからではなく、この裁判が危険な方にむかって司法・刑事政策の大きな方向転換の契機となる可能性をはらんでいるからだということがよく整理できました。

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Author:村野瀬 玲奈
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1981年9月17日、フランス国民議会、死刑廃止法案の審議における、法務大臣ロベール・バダンテール Robert Badinter の演説から引用)

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