「鳩山由紀夫憲法試案を読む」とは題しましたが、民主党が長く政権にいると、いずれこういう感じのものとも向かい合わなければならなくなる可能性が出てきますよ、ということを言うためのエントリーにすぎません。これを今全部読んで感想を書きましょう、という記事ではありません。(^^;;
これは鳩山由紀夫ホームページからの転載です。図が二つありましたが、それは省きました。鳩山由紀夫ホームページでは縦書きのワードファイルになっていて全文まとめて気軽に参照できないので、こうして転載しておけば、参照しやすいでしょう。
国民的合意をもって改憲する(新憲法を制定する?)としたら、国民はこういうものを全部理解しなければならないのですよ、ということです。正直言って、そんなことをやる暇とエネルギーが日本にあるのでしょうか?今の日本の数々の問題を解決するのに今すぐ改憲が必要なのでしょうか?そうは思えません。
鳩山私案をざっと見てそう思いました。
●鳩山由紀夫ホームページ ホーム > 発言・機関誌 > 憲法試案http://www.hatoyama.gr.jp/tentative_plan/index.html 【憲法改正試案の中間報告】 衆議院議員 鳩山 由紀夫 Ⅰ 「国際協調及び平和主義」 「安全保障」の条項について ・戦後憲法の成果と限界 ・国際協調の再定義 ・自衛権の明記(自衛軍の保持) ・主権の委譲 Ⅱ 「総則」および「天皇」条項について ・「総則」および「天皇」条項の試案 ・公用語は日本語 ・天皇制と国民主権(国民主権と象徴的元首の並存は可) ・女帝を認める Ⅲ 地方自治条項の改正について ・道州制への疑問 ・「補完性の原理」に立つ憲法改正 Ⅳ 統治機構の再編成 ・政党条項の新設 ・国会は一院制に再編成 ・行政権は内閣総理大臣に帰属 ・解散権の制限と国民投票制度 ・野党の対抗権力の制度化 ・憲法裁判所の新設と国民審査の廃止 ・財政健全化条項を新設 憲法改正試案の中間報告 「国際協調及び平和主義」「安全保障」の条項について 鳩山由紀夫 私は数年前に民主党代表選挙に出馬した際「憲法改正」を公約の一つに掲げた。当時はまだまだ、憲法改正を主張することは政界のタブーのような雰囲気があり、党内にも抵抗感が強かった。近頃の憲法改正論議花盛りの政界風景を見ると今昔の感に打たれる。いまや自民党も、民主党も、憲法改正草案作りに着手している。民間からも、憲法改正についての試案や提案が次々と発表されている。 憲法、言い換えれば国家構想や国の仕組みについて、国民の間に広範な議論が巻き起こるというのは、それ自体が変革期を象徴する現象である。 明治維新前後から大日本帝国憲法の発布までの二十年余もそういう時代だった。官民双方から、維新後の日本のあり方についてさまざまな構想が語られた。私擬憲法と通称されるそれらの憲法草案は、確認されているだけで九十四種類にものぼる。西欧の挑戦を受けた弱小な日本が、独立を全うして彼らに伍するために、どのような国家制度を整えればよいか。そのことを当時の人々がいかに真剣に議論したか。私擬憲法のいくつかに目を通せば、往時の人々の情熱と苦悩がひしひしと伝わってくる。 私は来るべき平成の憲法改正は、単に現行憲法を部分的に手直しするものではなく、明治憲法が創始した議会主義と政党政治の伝統を受け継ぎ、昭和憲法が確立した国民主権と国際協調主義を発展的に継承しつつ、今後五十年の日本の国家目標を明らかにし、その実現のための新たな国の仕組みを確立するものでなくてはならないと考える。 私は今、これからの国家としての日本のあり方について考察し、新たな憲法として集大成する作業を続けている。本年中に、その全容を明らかにするつもりだが、今回は、私の憲法改正試案中間報告として、国際協調及び自衛権の諸条項について明らかにし、解説することとしたい。 戦後憲法の成果と限界 敗戦と占領という時代状況を背景とする現行憲法の基本的な思想は、侵略戦争や膨張主義に反対する世界の潮流のなかで、日本が非侵略的国家でありさえすれば、アジアの平和は保たれる、というものだった。それは、日本の再軍事大国化を警戒する連合国や近隣アジア諸国の感情に沿うものだったし、また軍部の独走に引き摺られて大きな犠牲を強いられた日本国民の敗戦後の厭戦的気分にもぴったりくる発想だった。自衛権までも放棄する条文が抵抗感なく受け入れられたのもそのためだった。 日本国憲法の国際認識は、冷戦が始まる以前の、国際連合の集団的安全保障機能に対する内外の楽観的な期待感を反映したものだった。それ故、前文起草者のGHQのハッシィー中佐は「人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚」「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼し」と表現し、芦田均新憲法起草小委員長は九条に「正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求」と書き加えたのだ。 しかしそのような楽観的な国際認識は、冷戦の進行の中でたちまち蹴散らされ、警察予備隊、保安隊、自衛隊が生まれ、政府の憲法解釈も、祖父鳩山一郎内閣のときまでには「九条は自衛のための戦力の保持まで禁ずるものではない」というところに落ち着いた。 それでも戦後政治の中では、自国の武力への極端な不信と、他国の武力への極端な楽観主義を特色とする非武装論、護憲論が大きな影響力を持ちつづけた。自衛隊違憲論、非武装中立論を党是に掲げる政党が野党第一党であり続けたため、国会論戦を切り抜ける中で、政府の憲法解釈は無理に無理を重ね、難解さを加えた。 九条をめぐる憲法論争に振り回された感のある戦後日本政治だったが、それが全く不毛であったとは言わない。日本国憲法の平和主義、国際協調主義は、紛れもなく戦後日本の国際公約であり国家目標であった。日本は他国に軍事的脅威をもたらすことなく世界第二の経済大国になった。それは歴史的に見ればまことに稀な出来事だろう。非核政策は貫徹されたし、これだけの製品輸出大国ながら武器輸出小国であることも誇るべき事実だ。自衛隊は、志願制を貫きながら、その使命感、士気、規律、能力のいずれをとっても世界に冠たる見事な軍事組織に成長した。 日本一国の平和と国際協調という観点からすれば、戦後憲法の理念は、大きな成果を挙げたといってよい。私はそれを戦後日本の成果として高く評価することに吝かではない。 しかし冷戦終結以後、日本の国際協調主義は大きな試練に立たされた。湾岸戦争がその始まりだった。日本国民の多くも、このとき、日本が国際社会の脅威になりさえしなければよい、という戦後の平和主義が、国際社会ではそれほど評価されていないことを知った。「国際貢献」という言葉が流行しだしたのもこのころからだ。一国平和主義への懐疑が広がり、難産の末PKO協力法が生まれた。紛争後の平和維持活動へなら、自衛隊の海外派遣は合憲ということになった。これは画期的な憲法解釈の変更だった。 日米防衛協力のガイドライン、周辺事態法、テロ特措法、イラク特措法を巡っては集団的自衛権が争点になった。集団的自衛権は、国連憲章ではじめて使われた概念で、個別的自衛権と並んで国家に固有の権利とされる。 ところが、歴代政府(内閣法制局)の憲法解釈では、「国家固有の権利として集団的自衛権は保有してはいるが、憲法九条の制約により、行使できない」としてきた。集団的自衛権は、きわめて広い概念で、常識的にいえば、基地を貸すことや、輸送に協力するなどのいわゆる後方支援も、立派な集団的自衛権の行使に入る。 ところが、野党の追及をかわしつつ、現実の要請に応えるため、内閣法制局の編み出した解釈は、集団的自衛権の概念を極端に縮小し、後方支援でも武力行使と一体化する形での後方支援のみが集団的自衛権にあたり違憲だとした。これは、自衛隊は軍隊ではないというのと同様、国内でのみ通用する詭弁だ。 国会で海外での自衛隊の活動が論じられる際に、いつも議論が違憲か否かという神学論争に陥り、国益を中心とする議論にならない。これは冷戦後の日本の外交論議の大きな問題だ。私は今回のイラクへの自衛隊派遣には反対した。しかし憲法違反だからという理由ではない。これまでの法制局解釈を前提としても直ちに違憲とはならない。問題の本質は政治判断の誤りにある。つまり今のアメリカの政権にあまりに密着しすぎ、その外交政策に振り回されることは、国益に反すると判断したからである。これは独仏と同様の判断であり、小泉首相とは国益についての判断が異なるということだ。 憲法の条文と政治的現実があまりに乖離していることは、日本の政治から健全なリアリズムを奪い、日本の「政治の言葉」について侮りをかい、外国の信頼を失うもととなる。平成の新憲法においては、わかりやすい言葉で、現実に保有する軍事力とその制約について規定し、行き詰った戦後憲法的な国際協調主義を新たな国際環境の中で定義し直さなければならない。 私は今こそ、戦後の憲法論議を迷走させてきた空想的平和主義あるいは国家主義的ノスタルジアなど、左右両翼の感情論のいずれをも排し、確かな平和を構築するために国際協調を推進するという立場で、新たな憲法を創りたいと考える。 新たな国際協調および安全保障の条文 私が、提案する国際協調及び安全保障に関する改正試案は、以下のとおりだ。 前 文 (部分) 「この憲法は、明治二十二年憲法によって創始された議会主義と政党政治の伝統を受け継ぎ、昭和二十二年憲法によって確立された国際協調と平和主義の理念をさらに発展的に継承するものである。」 「日本国民は、平和と自由と民主主義の恵沢を全世界の人々とともに享受することを希求し、世界、とりわけアジア太平洋地域に恒久的で普遍的な経済社会協力および集団的安全保障の制度が確立されることを念願し、不断の努力を続ける。」 第○章 平和主義及び国際協調 第○条(侵略戦争の否認) 日本国民は、国際社会における正義と秩序を重んじ、恒久的な世界平和の確立を希求し、あらゆる侵略行為と平和への破壊行為を否認する。 2 前項の精神に基づき、日本国は、国際紛争を解決する手段としての戦争および武力による威嚇又は武力の行使は永久に放棄する。 第○条(国際活動への参加) 日本国は、国際連合その他の確立された国際的機構が行う平和の維持と創造のための活動に積極的に協力する。 第○条(主権の移譲) 日本国は、この憲法の定める統治の基本秩序に反しない限り、法律により、主権の一部を国際機構に移譲することができる。 2 日本国は、国際社会の平和と安定に寄与するため、集団的安全保障活動に参画するときは、法律により、主権を制限することができる。 第○条(国際法の遵守) 日本国が締結した条約および確立された国際法規は、誠実に遵守する。 第○章 安全保障 第○条(自衛権) 日本国は、自らの独立と安全を確保するため、陸海空その他の組織からなる自衛軍を保持する。 2 自衛軍の組織及び行動に関する事項については、法律で定める。 第○条(内閣総理大臣の指揮統制権限) 自衛軍の最高の指揮監督権限は内閣総理大臣に属する。 第○条(国会の承認) 内閣総理大臣が、自衛軍の出動を命ずるときは、国会の承認を必要とする。 第○条(大量破壊兵器の不保持) 核兵器、生物化学兵器をはじめとする大量破壊兵器は、開発、製造、保有することを禁ずる。 第○条(徴兵制の否定) 日本国民は、自衛軍への参加を強制されない。 国際協調の再定義 「前文」は、日本の国際協調主義の再定義である。単に日本が平和愛好国家であれば良いという今までの姿勢から、国際社会からさまざまな戦争要因を取り除く活動に積極的に取り組むこと。「一国平和国家から国際平和創造国家への転換」の宣言である。そして、今後五十年を見据えた国家目標を、アジア太平洋地域の経済協力と地域集団安全保障機構の確立に向けることを明記する。 日米安保体制は、今後も日本外交の基軸であり続ける。それは紛れもなく重要な日本外交の柱だが、同時にわれわれは、アジアに位置する国家としてのアイデンティティを忘れてはならない。われわれは、活力に満ち、ますます緊密に結びつきつつあるアジア太平洋地域を、わが国が生きていく基本的な生活空間と捉えて、この地域に安定した経済協力と安全保障の枠組みを創る努力を続けなくてはならない。 確かに、ヨーロッパと異なり、人口規模も発展段階も政治体制も異なるこの地域に、経済的政治的な統合を実現することは、一朝一夕にできることではない。しかし、日本が先行し、韓国、台湾、香港が続き、アセアンと中国が果たした高度経済成長の延長線上には、やはり地域的な通貨統合を目標として置くべきだし、その背景となるアジア太平洋地域での恒久的な安全保障の枠組みを創出しなければならない。それを今後五十年の国家目標とすることは、非西欧世界で初めて憲法を創り、近代化を成し遂げ、戦後憲法の下で平和で豊かな今日の日本をつくり上げた父祖の志を継承し、次代に伝える道でもある。 「平和主義及び国際協調」の章のうち「侵略戦争の否認」の条項は、現行憲法の前文と九条、またその元となったパリ不戦条約(一九二九年)と国連憲章(一九四五年)を要約したものである。これによって、日本単独の武力行使は、自衛の場合以外は現行憲法と同様に禁じられる。そして「国際活動への協力」の条文により、国連が正当性を付与する国際社会での平和の維持と創造のための諸活動へ参加することを謳う。 現行憲法は解釈改憲により、他国からの侵略に対しての自衛のための武力行使は容認され、この点について異論はなくなっている。自衛隊違憲論は政界ではすでに過去のものであり、停戦後のPKO活動についても、ほぼ認められるにいたった。 現在解釈上問題になっているのは、国連決議による多国籍軍や平和執行部隊、あるいは将来編成されるかもしれない国連常設軍への参加である。内閣法制局はこれを違憲としている。 私の憲法草案では、こうした国連による国際警察軍的な活動への参加を明確に容認している。もちろんこれは国連の要請があれば、何処へでも出て行くという話ではない。その必要性は、国益に則り、政府と国会が主体的に判断すればよいことだ。 「主権の委譲」の条項は、前文の国家目標が達成され、アジア経済共同体が実現した暁には、通貨の発行権その他の国家主権の一部を国際機構に委譲しようというものだ。第二項は、国連(あるいはアジア太平洋地域の集団安全保障機構)が、集団的安全保障活動の一環として、国際警察軍的な行動を行う場合、日本の軍事組織の指揮権を国際機構に積極的に委ねようという意思表示だ。いずれもEU諸国ではすでに根付いている。 二十一世紀を迎え世界はますますクローバル化、ボーダレス化しているが、私は、これからの五十年も、国家の存在意義が失われることは決してないし、国際政治の最重要な単位であり続けると考えている。と同時に、国際社会で諸国家の軍事的経済的活動をより強く秩序づける規範化の動きや地域的な政治経済的な統合の動きは、着実に進んでいくと考えている。アメリカの軍事的経済的な実力が突出した国際政治状況は、今後二、三十年は変わらないだろう。圧倒的な人口規模を有する中国の経済大国化も不可避の趨勢だろう。それはアジアの中規模国家の経済的政治的統合を加速させる。この地域の安定のためにアメリカの軍事力を有効に機能させたいが、その経済的放恣はなるべく抑制したい、身近な中国の軍事的脅威を減少させながら、その巨大化する経済活動の秩序化を図りたいというのは、この地域の諸国家のほとんど本能的要請である。 アジア太平洋地域の政治的経済的統合が、どのような形のものとなるか、今は未知数だ。しかし日本がどういう意志をもってこれにかかわっていくかは、その統合の成否にとって、決定的な意味を持っている。われわれは、アジア太平洋共同体の形成に向けて、より積極的で主体的な努力を続けていくべきだ。日本がその使命を忘れなければ、「主権の委譲」の条文は、今は唐突に映るかもしれないが、必ず必要となる日が来るだろう。 「国際法の遵守」は、現行憲法の一番最後にある条項で、GHQ草案にはなかったものだが、外務省の要請で付け足されたものだ。趣旨から言って、国際協調の一環としての条文であり、ここに位置づけるのが適切と考えた。 自衛権の明記 独立した一つの章として「安全保障」を設け、自衛軍の保持を明記することとした。現行憲法のもっとも欺瞞的な部分を削除し、誰が読んでも同じ理解ができるものにすることが重要なのだ。この章がある以上、日本が国家の自然権としての個別的、集団的自衛権を保有していることについて議論の余地はなくなる。前章の国際協調の条文により、自衛軍の活動が制限されることも明らかだ。 「内閣総理大臣の指揮監督権」と「国会の承認」を明文化し、自衛軍に対するシビリアンコントロールを明確にする。憲法改正とあわせて、「安全保障基本法」を制定し、自衛権発動の要件や自衛権行使の態様、国際協力としての海外派遣の要件、国家緊急事態の定義、国会承認の手続き等々重要事項をできる限り規定する。 「大量破壊兵器の不保持」と「徴兵制の否定」の条文は、戦後の平和主義のシンボルでもあった非核政策と志願制の原則を明文化したものだ。現行憲法は解釈次第では、自衛のための核兵器は保有できるとされており、この条文により、自衛戦力の限界をより明確化したことになる。また外交目標としての核廃絶、国際軍縮推進への、国家としての日本の決意表明でもある。 周辺事態法以降の「武力行使と一体化しない後方支援」とは、実質的には集団的自衛権の行使を限定的に容認したものに他ならない。今の法制局解釈のように、いたずらに集団的自衛権のハードルを高く設定していることが、われわれの外交政策における選択肢を狭め、国益を損なうことになっていはしないか。この憲法草案は、このような観点から、集団的自衛権の制限的な行使を容認するという立場に立つ。 周辺事態を含む日本有事の際、日本近海において救援に駆けつける米軍が攻撃を受けるような場合の反撃は当然許されることになる。 また、たとえば海賊行為の取締りなどの国際警察活動分野で、韓国やオーストラリアなど国益が重なるアメリカ以外の友好国との間で、軍事的な協力関係を築いていく選択肢も拓かれるし、その積み重ねが、アジア太平洋地域での集団安全保障機構を形成する上で着実なステップとなるだろう。 集団的自衛権を容認することへの懸念は、アメリカの世界戦略としての一方的な軍事行動に、引きずり込まれるのではないか、というものだろう。正義のための戦いなら予防的先制攻撃すら許されるとするアメリカの現政権に対しては、そうした心配も無理からぬこととも思う。 しかし、この行使も、前章(「平和主義及び国際協調」)で、明確に規定しているように、国連が正当化しない同盟国の軍事行動に付き合って、日本の安全と直接関係のない地域に自衛軍を送るようなことはもちろんできない。 そもそも集団的自衛権とは国際法上の権利であって義務ではない。同盟国に自動参戦義務を課すような話ではないのだ。前述のように、集団的自衛権といっても、基地の提供、物資の輸送から戦場での共同作戦まで、さまざまなレベルの協力方法がある。アメリカと同盟関係にある国家は、世界に四十カ国以上ある。どのレベルの協力をするかは、それぞれの政府が国益に沿って判断すればいいことだし、どの国の政府もそう考えているはずだ。 これからの日本が国際政治に臨む大きな目標を掲げ、そのための現実な諸政策を一歩一歩着実に進めていくためには、われわれの外交政策論争から憲法神学論争を取り除くことが不可欠だ。ここに掲げた国際協調と自衛権の条項は、そのための一つの試みである。 憲法改正試案の中間報告Ⅱ 「総則」および「天皇」条項について 憲法改正の争点の一つは、国民主権と天皇制をどう位置づけるか、という問題である。 冷戦が終わるまでは、マルクス主義歴史観の影響もあって、歴史は君主制から共和制、また社会主義体制へと進歩発展していくものであり、天皇制は封建時代の残滓であり、好ましからざるものであるという意見が蔓延していた。今も民主主義と国民主権を字面どおりに受け止め、天皇制を忌避する向きもある。 しかし、立憲君主制と共和制の優劣についての歴史的結論は出ていない。一人当たりの国民所得のランキングでみれば、上位には立憲君主制国家が多く並んでいる。最も民主的な福祉国家の多くが君主制を維持している。だから実証的に考えると、立憲君主政体のほうが優れていると言えなくもない。 また確かに、原理的に言えば民主主義と世襲君主制は相容れない。しかし何事によらず原理主義には気をつけたほうが良い。とくに民主「原理」主義には、ジャコバン党の昔から幾つも前科があり、要注意だ。もともと民主主義は、全ての人民が統治の主体でもあり客体でもあるという実行不能のフィクションに基づく。だからこれを極端に突き詰めていくと、かつての共産主義諸国家のような全人民の名を僭称する独裁政党による支配をも生み出すことになる。 第一次世界大戦後のドイツでワイマール憲法が制定されたとき、史上最も民主的といわれたこの憲法と敗戦後ドイツの政治的現実との落差を危惧したチャーチルは、「カイザーの孫を名目的な元首とする立憲君主制が望ましい」と警告した。老練なチャーチルは、立憲君主制が全体主義の歯止めとなると洞察していたのだろう。 現行憲法は、天皇制存置の根拠を「主権の存する日本国民の総意に基づく」と規定している。これは敗戦後の国際政治状況を反映したもので、連合国への説明的意味合いが強い条文である。しかし、天皇制の存在理由を、固有の歴史や伝統と切り離し、国民主権との関連のみで、このように簡単に言い切ってしまうことには違和感を覚える。 わが国において皇室が存続してきたのは、その歴史的伝統的な要請に由来するものである。それを仮に伝統原理と呼ぶことにしたい。民主「原理」主義を野放しにしておくと、人民の名を僭称するさまざまな独裁や極端なポピュリズムの惨禍を招く。その抑制力となるのが伝統原理なのである。エドモント・バークの言う保守主義も、言い換えれば、伝統的なるものに信頼をおき、民主主義の原理的な行き過ぎに歯止めをかけようという立場である。 私は天皇制を、日本の伝統と文化の拠り所であるとともに、政治的安定の基礎であると積極的に評価している。新たな憲法においては、民主主義原理と伝統原理とをそれぞれ尊重する立場で、国民主権と天皇制を位置づけたいと考えた。 「総則」および「天皇」条項の試案 現行憲法の章立ては、明治憲法のそれを踏襲している。これは草案を作成したGHQが、日本政府の自発的意思による憲法改正であることを装うためだったといわれている。そのこともあって、主権や政体に関する規定が「第一章天皇」の中に混在して挿入されており、比較憲法的に見ると、かなり変則的である。 私の改正試案では、まず第一章を「総則」とし、主権、政体、その他宣言的条項等をおき、「天皇」は第二章とすることとした。 前 文(部分) 日本国民は、この国の長い歴史に培われた伝統と文化を受け継ぎ、豊かな自然環境と美しい国土を守り、後世に伝えるよう努める。 第一章 総 則 第一条(主権及び政体) 日本国の主権は、日本国民に存する。 2 日本国は、国民統合の象徴である天皇を元首とする民主主義国家である。 3 日本国民の要件は、法律で定める。 第二条(人間の尊厳及び基本的人権の不可侵) 人間の尊厳は最大限尊重されなければならない。この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利であり、日本国民は、すべての基本的人権の享有を妨げられない。 第三条(最高法規) この憲法は、国の最高法規であって、その条規に反する法律、命令、詔勅及び国務に関するその他の行為の全部又は一部は、その効力を有しない。 第四条(憲法遵守の義務) 天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し遵守する義務を負う。 第五条(国旗、国歌、元号) 国旗、国歌、元号は、法律で定める。 第六条(公用語) 日本国の公用語は、日本語である。 第二章 天 皇 第七条(皇位) 皇位は、世襲のものであって、国会の議決した皇室典範の定める継承順位に従い、皇統に属する男子又は女子が継承する。 第八条(天皇の任命権) 天皇は、国会の指名に基いて、内閣総理大臣を任命する。 2 天皇は、内閣の指名に基いて、最高裁判所の長たる裁判官を任命する。 (3 憲法裁判所長官) (4 各州長官) 第九条(天皇の国事行為) 天皇は、内閣の助言と承認により、左の国事に関する行為を行う。天皇の国事に関する行為の責任は内閣が負う。 一 憲法改正、法律、政令及び条約を公布すること。 二 国会を召集すること。 三 衆議院を解散すること。 四 国会議員の選挙の施行を公示すること。 五 国務大臣及び法律の定めるその他の官吏の任免並びに全権委任状及び大使及び公使の信任状を認証すること。 六 大赦、特赦、減刑、刑の執行の免除及び復権を認証すること。 七 栄典を授与すること。 八 批准書及び法律の定めるその他の外交文書を認証すること。 九 外国の大使及び公使を接受すること。 十 国賓を接遇すること並びに友好親善のため諸外国を訪問すること 十一 儀式を行うこと 2 天皇は、法律の定めるところにより、国事に関する行為を委任することができる。 3 皇室典範の定めるところにより摂政を置くときは、摂政は、天皇の名でその国事に関する行為を行う。 第十条(財産授受の制限) 皇室に財産を譲り渡し、又は皇室が、財産を譲り受け、若しくは賜与することは、国会の議決に基かなければならない。 天皇制と国民主権 改正試案では、第一条第一項で国民主権について、第二項で天皇の地位について、並立的に規定した。 天皇の地位については現行憲法の象徴天皇制の規定を踏襲するとともに、この際、「天皇は日本の元首か否か」といった戦後憲法的な不毛な議論に終止符を打つため、「元首」と明記することとした。 日本では西暦千年前後の時代に「象徴的な政治的権威」と「実態的な政治権力」の分離を達成し、以後千年余にわたってこの体制を継続して現代に至っている。これは日本が世界史上に誇るべき事実なのだが、日本人は伝統的な日本政治の構造を肯定的に評価する理論的な枠組みをずっと発明できずにきた。 むしろ歴史的に日本の知識階級は自国の政治を外国製の政治理論によって解釈することに情熱を傾けてきた。近世においては儒教的な、近代においては西欧的な政治理論が権威ある理論とされ、その枠組みからはみ出す日本の現実は、不正常なもの、遅れたものとして嫌悪され、排斥の対象にされてきた。 江戸時代きっての知識人であり、政治家でもあった新井白石が悩んだのもそれだった。徳川幕府支配体制の本質的矛盾は天皇と将軍の間で、主権が名と実に二分化されていることであり、白石のような確信的な儒教主義者にとっては、武家政権の支配の正統性をすっきり説明できないもどかしさがあった。白石は、儒教イデオロギーをもとに日本史の再解釈を行い,将軍を日本国王にする方向でこの問題を解決しようと奮闘し、結局は失敗する。 武家支配の正統性を追求して苦闘する白石の姿は、天皇制と国民主権の並存という矛盾(?)に思い悩む戦後民主主義のイデオローグ達にも似て、これに無関心な人々にとっては一種滑稽な風景に見える。「日本の元首は天皇か首相か」という議論は、「日本国王は天皇か将軍か」という議論と同じように、時が過ぎてみれば、到底意味ある論争だったとは思えないだろう。 私は国民主権と天皇を象徴的元首とする規定の並存が矛盾するものだとは思わない。例えばスウェーデン憲法は「国王又は女王は元首である」と規定するが、このことを以って、スウェーデンは国民主権でないとか、スウェーデンは民主主義国家ではないなどと言う人はいないだろう。 天皇制は戦後、国民主権と自然な形で調和し、その象徴的意味での国家元首としての機能は、国内でも国外でも、違和感なく受け入れられている。「国民統合の象徴である天皇を元首とする民主主義国家」というのは、今の日本の政治体制をありのままに、ごく素直に表現したものである。 総則の第二条は、現行憲法の第三章(「国民の権利及び義務」)第十二条の規定に「人間の尊厳は最大限尊重されなければならない」の一文を付け加えたものだ。これは私の年来の持論とするところであり、ドイツ基本法第一条にこの表現があるのを見たとき、わが意を得た思いがした。平成新憲法を象徴する宣言的意味合いでぜひ取り入れたいと考えたわけである。 第三条、第四条は、現行憲法では最終章(「最高法規」)におかれているが、これも本来は宣言的条項であり憲法冒頭に位置づけるのが適切であろう。 国旗国歌については、憲法で具体的に規定している国も多いが、わが国においては、国民的議論を経て、すでに準憲法的法律として、国旗国歌法、元号法が制定されているので、第五条のような表現とした。 第六条の公用語の規定は唐突に聞こえるかもしれない。しかし日本語を共通の国語とすることは、天皇制と並ぶ日本人のアイデンティティの源泉であり、これを総則に位置づけることは大きな意義がある。また中長期的に考えると、日本でも相当量の外国人移民を受け入れざるを得ず、日本語習得を日本国民の要件の一つとすることは現実的な要請でもある。 女帝を認める 第二章第七条は、皇位継承について「国会の議決した皇室典範の定める継承順位に従い、皇統に属する男子又は女子が継承する」とした。要するに女帝を認めたわけである。 女帝についての慎重論はよく承知している。歴史上女帝は十代八人おられるが、いずれも男系による皇位継承を守るためのやむを得ざる一時的な対応として即位されたものであり、それ故皇后などの寡妃か、あるいは生涯未婚の皇女であられた。今論じられている女帝容認論は、歴史上存在したこうした女帝とは全く性格を異にする。千数百年男系で続いた皇統を、女系に移すという話で、日本にとっては初めての経験といえる。一部に女帝反対論が根強いのも故なしとしない。 また女性の天皇を認めることに伴い、皇婿(皇配)の地位をどうするか、内親王にも宮家創立を認めるのか等々、皇室典範の大改正を要する難問が多々出てくる。しかし、それにもかかわらず、われわれは女性の天皇を認めるべきときに来ているのではないか。男女平等の理念もさることながら、これは、皇位の永続性が懸念される事態は避けたいという、天皇制の存在意義を積極的に見出す立場からする現実的な判断である。 その上で継承順位は皇室典範で定めることにした。この場合、イギリス、デンマーク、スペイン流の男子優先主義で行くのか、オランダ、スウェーデンなどの長子優先主義で行くか、という課題がある。私は前者の方が自然な感じを受ける。 女性天皇を認めることに伴う多く課題は、憲法改正と皇室典範改正の国民的協働の中で乗り越えていかなくてはならない。 天皇の任命権は現行憲法どおりだが、改正の結果、憲法裁判所が設置されれば当然その長官は任命の対象になるだろう。また、連邦制に近い大胆な地方分権がなされれば、国家的統合の観点から、地方政府の長を天皇の任命の対象とすることも検討されてよいだろう。 第九条は天皇の権能について、現行憲法の第三条、四条、七条をまとめたかたちで規定した。現行憲法三条一項「天皇は国事に関する行為のみを行ひ、国政に関する権能を有しない」の部分は削った。これも敗戦後の国際政治状況を反映した、連合国向けの文言であり、今日においてはあまり意味がない。天皇の国事行為については、ここで限定的に列挙され、内閣の助言と承認を必要とし、内閣が結果責任を負う。これだけの規定があれば、天皇が政治的権能を有しないことは十分明らかになる。 天皇の行為ついては、憲法の規定する「国事行為」と「私的行為」のあいだに、象徴としての「公的行為」があると学説上解説されている。国賓歓迎行事の主催、外国訪問、地方への行幸、国会開会式や国体など国民的行事への臨席などがこれに当たる。天皇制を否定的に考える向きからは、これらの公的行為は違憲であるいわれている。 私はもちろんそのような考えは取らないが、国賓の接遇と外国訪問については、国事行為として規定することとした。これまでも晩餐会等での天皇のスピーチが問題なるなど、公的行為のうちでも、最も政治的性格の強いものであり、内閣の責任を明確にしたほうが適切であると考えるからである。 天皇制は日本の文化的資産であるとともに、貴重な政治的資産でもある。今回私はその意義を積極的に評価する立場で改正案を作った。 「天皇」という称号が登場したのは、天智朝から天武朝の頃だとされる。「日本」という国号もこの頃定まった。当時の日本は、白村江の戦いで唐の水軍に大敗し、大陸からの侵攻も予想される対外的な危機と、壬申の乱という国内的な危機が重なる中で、必死に律令国家体制の確立に邁進していた。 制度としての天皇は、こうした危機意識の中で大陸文明に対する日本の自己主張の表現として創始された。それ故天皇は「文明としての日本」の核心であり続けたのであり、歴史上内外の危機が高まる度に天皇が浮上した所以もここにある。 二十一世紀の日本は、緩やかな衰退を運命づけられている。日常化する危機のなかで、衰退を食い止めるようと苦闘するわれわれ日本人にとって、天皇の存在は今まで以上に大きな意味合いを帯びることになるだろう。 憲法改正試案の中間報告 Ⅲ 地方自治条項の改正について 国と地方の関係をどのように規定するか、これからの日本の「国のかたち」をどのように描くかは、平成新憲法の大きな課題である。 戦後憲法施行に際しては、GHQの強い意向で自治体首長の公選制は実現したものの、権限も財源も、その多くは従来どおり国に残された。このため、より自立的な地方自治制度の必要性は当時から指摘されており、占領下の「シャウプ勧告」(昭和二十四年)及びそれを受けた地方行政調査委員会議よる「行政事務配分に関する勧告(いわゆる神戸勧告)」では、抜本的な地方分権が提言された。 シャウプ勧告は、地方自治にとって重要なのは都道府県より市町村であるとの認識で地方財政の整備を勧告し、神戸委員会は、「国の存立のために直接必要な事務を除き、地方公共団体の区域内の事務はできる限り地方公共団体の事務」とすべきであり、府県と市町村の事務については「原則として市町村に配分する」との方針を勧告した。両勧告には、そのまま今日の日本の地方制度改革に適応できる原則が示されている。 しかし、これらの勧告は、当時の政治状況の中で実現せず、その結果、今日に至るまで、地方自治とは名ばかりの中央集権的な政治構造が継続することとなった。国の省庁の縦割り行政がそのまま地方行政の場に持ち込まれ、自治体はあたかも国の出先機関のような有様となっている。 国、都道府県、市町村が上下関係にあるかのような現在の制度は、地方の国への依頼心を助長し、住民の自治意識を形骸化させてきた。また地方の特色や必要性にかかわりなく、全国一律の施設の建設、土木インフラの整備が展開されてきた結果、地方の個性は奪われ、画一化が進んだ。補助金行政は、政治腐敗と無駄な公共事業の温床となり、国と地方の財政赤字を拡大させる原因となった。 戦後の国土開発は、国が企画し、地方自治体が実施するかたちで推進されてきた。それがいわゆる「国土の均衡ある発展」に資してきたことは否定しない。しかし現在においては、財政の無駄を取り除くためにも、地域の個性を生かした国土作りを進めるためにも、国と地方のあり方を根本から見直すべき時代を迎えている。今や「国土の均衡ある発展」の時代から「特色ある地方の発展」の時代への転換を目指して、分権改革を断行しなければならない。 身近な基礎自治体に財源と権限を委譲し、サービスと負担の関係を住民に見えやすいものとすることによって、はじめて地方の自発性、自己責任、自己決定能力が生まれる。 また、小さな中央政府を実現することは、財政負担の軽減を図るためばかりでなく、厳しさを増す国際環境の中で、国がその本来の役割である外交、防衛、マクロ経済政策の分野において、より迅速で戦略的な意思決定を行う体制を整えるためにも避けて通れない。 地方分権はシャウプ勧告以来、戦後政治が置き忘れた宿題であり、新たな憲法改正の過程で、一気に抜本的改革を断行すべきである。 道州制への疑問 近年道州制論議が盛んになっているのも、そのような時代背景によるものであろう。 経済社会の実態に合わせて全国をより広域の行政区画に再編成すべきという構想は、戦前の田中義一内閣の州庁設置案以来八十年近い歴史を持ち、時々の時代環境を反映し、その内容を変化させつつ今日に至っている。 最近の道州制論の特色は、都道府県の区画が経済実勢に合わない、という伝統的主張に加えて、地方分権推進の観点から国の権限委譲の受け皿としての期待が込められている。 経済活動のグローバル化や行政需要の広域化は事実だし、国に権限と財源が集中しすぎている現状を改め、地方分権を進めるべきだというのも頷ける。しかし道州制の導入が、その要請を二つながら解決する妙案だという発想は、にわかには受け入れがたい。 道州制の問題点は、経済的視点と地方自治の視点が混同されているところにある。 経済活動という点から言えば、地方の中小企業がどんどん海外に出て行く時代であり、県の範囲どころか、予想される州の規模でも狭すぎる。経済のグローバル化時代に、州が国の許認可権を受け継ぎ、行政優位で経済政策を展開するというのは、時代錯誤もはなはだしい。 道州制の実現が、あたかも国の財源と権限の委譲を受けるために必須の要件であるかのようにいわれているが、国際比較から言えば、都道府県が国の権限を引き継ぐ上で小さすぎるということはない。 例えば、北海道の道内総生産は約千九百億ドルであり、これはオーストリアやノルウェー一国のGDPにも匹敵する。同様に埼玉県(千八百億ドル)はポーランドやトルコに、愛知県(三千億ドル)は台湾に等しい。比較的小さい山梨県(三百億ドル)でさえ ヴェトナムやクウェートに匹敵する。日本の多くの県は、人口でも、経済規模でも、アメリカの中程度の州を越えているのである。 分権が進まないのは、県の規模や経済力が小さいからではなくて、中央官庁が財源と権限を手放したくないからに過ぎない。 道州制論には、東京一極集中や画一的な国土開発の弊害を改め、個性ある地方の発展を目指すため、という地方自治の観点からの発想もある。 しかし、民主主義の基盤として、また伝統や文化の基盤としての地域という観点からすると、今の県でも大きすぎる。住民の自治が本当に機能するには、住民が負担とサービスの関係を適切に判断できる規模の自治体でなければならない。 道州制論者は、それは基礎自治体(市町村)の役割だ、と言うだろう。確かにそのとおりで、自治の担い手は基礎自治体にこそある。 現在の道州制論議の多くは、国からの権限委譲を望む県レベルから発信されている。財源と権限の面で国が都道府県をがんじがらめに縛り、細かいところまで口出しする現状への苛立ちは、私も道府県の職員と怒りを共有している。しかしその道州制への期待には、無意識のうちに、県が州に昇格する、県職員が国の官僚と同じ権力を持てるようになる、という発想がないだろうか。 国と県の関係と同様、県と市町村も現在は従属関係にある。いま国が持っている権限の多くを県に委譲しても十分こなしていけるように、国や県の権限を直接市町村に委譲されて然るべきものも多い。 一人当たりGDPで世界一を誇るルクセンブルグは人口わずか四十万人だ。財源と権限さえ与えれば、日本の地方都市の多くは、今すぐにでも相当の統治能力を発揮するだろう。 もし、地方分権の徹底という視点から道州制を目指すというなら、県のほとんどの権限は基礎自治体に委譲されるはずだ。大半の県職員は州官僚ではなくて、市職員に格下げ(?)ということになる。本当に分権社会を作ろうというなら、まず県の分割こそ必要なことなのだ。「分権は分県」から始まる。 私は今行われているような、委譲すべき権限も曖昧にしたままの市町村合併は疑問に思う。また国と県との従属関係を、州と市に移し変えるような道州制にも反対する。 むしろ県の解体、分割という視点で、まず強い権限を持つ基礎自治体を再編すべきではないか。その上で純粋な広域的事務を行う緩やかな結合体として州を設ける改革を推進したい。その場合、広域自治体の名称は、州という強い権力を感じさせるものより、「圏」とするほうが適当ではないか。 「補完性の原理」に立つ憲法改正 経済のグローバル化は避けられない時代の趨勢である。しかし経済的統合が進むEUでは、一方でローカル化ともいうべき流れが顕著なのだ。ベルギーの連邦化やチェコとスロバキアの分離などはその象徴である。また各国で分権改革が急速に進んでいる。 グローバル化する経済に対応しつつ、伝統や文化の基盤としての国あるいは地域の独自性をどう維持していくか。それはEUのみならず、これからの日本にとっても大きな課題である。 グローバル化とローカル化という二つの背反する時代の要請への回答として、EUはヨーロッパ地方自治憲章やマーストリヒト条約において「補完性の原理」を掲げた。補完性の原理とは、もともとカトリックの原理で「問題はより身近なところで解決されなくてはならない」という考え方だが、私はこれを、日本の地方制度改革の理論とすることを支持する。それはシャウプ勧告や神戸勧告の精神とも一致する。 個人や家庭ででききることはすべてそのレベルでやる。できないことは住民やNPOがやる。彼らができないことを基礎自治体が引き受ける。基礎自治体ができることはすべて基礎自治体がやり、できないことだけを広域自治体が行う。広域自治体ができることはすべて広域自治体がやり、国は外交、防衛、マクロ経済政策だけを担当する。そして必要に応じて通貨の発行権など国家主権の一部も、EUのような国際機構に委譲する・・・。 日本の地方制度改革に必要なのは、中途半端な道州制ではなく、補完性の原理に基づき、基礎自治体に大きな権限と財源を付与する改革を断行することだ。 このような認識に立ち、私の憲法改正試案では、キーワードとして、「補完性の原理」に立脚した「地方主権の確立」を掲げ、必要な事項を憲法条文として盛り込むこととした。 第 章 市、圏及び国 第 条(地方自治体の構成) 地方自治体は、基礎自治体としての市、及び広域自治体としての圏で構成する。 第 条(補完性の原理) 市、圏及び国は、補完性の原理に基づき、住民の創意と自発に基づく自治活動を尊重し、その事務を分担する。 第 条(市の権限) 市は、この憲法の規定により国の専属的立法権限とされた事項を除くほか、その地域の事務に関する立法の権限を有し、当該事務を自主的に行う権能を有する。 2 市は、課税と徴税に関する自主権を有し、自ら必要な財源を確保することができる。 第 条(圏の権限) 圏は、国の専属的立法権限に属する事項を除くほか、域内各市の相互調整に関する事務その他その地域の事務のうち市が行うことができない事務に限り、立法の権限を有し、当該事務を自主的に行う権能を有する。 2 圏が、その任務を遂行するために必要とする財源は、圏議会が(域内各市の人口に応じて)割り当てるところに従い、域内各市が拠出する財政分担金によるものとする。 第 条(国の権限) 国は、国家の存立にかかわる事項、国家として対外的に代表しなければならない事項及び全国的な基準が必要な事項に関する立法の権限を有し、この憲法の条規に従い、その事務を行う。 第 条(国の専属的立法権) 左に掲げる事項は、国の専属的な立法権限に属する。 一 天皇及び皇室に関すること 二 外交及び安全保障に関すること 三 国会議員選挙に関すること 四 司法並びに民事及び刑事に関する基本原則に関すること 五 国の機関の組織及び財政に関すること 六 通貨、公定歩合、公正取引の確保、金融、資本市場、貿易、物価の統制、工業規格、度量衡、知的所有権に関すること 七 国籍、税関、出入国管理及び旅券に関すること 八 海難審判、海上保安、航空保安に関すること 九 基礎的な公的年金に関すること 十 全国的な電波監理に関すること 十一 医療従事者の資格に関する基準及び薬品の規制に関すること 十二 国勢調査等の全国的な統計調査に関すること 十三 国家賠償責任に関すること 第 条(競合的立法権) 左に掲げる事項は、市及び圏と国の競合的立法権限に属する。 一 治安の維持及び大規模災害への対処に関すること 二 税制に関すること 三 教育に関すること 四 公的保険及び生活保護並びに労働基準に関すること 五 基本食糧の確保及び資源エネルギーの確保に関すること。 六 重要な文化財の保護及び環境の保全に関すること 七 全国を対象とする骨格的かつ基幹的な交通通信基盤施設の整備及び管理に関すること 八 全国的な気象事業に関すること 九 郵便に関すること 十 道路交通、海上交通及び航空交通に関すること 十一 土地取引に関すること 十二 伝染病に対する措置に関すること 2 競合的立法の事項においては、国はその全国的な基準について定めるものとし、市及び圏は、国が法律において設定した全国的な基準について、それぞれの地域の特性に対応できるよう、その具体化を委任される。又必要に応じて基準等の付加、緩和ができる。 第 条(国の財政調整責任) 国は、各市及び各圏の間の財源の格差を調整するため、必要な措置を講じなければならない。 第 条(係争処理制度) 国と地方自治体又は地方自治体相互の係争を処理するため、係争処理機関を設けるものとする。 2 前項の規定は、裁判所(含む憲法裁判所)に訴えを提起することを妨げるものではない。 第 章 市及び圏の組織 第 条(憲章の制定) 市及び圏は、基本法としての憲章を定めるものとする。憲章では、この憲法が定める統治の基本原則に従い、その立法と行政の組織について定める。 2 憲章の制定及び改廃は、市議会又は圏議会の議員の三分の二以上の賛成による可決、又は議会の総議員の過半数の賛成による発議に基づく住民投票において有効投票の過半数の賛成による承認を得なればならない。 第 条(市の立法) 市の立法は、市議会が行う。 2 市議会は、予算を定め、決算を承認することその他市憲章が定める事項について議決する。 3 市議会は、市の行政が適正に行われることを確保するため、市行政に対する調査権を有する。 4 市議会の議員は、その市の住民が直接選挙する。 第 条(市の行政) 市の行政は、市行政委員会が行う。 2 市行政委員会の長を市長と称し、住民が直接選挙により選任する。 3 市長の任期は四年とし、同一の人物が継続して十二年を越えて務めることはできない。 3 市行政委員会の委員は、市長が任免する。 第 条(圏の立法) 圏の立法は、圏議会が行う。 2 圏議会は、予算を定め、決算を承認することその他憲章が定める事項について議決する。 3 圏議会は、圏の行政が適正に行われることを確保するため、圏行政に対する調査権を有する。 4 圏議会の議員は、その域内に属する市がそれぞれの憲章に基づいて選出する。 第 条(圏の行政) 圏の行政は、圏行政委員会が行う。 2 圏行政委員会の長を圏知事と称し、圏議会議員のなかから圏議会が任命する。 3 圏知事の任期は四年とし、同一の人物が八年を超えて務めることはできない。 3 圏知事は、圏行政委員会の委員を任免することができる。ただし、圏行政委員会委員の過半数は圏議会議員でなければならない。 4 圏知事は、圏議会で不信任決議案が可決されたときは、十日以内に圏議会を解散しない限り、辞職しなければならない。 第 条(住民投票) 市及び圏の住民は、憲章の定めるところにより、住民投票により、その市及び圏の決定に直接参加することができる。 第 条(監査、行政監視、情報公開制度) 市及び圏は、憲章の定めるところにより、連結決算と発生主義に基づく公会計の制度を設け、あわせて議会が承認した第三者による会計監査機関を置くものとする。 2 市及び圏は、憲章の定めるところにより、その行政委員会の活動に関して、住民の申立てに基づいて調査し、議会に報告するとともに、行政委員会に対して必要な是正措置を講ずるよう勧告する行政監視機関(オンブズマン制度)を置くことができる。 3 市及び圏は、憲章の定めるところにより、その議会及び行政委員会の事務等に関する情報について住民から開示を求められたときは、これを公表しなければならない。 第 章 補 則 第 条(施行期日等) この憲法は、公布の日から起算して一年を経過した日から施行する。ただし、第○条から第○条については、公布の日から三年を経過した日から施行する。 2 この憲法を施行するために必要な法律の制定およびこの憲法を施行するために必要な準備手続は、前項の期日の三ヶ月前に終了しなければならない。 この試案は、国としての日本の構造を、国、都道府県、市町村という縦の従属関係から、基礎自治体が強い権限を持つ分権構造につくり変えることを主眼としている。私は、基礎自治体が、国の保護や指導を当てにせず、自主的に地域の運営を行い、独自に税率を決め、必要な政策の意思決定を自由に行うことができるようするには、このように憲法の条項で具体的に保障する必要があると考える。 試案では、地方自治体として、基礎自治体としての「市」と、広域自治体としての「圏」をおくこととしている。 基礎自治体については、市、町、村、といった自治体の格付けを連想させる区別はなくし、すべて立法権と課税自主権をもった「市」として自立することを目指す。この試案が保障するような完全なる権限と財源の委譲が明確となれば、自治体に住む人々の自発的意志で、自然な形での再編が促進されるだろう。その結果、県は分割され存在意義を失うこととなる。 市の最適規模にはいろいろ議論があるが、私は吉村弘山口大教授の説に依拠し、自立可能な市の規模を人口二十万から三十万人程度と想定する。しかし、市の最適規模は都市部のような人口密度の高い地域では満たされるが、面積に比して人口の少ない地域では満足されないであろう。したがって、自主的に地域の運営ができる限りにおいて、基礎自治体としての市の人口規模を強制することはない。 「市、圏及び国は、補完性の原理に基づき、住民の創意と自発に基づく自治活動を尊重し、その事務を分担する。」 この条文は、単に国と自治体の関係を規定しただけではなく、基礎自治体に住む人々の創意と自発に基づくさまざまな住民活動、NPO、相互扶助活動こそが、自治と民主主義の基礎であることを謳ったものである。基礎自治体としての市もまた、補完性の原理により、多くのコミュニティからなる連合体ということである。 試案では、また、国と広域自治体としての圏、基礎自治体としての市の権限を、補完性の原理に基づいて、厳格に規定し、国の立法権を限定的に列記することとした。ドイツ、イタリア憲法の例に倣ったものである。 自治体の統治構造については基本原則のみを規定し、詳細は自治体独自の憲章に委ねることとした。地方自治法は当然廃止される。 市には立法と行政の広範な権限を付与し、統治機構は、首長を住民が直接投票で選ぶ大統領制型とする。首長が選任した行政委員会が執行機関となるが、米国のシティマネージャー制的な運用も可能となる。市はまた、課税自主権を持つ。 広域自治体(圏)の権限は、基礎自治体間の調整と広域的事務に限定される。統治機構は、議院内閣制型とし、市の代表者により構成する圏議会が長を選任する。圏の財源は、国連方式に倣い、域内各市が人口や経済力に応じて負担する分担金によることとした。 圏の規模については、衆議院の比例ブロックなどが目安となるであろうが、一県をもって一圏とし「信州」と名乗りたければ、それも良し、一つの政令指定都市が一圏を構成してもかまわない。基本的には基礎自治体の住民の自発的意思に委ねられるべきことである。 住民による自治を徹底させるための制度的保障として、首長の多選禁止、住民投票、透明な公会計制度及び外部監査制度、オンブズマン制度、情報公開制度、また国による自治体間の財政格差調整義務なども明記した。 さらに、国と自治体、自治体相互の間に予想される係争をどう処理していくかが大きな課題になる。このため憲法裁判所や係争処理機関の設置が不可欠となろう。 この試案では、司法については国の権限とし、現行制度を踏襲することとしているが、下級裁判所は必然的に市及び圏の単位に再編されていくであろう。 最後に、これだけの改革を行うには、かなりの時間を要する。そこで、憲法に「補則」の章を設け、この分権改革に三年の移行期間を与えることにした。三年では短いという意見もあろうが、廃藩置県も、戦後改革もごく短期間に実現した。既存の法体系に由来する巨大な官僚の権限を解体するには、憲法改正により、一気呵成にやらなければならない。 憲法改正試案の中間報告Ⅳ 統治機構の再編成 小泉首相も、世間も、もうほとんど忘れているが、「首相公選制の導入」は政権発足時には郵政民営化とならぶ彼の公約だった。国民的盛り上がりの中で行われた自民党総裁公選で選ばれた小泉氏の失速や、イスラエルでの首相公選制の失敗などもあって、現在においては首相公選論は下火になっている。 当時あれほど首相公選論が盛り上がった直接の背景には、森政権が自民党の一部幹部による密室の談合で誕生したことへの国民の怒りがあった。民主的正統性を欠いた政権交代が、議院内閣制への懐疑を産み、国のトップを国民が直接選挙するアメリカ大統領制的システムへの共感を呼んだのだ。 さらに、短命な首相と大臣のもとで官僚支配の弊害が顕著となり、経済のグローバル化が進展する中で、日本が進めなければならない改革政策がなかなか実行されないというもどかしさや、国益に基づく迅速で戦略的な政府の意思決定が行われていないのではないか、といった不満を多くの国民が共有していた。 政界でもこうした問題意識は共通しており、首相公選論が関心を呼ぶ一方で、議院内閣制の強化をめざす議論も生まれた。その一つが行政改革会議の最終報告書とその後の官邸・内閣機能の強化めざしたに一連の行政機構改革であった。 行政改革会議の最終報告書は、求められる「二十一世紀型行政システム」として、①総合性、戦略性の確保②機動性の重視③透明性の確保④効率性・簡素性、を掲げた。それは今もって、日本の統治システム改革の指針とすべき視点である。 議院内閣制と二院制国会を中心とする戦後日本の統治システムが行き詰まりを見せているのは事実だが、それを首相公選制(アメリカ的な大統領統治システム)に代えればすべての問題が解決するかといえば、そう簡単ではない。 イギリスやドイツの議院内閣制を思い浮かべれば明らかなように、首相の在任期間は長いし、強いリーダーシップを発揮している。また総選挙では二大政党のそれぞれが首相候補である党首を前面に押し立てて戦うため、国民は自分たちで首相を選んでいる気持ちになる。 厳格な三権分立のもとで立法府が行政府を絶えず掣肘する大統領制よりも、政党が立法府と行政府を縦断して統治権力を構成する議院内閣制の方が強力な統治システムだという意見もある。また大統領制では、しばしば政府と議会のねじれ現象、いわゆる「分割政府」が生じる。大統領の与党が議会で少数派である場合は、政権はかえって不安定化し、政治的停滞に陥る場合も多い。 要するに、「なぜ日本では首相を直接選べないのか」という国民の不満や、政権が短命で首相が族議員や官僚機構の抵抗を受けて、なかなか大胆なリーダーシップを振るえないなど、われわれが議院内閣制の問題点と考えていることは、「日本の」議院内閣制の問題だということになる。 私は今回の新憲法試案では、基本的には、議院内閣制を前提とし、それを現代の政治環境に適合させるという視点で統治システムの改革案を作成した。首相公選制も一つの選択肢だが、天皇制の存在や百年以上にもわたる日本の議会制民主主義の発展の伝統を尊重すべきだと考えたからである。 行革会議最終報告書のいう「総合性、戦略性、機動性、透明性、効率性、簡素性」をキーワードとする新たな時代の統治システムを構築するためには、内閣、国会、政党のあり方を総合的に見直し、憲法の中に位置づけなければならない。 政党条項の新設 まず第一に、現代社会においては権力の民主的正統性なくしては、確かなリーダーシップは発揮できない。議院内閣制をとるとしても、国民が自らの一票で政権を選択したと実感できるように、国会議員選挙が実質的な首相公選の場になるような制度設計が重要である。 この憲法試案の「政党は、国会議員総選挙に際しては、内閣総理大臣候補としての党首及びその施政の基本方針を明示して臨まなければならない」という条文は、総選挙を国民の手による政権選択の場とするための条文である。 日本の総選挙は、長い中選挙区の惰性もあって、まだまだ地域代表としての議員を選ぶという性格が強い。「国民はどうして国のトップを自分たちで選べないのか」という不満はここからくる。 イギリスの総選挙では、個々の候補者は首相候補としての党首と政権構想(いわゆるマニフェスト)を売る「政党のセールスマン」として運動する。最近の日本の政党と選挙のあり方も、そうした方向に変化してきつつある。この方向をさらに確かなものにする必要がある。もちろん見識、経歴において信頼性高い候補者を擁立することが政党の支持拡大の前提であることは言うまでもない。 総選挙を間接的な首相選挙の場とする趣旨を貫徹するためには、選挙制度はフランス型の小選挙区二回投票制度が望ましい。一回目の投票で過半数の支持を得られた候補がない場合は、一週間後に上位二者による決選投票をする。政界はほぼ自動的に二つの政治ブロックに分かれる。 近年、政党への不信から無党派層が増大している。しかし無党派は問題提起であっても、問題の解決にはならない。今必要なのは、政党を育てることで、排除することではない。歴史の経験は政党の存在しない民主政治はありえないことを教えている。政党が崩壊し、別のものが出てきたときは、民主政治そのものが崩壊したときなのである。 今の日本の課題は、何よりも、官僚支配の失敗退場の空白を政党政治が埋められるか、ということなのである。 そのためには、代替機能を持ったに二大政党ないし二大政党ブロックの形成が前提条件となる。それゆえ九十年代以来の政治改革論の一つの目標も政権交代可能な二大政党の確立であった。われわれは、小選挙区制を敷き、自民党に代わり得る責任政党づくりに努め、今一歩でその目的に到達するところに来ている。これはもう後戻りできない、してはならない道だ。憲法改正による統治システム改革の方向もまた、この歩みを加速し、保障するものでなくてはならない。 政党は現行憲法には何の規定も持たない。しかし実際の統治システムは、政府も国会も、政党の存在を当然の前提として機能している。現実政治のうえでは最大といってもよい影響力を行使している。 ドイツの法学者トリーペルは、国家の法制度の中で政党は、「敵視」「無視」「承認及び合法化」「憲法的編入」という歴史的段階を経ると述べている。現に、ドイツ、イタリア、フランス、韓国等の憲法においては、政党は憲法上に規定されている。 政党の巨大な影響力と公的性格から言って、これを憲法上の存在として位置づけないほうがおかしい。平成新憲法では当然「政党条項」を設けるべきだし、政党基本法も制定されるべきであると考える。 国会は一院制に再編成 日本では、衆参両院の国政選挙が平均すると一年半ごと行われてきた。参議院の選挙結果も政権の存立に大きくかかわり、それが頻繁に政権が交代する理由の一つにもなってきた。しかし第二院の選挙結果で政権が左右されたり、野党党首の責任が問われたりという例は、他の議院内閣制国家では聞かない。 衆議院選挙の間に、衆議院と同じような権限を有する参議院の選挙が行われ、政権維持に少なからぬ影響を及ぼすというのは、現行憲法の統治システムに潜む重大な欠陥といわなければならない。冷戦下には、社会主義を鼓吹する野党が三分の一程度の勢力に封じ込められていたために、この欠陥は露呈しなかった。 首相指名については、衆議院の指名権が優越するから、衆議院で勝てば政権は取れる。しかし、参議院は法案審議については衆議院と同等の権限を持つ。だから、参議院でもし野党が多数を占めるような衆参ねじれ現象があれば、政権は不安定であり、短命化せざるを得ない。それが細川政権が潰れた大きな要因だった。民主党が次の衆議院選挙で政権交代を実現したとしても、細川政権の轍を踏む懼れは大きい。 学説上、二院制の類型は①貴族院型②連邦制型③民主的二次院型の三つに分けられる。①はイギリス、カナダ、②はアメリカ、ロシア、ドイツ、③は日本、イタリアがそれにあたる。 このうち世襲制の貴族院的上院は過去のものとなりつつある。日本と同じ単一国家で立憲君主制をとっているスウェーデン、デンマークなどは一院制に移行した。ブレア政権の下、英国では上院の大改革が行われ、上院から世襲貴族が排除された。それでも上院無用論は絶えない。 連邦制国家では、第二院は連邦を構成する国や州の代表ということで、一応の存在意義が認められるかもしれない。アメリカ上院は、条約の批准権や閣僚就任の承認権など強い権限を持っている。ドイツの上院は、州政府の首脳が自動的に任じられ、州に影響を及ぼす法律のみを審議する。フランスでは地方議員団が、上院議員を間接選挙で選ぶ。 問題は、日本やイタリアのような、下院と上院が、同じような直接選挙で選ばれ、両院が同じような権限をもつ、民主的第二次院の存在意義である。民主的第二次院の存在意義は、「第一院の行き過ぎを抑制し、慎重な審議を行い、誤りなきを期すこと」だとされる。この趣旨にたって、参議院の政党化への批判や党議拘束の緩和が主張されている。 ではなぜ参議院は政党化するのか。衆議院の多数派からなる政党内閣は、提出した重要法案が参議院で遅滞なく可決されるよう、あらかじめ参議院でも多数派を確保しておく必要がある。重要法案が参議院で否決されるような事態になれば内閣の存立にかかわるから、今の強い参議院権限を前提にする以上、参議院の政党化は、議院内閣制と政党政治の当然の帰結なのである。 したがって、参議院の政党化、擬似衆議院化を回避するには、参議院権限を大幅に縮小する必要がある。参議院で否決されても、衆議院で過半数で再議決すれば(現在は三分の二以上)、法案は成立するとするなら、参議院の政党化は多少抑制されるかもしれない。しかし権限のない参議院が、衆議院(つまり政府与党)を有効にチェックしたり、行き過ぎを抑制したりすることは不可能だろう。 さらに、同じような選挙で公選される第一院と第二院の選挙結果のねじれをどう解消するか、という難問がある。イタリアでは両院の同時選挙が慣例化している。下院が解散されれば、同時に上院も解散する。これなら、両院の選挙結果がそれほど異なることはないだろう。 しかし日本の参議院には解散はない。衆議院の解散を参議院選挙に合わせ、衆参同日選挙を慣例化するというのは一つの解決策ではある。しかし、それは「参議院の究極の政党化」を意味し、ますます衆議院との差をわからなくする。そこまでして、二院制を維持する必要があるのかと、多くの人はさらに疑問に思うだろう。 フランス革命の理論的指導者シェイエスは「第二院は何の役に立つのか。もしそれが第一院に一致するならば。無用であり、もしそれに反対するならば、有害である」と言ったそうだが、これは二院制の国家にとっては永遠の大命題だ。 長い歴史を持つ議会政治と議院内閣制だが、それは時代とともに変質を遂げ、今日においては、政党政治と結びついて、与党(政府)が統治の責任を負い、野党(議会)が政権をチェックし、行政を監視するシステムに発展してきている。 第一院の多数派(政府与党)が絶対誤らないとはいえない。しかし第一院へのチェック機能としてしては、第二院を置くより、他の制度的保障を考えたほうが、はるかに、安価であり、効果的である。 二院制から一院制に移行したデンマークやスウェーデンでは、国会の少数派に対して、国民投票を請求する権利や、憲法裁判所に提訴する権限を与えている。また、行政監視制度いわゆるオンブズマン制度もよく機能している。 私は、平成の憲法改正に際しては、二院制を一院制に再編し、あわせて国会少数派の対抗権力を強化する制度(国民投票請求権、少数派調査権、憲法裁判所への提訴権、会計検査院への調査要求権など)を創設することを提唱する。 行政権は内閣総理大臣に帰属 官僚支配を打破し、政治の主導で、必要な改革を断行し、迅速に国の意思を決定できるシステムを構築するためには、大胆な地方分権を前提として、首相権限を強化することが必要である。 戦前の統治体制のもとでは、行政権は天皇にあるとされ、総理大臣は「同輩中の首席」に過ぎず、また内閣以外にも天皇を補佐する機関が並立しており、制度的に首相の地位は極めて弱体であった。戦後憲法では内閣総理大臣は「内閣の首長」として大臣任免権を有し、「行政各部を指揮監督する」とされ、かなり強い権限を与えられた。 戦後憲法は、明治憲法体制が陥った権力の過度の分散による意思決定不全状況への反省から、首相が行政機構のトップに立ち、他の大臣を指揮して官僚機構を統制する統治システムを想定していたはずである。 しかし実際には、首相の権力は、大きく掣肘されることとなった。憲法上、行政権は内閣という合議体がもち、内閣は連帯して国会に対して責任を負うとされている。その結果、「内閣法」に顕現した実際の内閣の行政権の行使は、閣議によるものとされ、その閣議決定は全会一致であり、しかも首相が行政各部を指揮監督する場合は「閣議にかけて決定した方針に基づいて」行うことが要求されこととなった。 しかも閣議の議題は、その前日に開かれる各省の事務次官会議で決められる。ここで合意に達しない問題は、閣議の俎上にも上らない。要するに、閣議は各省が納得する最大公約数的な政策しか決められないことになる。事務次官は各省の省議の結論の上に閣議に臨むのだから、行政権の所在はいよいよ行政機構の下層に拡散していくことになる。日本の政治が、官僚支配といわれる要因の一つはここにある。 さらに官僚機構の政策形成過程に与党の族議員が介入するため、政策決定構造はますます複雑で不透明なものになった。自民党政権下の日本のように、「政府と与党と野党」が鼎立しているかのような政治システムは、議院内閣制としては正常ではない。 イギリスでは「与党」という概念は余り使わない。存在するのは「政府と野党」の二つだ。現代の議院内閣制の本質は、選挙で勝利した政党が政府を形成する政治制度であり、与党の政策決定過程は政府の中に吸収される。最近ようやく、政府と与党の一元化を徹底させなければならないという問題意識が高まってきたのは意義深い。 中央官庁が割拠し、縦割り行政の中で強い自立性と、権力をもっている現状を打破し、政策決定の権限と責任の所在を明確化するためには、行政権は、「合議体としての内閣」ではなく、「内閣総理大臣に属する」と規定し直すべきである。最高法規である憲法を改めることによって、内閣法やその他の制度慣習を一気に変革し、首相のリーダーシップを確立すべきである。 今のところ、議院内閣制諸国の憲法で、首相個人に行政権を帰属させているものはないが、これは時代の要請に沿うものであり、イギリスやドイツなど議院内閣制諸国の統治慣行も事実上首相に独任制的な行政権を認めている。イギリスのブレア政権が「首相政治」といわれているのはその端的な例である。 国務大臣は任免権者である内閣総理大臣に責任を負うこととなる。国務大臣は「内閣総理大臣の施政の基本方針の範囲内」で、行政各部の事務を担当する。これはドイツ基本法の条文に倣ったものだ。ただし議院内閣制の慣行から、実際上国会にも責任を負うこととなる。これは任免権者である首相を通しての間接的な責任であり、したがって国務大臣への直接の不信任決議案は認めず、「内閣総理大臣に対して国務大臣の罷免を請求する決議案」とすることにした。 その他この憲法試案では、首相の急死など万一の場合に備えて、あらかじめ総理大臣の職務を代行する国務大臣を決めておくことや、首相補佐官などの政治任用者の登用に大きく道を開く規定もおくこととした。 長年の懸案であった緊急事態条項も新設し、緊急事態における首相の緊急命令発動権は、事前あるいは事後の国会承認を前提に、これを認めることとした。 解散権の制限と国民投票制度 この憲法試案では、首相の解散権は、不信任案の可決、信任決議案の否決の場合に限ることとし、いわゆる七条解散は認めないこととした。日本の衆議院議員在任期間は平均で二年半程度といわれている。解散制度がある先進諸国と比較しても著しく短い。 私は、政府が安定した統治を実行するとともに、議会による野党の落ち着いた法案審議期間を保障する上でも、憲法上認められた議員任期は極力尊重すべきであると考える。かつてあったように、与党内の派閥抗争を原因とする解散権の行使や、戦前の超然内閣を思わせるような野党に対する懲罰的な解散権の行使は認めるべきではない。 七条解散を認めないと、首相の政権運営に支障をきたすのではないか、という懸念があるかもしれない。しかし、その心配はないだろう。イギリスやドイツでは日本的な意味での解散はほとんどないといっていいが、政権運営に重大な支障をきたしてはいない。 解散については有名な保利議長見解(昭和五十三年)というものがある。保利氏は七条解散は認めるものの、それは内閣の恣意で行ってはならず、「国会が混乱し、国政に支障をきたすような場合、立法府と行政府の関係を正常化するため」または「直前の総選挙で各党が明らかにした公約や政策とは全く異なる重大な案件が生じ、それが政界の争点となるような場合」以外には、解散権を行使すべきでない、とした。 前者の場合は、何らかの理由で与党内から政権批判が高まったときが想定される。こうした場合は、野党から不信任決議案が出されるだろうし、さもなくば、政府の側から率先して信任決議案を提出して、国会との信任関係を再確認すればよい。国会で信任されないなら、当然解散することも出来る。 総選挙では公約されていなかった政策課題が、突然政界の争点として浮上することがないわけではない。六十年安保では、このことが争点の一つだった。野党は安保改定が総選挙時には伏せられていたと攻撃した。岸首相は後に「安保改定交渉の前に国会を解散しておけばよかった」と回想している。 この例は、保利見解に即して言えば、国民の意見を聞くために解散が必要な場合である。それにもかかわらず、解散は行われなかった。要するに、七条解散を認めたとしても、それが保利氏のいうように、国民の声を聞く機能として適切に行使される保障は何処にもないのである。 「総選挙時に提起されていなかった重大な案件」が突如として生じるということは、普通はあまりないことなのだが、急速な国際情勢の変化で、EU加盟のような国家主権の委譲に関するような重大な争点が浮上し、与野党ともに党内的な意見統一が出来ないというような事態が起こらないとも限らない。こういうときは、この憲法試案が一章を割いて新たに設けた「国民投票制度」を活用すればよいのである。 国民投票の効力を、「拘束的」なものとするか、「諮問的」なものとするかは、諸国で位置づけが別れるが、どちらかというと拘束的な効力を認める国のほうが多いようである。フランス、イタリア、韓国なども拘束的な効果を認めている。私の試案では、国民投票の効力は、「拘束的」なものとした。諮問的な効力しかないとなると、投票結果の扱いをめぐって、かえって政界を混乱させる原因ともなりかねないからである。 国民投票制度は乱用すると議会の形骸化につながる。とくに増税法案など国民負担増につながる案件はなじまない。政党や政治家が責任回避のために国民投票に逃げ込むようなことがあってはならない。この憲法試案では、イタリア憲法に倣って、「予算、増税法案は国民投票の対象からは除く」こととした。 野党の対抗権力の制度化 行政権を首相に属させ、国民投票実施の権限も緊急事態での命令権も与えることとなると、首相権限が強すぎる、独裁にならないか、という心配があるかもしれない。 首相の行政全般へ指導力を強めることは時代の要請であり、この試案もその方向に立っているが、同時に、野党が政権を監視し、行政を外からチェックしていく機能も強化しなければならないと考えている。 そのために、まず国会の会期制を廃し、通年国会とすることにした。通年国会は、政府に有利だという意見もあろうが、これは与野党ともに会期を政争の具にしてきた悪習から来る発想である。アメリカ、イギリス、ドイツ、フランス等の国々でも通年国会である。会期制をなくすことにより、国会活動の内容の豊富化が図れる。逐条審議なども制度化できる。野党の法案修正の機会は高まるのである。 一院制とした場合の国会議員定数は、人口二十万人に一人くらいの六〇〇人程度にしてもよいのではないか。これでも現在の衆参両院の合計定員数を一二〇人以上削減することになるが、イギリス(六五九人)やドイツ(六五六人)の下院定数よりも少ない。一院制で通年国会となり、法案審議に万全を期すなら、それなりの数の議員は必要である。 国政調査権の条文は、少数派調査権としての条文に書き換えた。すなわち三分の一の議員の要求で証人喚問も可能とした。また、憲法裁判所(後述)への提訴も、三分の一の議員の賛成で可能とした。 かつて民主党は、アメリカの会計検査院(GAO)に倣って、国会に所属する行政監視院を創設すべしという法案を提出したことがある。これも一つの意味ある提案だが、三権分立の米国議会と議院内閣制の日本の違いなどを考慮した結果、この憲法試案では、現在の会計検査院を活用する制度改革を構想した。 現行憲法では、会計検査院の決算に関する報告は、内閣だけにすることになっているが、ドイツなどと同じように、国会にも直接報告を行うこととし、国会との関係を強化した。 さらに、国会議員の三分の一の要求があった場合は、個別的事業についての調査を行い、結果を国会に報告するとともに、問題があれば内閣に改善を命ずる権限を憲法上保障することとした。現行国会法一〇五条には良く似た規定があるが、調査要請には過半数の賛成を要するため、死文化している。これを少数派の対抗権力として新たに憲法に入れる意味は大きい。 国会は、国民投票の実施を内閣に要求する権限も持つこととしたが、この場合は、二分の一の議員の賛成を要件とした。これは、少数派の対抗権力というよりは、超党派的に賛否が分かれる問題(たとえば、同性婚の是非など生命や倫理に関する問題)について賛否を決しなければならない場合で、政府が積極的に関与しない場合が想定されるだろう。 憲法裁判所の新設と国民審査の廃止 現行憲法下では、最高裁判所が違憲立法審査権を持っているが、これは具体的な争訟を前提として行使される付随的違憲審査制である。これに対して、具体的事件を前提としないで、抽象的に法律の合憲性を審査する制度を抽象的規範統制といい、これを行う国家機関を憲法裁判所といっている。世界の憲法の流れは、憲法裁判所を置く方向にある。ドイツ、フランス、イタリア、ロシアなどヨーロッパ諸国のみならず、韓国、タイなどアジア諸国でも憲法裁判所を置いている。 現在の最高裁が付随的違憲審査制と司法消極主義の立場に立ち、重大な憲法問題について判断を下さないために、憲法の解釈権限は、事実上内閣法制局が掌握するところとなっている。行政府の一部局に過ぎない内閣法制局の憲法解釈が公権的解釈として通用し、政府も国会もこれに拘束されている現状は、法治国家として極めて不正常なことといわなければならない。 また、私が主張するように、地方自治体に立法権を付与する大胆な地方分権型国家が実現するとしたら、国と自治体との権限をめぐる係争は日常化する。これは連邦国家ではごくありふれたことであり、憲法裁判所の大きな役割の一つは、国と地方との係争処理に迅速、的確な憲法的判断を下すことなのである。このシステムがきちんと出来ていないと、地方分権国家は機能しなくなる。 したがって、この憲法試案では、憲法裁判所を創設することとした。現行憲法で最高裁に認められている「一切の条約、法律、命令、規則又は処分が憲法に適合するかしないかを決定する」権限を憲法裁判所に移し、抽象的規範統制の権限を与える。これにしたがって、司法権の規定は「憲法裁判所の所菅する事項を除き、最高裁判所及び法律で定めるところにより設置する下級裁判所に属する」と改めた。 憲法裁判所の裁判官は定員九人とし、三人づつを、国会、内閣総理大臣、最高裁判所が指名し、天皇が任命することとした。憲法裁判所裁判官の選任の方法は、いずれにせよかなりの難問である。ここでは、三権がそれぞれ同数を選任するイタリア、韓国の例に倣った。任期は六年とし、再任は出来ない。 違憲審査の提訴の権限は、首相と国会のそれぞれに認めることとした。また国と地方の係争処理のために地方自治体の長にも認めた。最高裁が具体的訴訟で憲法判断に迷った場合や、訴訟当事者が最高裁の憲法判断を不服とした場合も提訴できることとした。 憲法裁判所の判決は、国と地方のあらゆる機関を拘束する権威を持つ。法律が違憲とされた場合は法律を改廃するか、改憲するかいずれかを選ぶこととなる。政治の現場から、今のような神学論争はなくなる。憲法の条文と事実とがあまりに乖離するような現状はなくなり、法の支配に対する信頼は確かなものとなるだろう。 司法制度の現状には種々問題はあるが、今回の試案では、とくに形骸化が著しい最高裁判所裁判官の国民審査制については、これを廃止することにした。国会に承認権を与えることについては異論があろうが、憲法慣習として、就任時と再任時に国会の聴聞会に出席して所信を述べることを義務付ける程度ことはしてもよいのではないか。 財政健全化条項を新設 財政の章については、以前から「私学助成は違憲である」と指摘されてきた。「公の支配に属さない慈善、教育、若しくは博愛の事業」に対して公金支出を認めないという条文は、全文を削除するか教育の字句を削除することにしたい。 予算の条文について、古くから指摘されているのは「継続費」規定を設けるべきとする意見である。これについても、第二項を設けて明文化した。 会計検査院については、現在は決算の条文の中にもぐりこまされているが、これを別条にして、会計検査院の職務を新たに明記することした。検査院は従来どおり、内閣からも、国会からも独立した組織であるとするが、より国会とのつながりを強める形で組織改革を進める。 会計検査報告は、内閣だけでなく国会にも直接行うこととする。また国会の要請に基づき、個別的な事業について調査を行い、国会に報告し、内閣に改善を勧告する権限も与えた。国会少数派の活用次第によっては、相当の行政監視機能を果たすものとなるだろう。 会計については、発生主義に基づく公会計制度を義務付け、決算については、翌年度の予算編成に間に合うように、「すみやかに」国会に提出するよう政府に義務づける。 さて、財政について最大の問題は「健全な財政の維持、運営」を基本原則として掲げるかどうかである。外国の憲法では均衡財政を義務付ける条文を持つものも少なくない。 健全財政を憲法で明記しても、経済状況によっては、それを破らざるを得ないこともあるのだから、あまり意味はないという意見も根強い。また健全財政を憲法で規定すると、増税の根拠にされかねないという意見もある。 しかし私は、この新憲法試案では、健全財政を明記することとし、現在の財政法の文言をそのまま条文にとりいれることとした。 日本の財政状況は極めて深刻であり、公債残高はすでに終戦時の水準も越えている。今後どの政党が政権を担当するとしても、財政再建は内政上の大きな政治課題として取り組まざるを得ない。 財政再建は一朝一夕になしうる仕事ではないし、また短兵急にやろうとすれば失敗する。 財政再建に奇策はない。歳出削減、増税、さもなくば高インフレ以外に選択肢はない。行政改革を断行し歳出削減につなげていくにせよ、国民に負担増を納得してもらうにせよ、何よりも政治の質が問われる。 先に私は、国際協調主義を再定義し、アジア太平洋地域に恒久的で普遍的な経済社会協力および集団的安全保障の制度を創ることを外交上の国家目標に掲げたが、財政再建は、別の意味で、それと同じ比重をもつ長期的な国家的課題であると考える。 日本財政の再建は、国家としての日本の永続性にかかわる問題であり、今後半世紀以上にわたって内政上の重要課題であり続けるだろう。私が、この平成新憲法試案に健全財政条項を盛り込む所以もここにある。 今回の私の憲法試案は、参議院無用論とか廃止論ということではない。 前述のように、現代の議院内閣制は、政府に拠る与党が統治責任を負い、野党が議会に拠って行政を監視する制度に変化、発展した。私の憲法試案では、現代の議院内閣制下の議会に求められる二つの機能、つまり政府を構成するという機能と政府を監視するという機能、またその役割を担う政党の位置づけを、より明快にしたということである。 国会議員選挙で二大政党が党首と基本政策を掲げて国民に政権選択を求め、選ばれた政党の党首がその基本方針に基づいて内閣を組織し、首相と国務大臣が、その基本方針によって官僚機構を指導する。野党は国会の中で、少数派に与えられた国政調査権その他の権限を駆使して、政府を監視し、行政をチェックする。本来参議院に期待されていた役割は、少数派調査権の保障、憲法裁判所の創設、会計検査院の権限強化など、総体としての統治システム改革の中で、より効果的に代替され得るということである。 一院制と首相権限の強化を柱とする統治システムの改革案は、議院内閣制を現代の政治状況に適合させる試みだということをご理解いただきたい 統治機構に関する改正試案 第 章 政 党 第 条(政党) 日本国民は、自由に政党を設立する権利を有する。 2 政党は、国民主権と民主主義の原則を尊重しなければならない。 3 政党たる要件は、法律によって定める。 第 条(政党助成) 国は、法律の定めるところにより、政党運営に必要な資金を補助する。 2 政党は、法律の定めるところにより、その政治活動に関する資金の収支を公開しなければならない。 第 条(内閣総理大臣候補者の明示) 政党は、国会議員総選挙に際しては、内閣総理大臣候補としての党首及びその施政の基本方針を明示して臨まなければならない。 第 章 国 会 第 条(国会の地位) 国の立法権は国会に属する。 第 条(一院制) 国会は、全国民を代表する、選挙された議員で組織する一院で構成する。 2 国会議員の定数は、法律で定める。 第 条(議員及び選挙人の資格) 国会議員及びその選挙人の資格は、法律でこれを定める。但し、人種、信条、性別、社会的身分、門地、教育、財産又は収入によって差別してはならない。 第 条(国会議員の任期) 国会議員の任期は四年とする。但し、国会解散の場合には、その期間満了前に終了する。 第 条(国会議員の選挙) 国会議員の選挙方法及び選挙区、その他国会議員の選挙に関する事項は法律で定める。 第 条(議員の歳費) 国会議員は、法律の定めるところにより、国庫から相当額の歳費を受ける。 第 条(議員の不逮捕特権) 国会議員は、法律の定める場合を除いては、国会の会期中逮捕されず、会期前に逮捕された議員は、その議院の要求があれば、会期中これを釈放しなければならない。 第 条(議員の発言表決の無答責) 国会議員は、議院で行った演説、討論又は表決について、院外で責任を問はれない。 第 条(通年国会) 国会の会期は、四月一日から、翌年の三月三十一日までとする。但し休会期間をおくことが出来る。 2 国会が解散された場合は当期の会期はその日をもって終了するものとし、総選挙後に召集された国会の会期は、その召集された日から三月三十一日までとする。 第 条(総選挙) 国会が解散されたときは、解散の日から四十日以内に、国会議員の総選挙を行い、その選挙の日から三十日以内に、国会を召集しなければならない。 第 条(資格争訟) 国会は、その議員の資格に関する争訟を裁判する。但し、議員の議席を失はせるには、出席議員の三分の二以上の多数による議決を必要とする。 第 条(議事の定足数と過半数議決) 国会は、その総議員の三分の一以上の出席がなければ、議事を開き議決することができない。 2 国会の議事は、この憲法に特別の定めのある場合を除いて、出席議員の過半数でこれを決し、可否同数のときは、議長の決するところによる。 第 条(法律、予算、条約等の議決) 法律案は、国会で可決したときに法律となる。 2 予算及び条約締結の承認には、国会の可決を要する。 第 条(会議の公開と会議録) 国会の会議は、公開とする。但し、出席議員の三分の二以上の多数で議決したときは、秘密会を開くことができる。 2 国会は、その会議の記録を保存し、秘密会の記録の中で特に秘密を要すると認められるもの以外は、これを公表し、且つ一般に頒布しなければならない。 3 出席議員の五分の一以上の要求があれば、各議員の表決は、これを会議録に記載しなければならない。 第 条(役員の選任及び議院の自律権) 国会は、議長その他の役員を選任する。 2 国会は、会議その他の手続及び内部の規律に関する規則を定め、又、国会内の秩序をみだした議員を懲罰することができる。但し、議員を除名するには、出席議員の三分の二以上の多数による議決を必要とする。 第 条(憲法裁判所裁判官の指名) 憲法裁判所裁判官の指名には、出席議員の三分の二以上の多数による議決を要する。 第 条(議院の国政調査権) 国会は、国政に関する調査権を有する。これに関して、証人の出頭及び証言並びに記録の提出を要求するときは、総議員の三分の一以上の議員の賛成を要する。 第 条(憲法裁判所への提訴) 国会が、法律、条約、命令、規則又は処分について、その憲法適合性を判断するため、憲法裁判所に提訴するときは、総議員の三分の一以上の議員の賛成を要する。 第 条(会計検査の要求) 国会が、具体的な国の事業について、その予算の執行が適正に行われているかについて会計検査院に調査を求めるときは、総議員の三分の一以上の議員の賛成を要する。 第 条(国務大臣の出席) 内閣総理大臣その他の国務大臣は、国会に議席を有すると有しないとにかかわらず、何時でも議案について発言するため国会に出席することができる。又は、答弁又は説明のため出席を求められたときは、出席しなければならない。 第 条(弾劾裁判所) 国会は、罷免の訴追を受けた裁判官を裁判するため、国会の議員で組織する弾劾裁判所を設ける。 2 弾劾に関する事項は、法律でこれを定める。 第 条(緊急事態宣言下における議員資格の特例) 内閣総理大臣が国家緊急事態を宣言したとき、国会議員の任期が満了又は解散している場合には、内閣総理大臣がこの憲法及び法律の規定に従って国家緊急事態宣言を解除するまでの間、前任者の任期を延長することとする。 第 章 内 閣 第 条(行政権の帰属) 国の行政権は、内閣総理大臣に属する。 第 条(内閣総理大臣の指名) 内閣総理大臣は、国会議員の中から、総議員の過半数の支持を得たものを指名する。この指名は、他のすべての案件に先だって行う。 第 条(内閣の組織と責任) 内閣総理大臣は、行政権を執行するため内閣を組織し、その構成員たる国務大臣、及び内閣総理大臣を補佐するために法律で定められた官吏を任免する権限を有する。 2 内閣総理大臣は、施政の基本方針を定め、これについて責任を負う。国務大臣は、内閣総理大臣の基本方針の範囲内において、独立してかつ自らの責任において、その所轄する事務を行う。 3 国務大臣の過半数は、国会議員の中から選ばれなければならない。 4 内閣総理大臣その他の国務大臣は、文民でなければならない。 5 内閣総理大臣は、事故あるときに備え、あらかじめその職務を代行する国務大臣を指名しておかなければならない。 6 内閣総理大臣は、行政権の行使について、国会に対して責任を負う。 第 条(内閣総理大臣の職務) 内閣総理大臣は、議案を国会に提出し、一般国務及び外交関係について国会に報告する。 2 内閣総理大臣は、その施政の基本方針に基づき、行政各部を指揮監督する。 3 内閣総理大臣は、他の一般行政事務の外、左の事務を行う。 一 法律を誠実に執行し、国務を総理すること。 二 外交関係を処理すること。 三 条約を締結すること。但し、事前に、時宜によっては事後に、国会の承認を経ることを必要とする。 四 法律の定める基準に従い、官吏に関する事務を掌理すること。 五 予算を作成して国会に提出すること。 六 法律の規定を実施するために、政令を制定すること。但し、政令には、特にその法律の委任がある場合を除いては、罰則を設けることができない。 七 大赦、特赦、減刑、刑の執行の免除及び復権を決定すること。 第 条(不信任決議と解散) 内閣総理大臣は、国会で不信任決議案を可決し、又は信任の決議案を否決したときにのみ、天皇に国会の解散を助言することができる。但し、十日以内に国会が解散されないときは、内閣総理大臣はその他の国務大臣とともに辞職しなければならない。 2 内閣総理大臣は、国会で、内閣総理大臣に対して国務大臣の罷免を要請する決議案が可決されたときは、その国務大臣を罷免しなければならない。 第 条(内閣総理大臣の欠缺又は総選挙施行による辞職) 内閣総理大臣が欠けたとき、又は国会議員総選挙の後に初めて国会の召集があつたときは、内閣総理大臣及びその他の国務大臣は辞職しなければならない。 第 条(辞職後の職務続行) 前二条の場合には、内閣総理大臣又は内閣総理大臣の職務を代行する国務大臣が、あらたに内閣総理大臣が任命されるまで引き続きその職務を行う。 第 条(法律及び政令への署名と連署) 法律及び政令には、すべて主任の国務大臣が署名し、内閣総理大臣が連署することを必要とする。 第 条(国務大臣訴追の制約) 国務大臣は、その在任中、内閣総理大臣の同意がなければ、訴追されない。但し、これがため、訴追の権利は、害されない。 第 条(緊急事態への対処) 内閣総理大臣は、国家の存立と国民の生命の安全が危殆に瀕する恐れがある事態に際しては、法律の定めるところにより、国家緊急事態を宣言し、必要に応じて緊急命令を発布することができる。 2 内閣総理大臣が、国家緊急事態を宣言したときは、十日以内に国会の承認を得なければならない。 3 国家緊急事態宣言に際しては、その区域を定め、その期限を予め明示しなければならない。 4 国家緊急事態宣言の有効期間は、最大三十日とする。但し、国会の事前承認により、これを延長することが出来る。 5 内閣総理大臣は、国会が国家緊急事態を承認しなかったとき、又は国会が国家緊急事態の終了を議決した場合には、当該緊急措置を終了しなければならない。 第 章 国民投票 第 条(内閣総理大臣の国民投票実施権) 内閣総理大臣は、とくに必要と認めるときには、法律案又は条約案について、その議決の前に国民投票に付することができる。 但し、予算および租税に関する法律案については国民投票に付することはできない。 第 条(国会の国民投票の要求権) 内閣総理大臣は、国会の総議員の二分の一以上の議員の要求があるときは、法律案又は条約案について、その議決の前に国民投票に付さなければならない。 第 条(国民投票結果の拘束力) 国民投票に付された提案は、有権者の過半数が投票に参加し、有効投票の過半数の賛成を得たときに、可決されたものとする。 2 国会および内閣総理大臣は、国民投票の結果に拘束される。 3 国民投票の方法その他必要な事項は法律で定める。 第 章 憲法裁判所 第 条(憲法裁判所の違憲立法審査権) 憲法裁判所は、条約及び法律が憲法に適合するかしないかを決定する権限を有する。 第 条(地方自治体と国の係争処理権限) 憲法裁判所は、地方自治体と国又は地方自治体相互の権限に関して、地方自治体の長又は内閣総理大臣から提訴があったときは、その当否を決定する権限を有する。 第 条(違憲立法審査の対象) 憲法裁判所は、左の場合に、憲法に適合するかしないかを審理し、決定する 一、条約及び法律の憲法適合性について、内閣総理大臣又は国会からの提訴があったとき 二、具体的訴訟事件で裁判所から、憲法適合性について判断を求められたとき 三、具体的訴訟事件で当事者が最高裁判所の憲法判断を不服として提訴したしとき 第 条(憲法裁判所の判断の効力) 前条各号に関する憲法裁判所の判断は、国民と地方自治体及び国のあらゆる機関を拘束する。 第 条(選任方法、定員、任期、停年) 憲法裁判所の定員は九人とし、三人づつをそれぞれ国会、内閣総理大臣、最高裁判所が指名する。 2 憲法裁判所の長たる裁判官は、互選により指名する。 3 憲法裁判所の裁判官の任期は六年とし、再任されない。 第 条(憲法裁判所裁判官の資格) 憲法裁判所の裁判官は、識見の高い、法律の素養のある、年齢四十歳以上の者の中からこれを指名しなければならない。 2 憲法裁判所の裁判官は、満七十歳に達したときには退官しなればならない。 第 条(規則制定権) 憲法裁判所は、審理に関する手続、裁判所内部規律及び事務処理に関する事項について、規則を定める権限を有する。 第 条(身分保障) 憲法裁判所裁判官は、その良心に従い独立してその職権を行い、この憲法にのみ拘束される。 2 憲法裁判所の裁判官は、裁判により、心身の故障のために職務を執ることができないと決定された場合を除いては、公の弾劾によらなければ罷免されない。憲法裁判所裁判官の懲戒処分は、行政機関がこれを行うことはできない。 3 憲法裁判所の裁判官は、すべて定期に相当額の報酬を受ける。 第 章 司 法 第 条(司法権の機関と裁判官の職務上の独立) 司法権は、憲法裁判所が所管する事項を除き、最高裁判所及び法律の定めるところにより設置する下級裁判所に属する。 2 特別裁判所は、これを設置することができない。行政機関は、終審として裁判を行うことができない。 3 すべて裁判官は、その良心に従い独立してその職権を行い、この憲法及び法律にのみ拘束される。 第 条(最高裁判所の規則制定権) 最高裁判所は、訴訟に関する手続、弁護士、裁判所の内部規律及び司法事務処理に関する事項について、規則を定める権限を有する。 2 検察官は、最高裁判所の定める規則に従はなければならない。 3 最高裁判所は、下級裁判所に関する規則を定める権限を、下級裁判所に委任することができる。 第 条(裁判官の身分の保障) 裁判官は、裁判により、心身の故障のために職務を執ることができないと決定された場合を除いては、公の弾劾によらなければ罷免されない。裁判官の懲戒処分は、行政機関がこれを行うことはできない。 第 条(最高裁判所の構成、任期、定年) 最高裁判所は、その長たる裁判官及び法律の定める員数のその他の裁判官でこれを構成し、その長たる裁判官以外の裁判官は、内閣総理大臣がこれを任命する。 2 最高裁判所の裁判官は、任期を十年とし再任を妨げない。 3 最高裁判所の裁判官は、法律の定める年齢に達した時に退官する。 4 最高裁判所の裁判官は、すべて定期に相当額の報酬を受ける。この報酬は、在任中、これを減額することができない。 第 条(下級裁判所の裁判官) 下級裁判所の裁判官は、最高裁判所の指名した者の名簿によって、内閣総理大臣がこれを任命する。その裁判官は、任期を十年とし、再任されることができる。但し、法律の定める年齢に達した時には退官する。 2 下級裁判所の裁判官は、すべて定期に相当額の報酬を受ける。 第 条(対審及び判決の公開) 裁判の対審及び判決は、公開法廷でこれを行う。 2 裁判所が、裁判官の全員一致で、公の秩序又は善良の風俗を害する虞があると決した場合には、対審は、公開しないでこれを行うことができる。但し、政治犯罪、出版に関する犯罪又はこの憲法第 章で保障する国民の権利が問題となっている事件の対審は、常にこれを公開しなければならない。 第 章 財 政 第 条(財政国会中心主義) 国の財政を処理する権限は、国会の議決に基いて、これを行使しなければならない 第 条(健全な財政運営) 国は、健全な財政の維持と運営に努めなければならない。 2 国の歳出は、公債または借入金以外の歳入を以って、その財源としなければならない。やむを得ず公債または借入金をなすときは、事前に国会の承認を得るとともに、その償還についての計画を国会に提出し、承認を得なければならない。 第 条(課税の要件) あらたに租税を課し、又は現行の租税を変更するには、法律又は法律の定める条件によることを必要とする。 第 条(国費支出及び債務負担の要件) 国費を支出し、又は国が債務を負担するには、国会の議決に基くことを必要とする。 第 条(予算の作成) 内閣総理大臣は、毎会計年度の予算を作成し、国会に提出して、その審議を受け議決を経なければならない。 2 内閣総理大臣が、多年度にわたる支出を要すると認める事業については、その年限を定め、継続予算として、国会の審議を受け議決を経なければならない。 第 条(予備費) 予見し難い予算の不足に充てるため、国会の議決に基いて予備費を設け、内閣総理大臣の責任でこれを支出することができる。 2 すべて予備費の支出については、内閣総理大臣は、事後に国会の承諾を得なければならない。 第 条(皇室財産及び皇室費用) すべて皇室財産は、国に属する。すべて皇室の費用は、予算に計上して国会の議決を経なければならない。 第 条(公の財産の用途制限) 公金その他の公の財産は、宗教上の組織若しくは団体の使用、便益若しくは維持のため、又は公の支配に属しない慈善、若しくは博愛の事業に対し、これを支出し、又はその利用に供してはならない。 第 条(国の会計および決算) 国は、発生主義に基づく公会計の制度を設けなければならない。 2 国の収入支出の決算は、内閣総理大臣が、次の年度にすみやかに国会に提出しなければならない。 第 条(会計検査院) 国の予算が適正に執行されているかを調査し、また国の収入収支の決算を検査するために、会計検査院をおく。 2 会計検査院は、毎年国の決算を検査し、国会および内閣総理大臣に報告する。 3 会計検査院は、国会から調査を求められた事項について、改善を要すると認められたときは、すみやかに国会に報告するとともに、内閣総理大臣に対してその改善を命ずることができる。 4 会計検査院の組織及び権限は、法律で定める。 第 条(財政状況の報告) 内閣総理大臣は、国会及び国民に対し、定期に、少くとも毎年一回、国の財政状況について報告しなければならない。
(転載ここまで)
築地市場の豊洲移転に反対 して食の安全を守りたい。●Like a rolling bean (new) 出来事録 ■2009-09-12 消費者原告団大募集!!東京都に対する「豊洲新市場予定地の土壌コアサンプル廃棄差し止め訴訟」http://ameblo.jp/garbanzo04/entry-10341052395.html ■2009-09-17 政権交代で、もし豊洲東ガス跡地への移転が阻止できたとしても懸念されることhttp://ameblo.jp/garbanzo04/entry-10344249134.html ■2009-09-19 続報:「新銀行」と「築地」の特別委設置は自公抵抗で繰り延べ・【情報】新政権農政の主要メンバー陣容http://ameblo.jp/garbanzo04/entry-10345911730.html
そこに存在する 美しい人生と生命と生活 を守る切実な要望を
民主党 に聞かせるために、
アブナイ日本 が
壊れる前に とりあえず 何かしたいけどどうしたらいいか
kimera れない人の役に少しでもたちたくて、
とりにく の
革命鍋 を
イル・サンジェルマンの散歩道 の
午後のカフェ で
みんななかよく つついた後で、
フランス語の練習帳 や
「ユニオン」と「労働ニュース」のアーカイブ や
世界の片隅で税制についてのニュースを読んで 、
消費税と社会保障と国家予算についての 『
知られざる真実 』を
大脇道場 と
言ノ葉工房 と
スーパー小論文ハイスクール と
アジア連帯講座 で
1947年教育基本法の理念に賛同して カナダの日本語の先生 から学んだ後で、
労働組合ってなにするところ だろうとか、どうしたら
戸倉多香子 さんや
保坂展人 さんのために
スクラム を組んで
多文化・多民族・多国籍社会で「人として」 情報流通を促進 できるかとか、
転がるひよこ豆のように クリーム の曲を聞きながら
雪裏の梅花 を眺めて
生活の中で感じた疑問や思いをあれこれ めぐらせる、
一寸の虫にも五分の魂 で
国会議員定数削減・比例削減に反対する サイバー政治団体秘書のおしごと日誌。
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