村野瀬玲奈の秘書課広報室
社員一人のサイバー政治団体(笑)「世界愛人主義同盟」秘書課勤務の村野瀬です。消費税収入は社会保障に使われずに法人税減税に回っただけって知ってました?まるで国民から大企業への利益の直接補てんですね。有権者と政治の距離を縮めるため、国会議員名簿の活用を!
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「反人種差別運動は子どもの遊びから」 (フランス版エル誌から) (不定期連載『海外の記事を読む』)
- ジャンル : 政治・経済
- スレッドテーマ : フランスの政治と社会
私がときどき読む雑誌に、フランス版エル(ELLE)があります。半分フランスの毒電波(笑)でできている私には、日本版エルよりもフランス版エルの方がずっとおもしろいのです。今回は、フランス版エルの最近の号で目についた記事を紹介させていただきます。日本と東京の今この時期だからこそ、いろいろな意味で感動をおぼえた記事です。
(翻訳転載ここまで)「エル」(ELLE)誌フランス版 2007年3月19日号(通巻3194号)より
『反人種差別運動は子どもの遊びから』
イザベル・ヴェクシュタインとスアド・ベルハダッドは郊外の中学校の教育に参加している。彼女たちのやり方は?人種差別的偏見。ユーモアと話術をたっぷり利かせて、彼女たちは成功を収めている。ブラボー!
3時、ゴネス(訳者注:パリ北東部、セーヌ・サンドゥニ県の町。いわゆる「パリ郊外」。セーヌ・サンドゥニ県は貧しい人々の住む地域を抱えている)のある中学校で、正当な言葉をかかげ、偏見を告発し、ありふれた人種差別と共同体への閉じこもりと闘おうと努力すること。これは任務を超えて、手柄と呼んでよい。衝撃の弁護士であるイザベル・ヴェクシュタインとジャーナリストで喜劇女優のスアド・ベルハダッドがこの手柄をたてている。彼女たちが中学校の1年生の学級に入ると、彼女たちの職業的背景は消え去ってしまう。2003年に彼女たちが何人かの仲間と、ユダヤ人とアラブ人が一緒に、反ユダヤ的行為の再流行と嫌イスラム感情の進行と闘うための非公式なグループを作って以来、先生たちからの依頼はますます増えていて、彼女たちはその依頼にこたえている。多くの先生たちが、寛容と開かれた理解力と市民意識のメッセージを広めるために必要な援助を彼女たちから得ようとしているのである。そのような先生方からの招待が増えている。さらには、また来てほしいとも彼女たちは頼まれている。では、二人の登場。
「こんにちは。なぜ私たちが来たかわかるかしら?」
「はい、おねえさん!片方がジャーナリストでもう片方が弁護士なんでしょ?」
「それだけ?」
沈黙。
「実は、私たちの片方がユダヤ人で、もう片方がアラブ人なの。どっちがどっちかきみたちにわかるかしら?」
こうして彼女たちの話が始まる。いろいろな偏見が堰をきったようにあふれ出す。
一人の女子生徒が言う。「あなたがムスリム...どうしてかというと、マグレブ女性のTシャツを着てるから。」
別の男子生徒が言う。「ユダヤ人はあなた...どうしてかというと、鼻が...たぶん...鼻が完全に...それから、あなたは黒い巻き毛をしているから。」(訳者注:ユダヤ人には特徴ある形の鼻(鷲鼻)をしている人がいることを指している。)
そこでスアドが立ち上がり、彼女と同じ黒髪の女の子に近づくと、こう叫ぶ。
「あ、ユダヤ娘だ!」
みんな笑うが、その女の子は黒人である。
「反ユダヤ思想って何か知ってる?」
…
「去年聞いたことあると思いますけど…保健体育の授業で(訳者注:『反ユダヤ思想(主義)、ユダヤ人排斥運動』を意味するantisémitismeという、中学生にはまだ難しいと思われる単語を、何か病気の名前と思ったようである。いくつかの病気の名前が-ismeという語尾で終わるから)」
誰かがこう言う。少しずつメッセージに焦点が合ってゆく。誰かの出自を見つけるのは簡単ではなく、話はすぐにめちゃくちゃになるものだということを生徒たちは理解してゆく。話を少し進めるために、スアドは黒板に大きく「フランスの人口は6200万人」と書き、クラスの生徒のほうに向き直る。
「きみたちの考えでは、フランスにはマグレブ出身の人たち、つまりアラブ人がどれだけいると思うかしら?」
生徒の答えは現実離れしている。
「3500万人」「5000万人」
「ではユダヤ人は何人フランスにいるかしら?」
「3000万人」「5500万人」
話がめちゃくちゃになっているという気になってくる。
「いいえ、ユダヤ人は60万人、アラブ人は400〜600万人ですよ」
こうスアドは正確に数字をあげる。するとジョギングシューズの中学生が言い始める。
「何?たった60万人?なら、同数になるためにもっとユダヤ人がいられるようにする法律が必要じゃないの?」
イザベルは答える。
「ねえ、戦争中にはユダヤ人に反対する法律があったの。だから、今ユダヤ人のための法律はたぶん要らないのよ!」
だから、二人組は次のステップにすすむ。普通の差別主義、つまり、最も頑固に定着している態度が強めている差別主義を狩り出す遊びである。
「きみたちの仲間の特徴を言い表す形容語句を二つあげるとしたら、何になるかしら?たとえば、黒人だったら?」
クラス全員がまるで一人のような答え。
「麻薬の売人!スポーツ選手!」
「では、アラブ人は?」
「泥棒!テロリスト!」
「ユダヤ人だったら?」
「ドケチ!金持ち!」
「アジア人は?」
「春巻!偽善者!ITエンジニア!」
いくつかのバリエーションはあるが、いつも同じ単語がかえってくる。イランから来たばかりの少女が言う。
「わたし、もううんざりしてるの。いつもいつも『ビン・ラディン、サダム・フセイン』って言われるから」
「では、『3月9日の若者』は?」
「ごろつき!」
こう24人の生徒が叫んだ。4年生の学級一つと3年生の学級二つの3学級で、3回続けて同じ形容句が全くためらいなく声を限りに叫ばれた。黒人は麻薬の売人で、アラブ人は泥棒で、ユダヤ人はドケチ、これが子どもたちの仲間うちで言い合っている「ご親切な」罵り文句のセットである。スアドとイザベルは言う。
「(パリ郊外の)セーヌ・サンドゥニ県から(フランス西端の)ブルターニュ地方まで、どの中学校でも、すべての学級で共通ですね」
そこでスアドが言う。
「はい、では、アラブ人が泥棒だというのは本当でしょうか?私には刑務所に入っている従兄弟が3人います。でも、アラブ人全員が泥棒だと人が言うのを聞くと、あまりいい気持ちではありません」
生徒たちは少し頭をひねる。彼女が本当のことを言っているのかハッタリを言っているのか誰にもわからない。そこで彼女は力を込めて現実の話に突入する。ある生徒が言う。
「たしかに、ユダヤ人が物乞いをしているのは見たことがない…」
スアドが答える。
「きみたちはすべてのユダヤ人がユダヤ人特有の小さな帽子をかぶっていて識別できると思っているから?でも、ユダヤ人が全員信仰者だっていうわけじゃないのよ。そう、誰がユダヤ人かは簡単にはわからないわ。ひょっとしたら、貧乏人の中にもユダヤ人はいるかもしれない。もちろん、黒人だったらすぐに見分けはつくわね。このことはみんなわかるかしら?」
否定できようはずがない。
「きみたちの間では、罵りあいをするのかしら?」
何食わぬ調子でイザベルが尋ねる。
「もちろんさ。いつもだよ。もしあいつが僕を罵ったら、僕もあいつを罵るよ!」
「きみたち、それを面白いと思う?」
彼女は追い討ちをかける。
「うん、もちろん。ふざけるためだからさ」
たとえば?
「誰かが自分の持っているものを分け与えないと、『おまえ、そのユダヤ式をやめろよ』って言うんだ」
あ、そう?そこで、スアドは圧力を高める。彼女は一人の生徒に目をとめる。彼が自分ではっきりさせているように、素晴らしいラスタヘアーをしている黒人生徒である。彼女は彼の隣の机に上にすわる。
「きみのヘアスタイルいいわねえ。すごいわ」
その生徒はちょっと当惑するが、自慢げな様子である。そこで彼女はたたみかける。
「本当よ。きみたちニグロはむちゃくちゃヘアスタイルがいいわ。私好きだわ!」
居心地悪い雰囲気…。スアドは少し時間をおき、その場の雰囲気を緊張させて、突然こう言い出す。
「私がニグロって言ったら、きみにとっていい気持ちがしないのかしら、ねえ?」
「うーん、あまりいい気持ちはしない…」
ラスタヘアの生徒はぶつぶつと言う。
「わかるでしょ、私のはほめ言葉だったのだけどね…。きみたちが『おまえ、そのユダヤ式をやめろよ』とたとえ親切な様子で言ったとしても、それは差別的な言葉だし、それは相手にとって決して気持ちの良い言葉ではないの」
ある黒人生徒が言う。
「そりゃそうだ。僕、いつも『ピーナッツ』あつかいされるんだ」
アジア系生徒も言う。
「なら、きみだっていつも僕を『中国人』あつかいするじゃないか」
彼にスアドは尋ねる。
「なら、なんて呼んでほしいの?」
「『おにいさん』(訳者注:"young man"に相当するフランス語の言葉)って呼んでほしい」
少しずつ、スアドとイザベルは、人々のお互いの間での態度の中にある深く差別的なものを外に示してゆく。ある者には笑える冗談として通用していることがそれ以外の者には辛い嫌がらせとなるのである。そして、アジア人、アフリカ人、黒人、褐色の肌の者だけが苦情を申し立てるわけではない。白人も苦情を申し立てるのである。女子生徒のシンティアは言う。
「学校の食堂で、あの女の子たちが私たちを乱暴に押して、『黙れ、汚い白人女!おまえなんか汚いフランス人じゃないか。青っちろくて汚い馬鹿野郎、消えうせろ』って大声で言うのよ」
彼女たちはそこでやめて、攻撃者たちを告発することもできるのだが、スアドとイザベルは別のことを証明しようとする。差別の被害者であると同時に差別者にもなることがあるということ、つまり、犠牲者と犯人に同時になることがあるということである。スアドはそこでロールプレイングにうつる。彼女は生徒たちにバスの中のように向かい合って座るように命じる。白い肌の三人と、四人目はもっと濃い肌の色をした、クラスの人気者モハメッドである。スアドは言う。
「今バスの中にいます。RER(訳者注:パリ中心部から郊外方向に向かう電車)で一人の仲間を迎えに行きます。」
見たところ、この場面設定はみんなにとって身近に感じられたようである。
「23番のバスだ!」
彼女は三人のうちの一人に次のように言う。
「では、ピエール、モハメッドに喧嘩をしかけてごらんなさい。モハメッドに、彼が一緒の席に座るのは嫌だとわからせて、それから、彼の肌の色が嫌いだと言ってごらんなさい」
三人は少しためらい、もごもごと口を動かし、それから、主役に感情移入した生徒が口火を切る。
「あっちに行け」
ピエールはこう言う。演劇の先生の様子全開のスアドが口をはさむ。
「ちょっと考えてごらんなさい。喧嘩って絶対にそんなふうじゃないでしょ。『足を押すのをやめてくれませんか。じゃまなんです』って感じで言うんじゃないかしら。ねえ?」
そこでピエールはやり直し、突然、短く言う。
「失せろ、汚いアラブ野郎!」
クラス全員が笑い出す。
「笑うようなことかしら?怒りたくならないの?」
「怒るなんてことないよ。慣れているから、そんなことに注意なんて向けないよ」
「ああ、そうなの!では、クラスの中のきみたちはバスの乗客ということにしましょう。誰も仲裁に入らないの?」
「そんなことしても意味ないよ、先生。差別者は変わらないから」
「で、モハメッド、きみはやられっ放しでいいの?」
「ううん、そんなことない…」
モハメッドは考え、思い切り無愛想に反撃する。
「汚いフランス野郎!」
スアドは答える。
「なに?モハメッド、きみはフランス人じゃないからなの?」
「えーと、フランス人だけど」
「待って、きみはピエールよりもフランス人度が低いと自分のことを思っているのかしら?」
「えーと、うーん…」
明らかに、モハメッドは自分のことをフランス人と感じている度合いが低い。それに、そのことはある教授が言明してくれる。移民の子どもたちの多くは、たとえ、フランス人であっても、出身国からフランスに来る従兄弟たちを見て、新人たちがずっと滞在許可証を待っている不安を代理で経験するのである。スアドはこの場面をのがさない。彼女はこう言う。
「たとえ差別者から身を守るときにも、自分が差別者になることがあるのがわかるかしら。フランス人全員の悪口を言うということは、黒人全員の悪口を言うようなものなのよ。差別というのは、集団として扱うこと…。『一部のアラブ人』と言うのではなくて『アラブ人一般』と言うことなの。ね、きみたち、犠牲者を守るために喧嘩に介入しても差別者は変わらないとしても、支援を受けるとモハメッドはうれしいかもしれない。特に、モハメッドのようなアラブ人からの支援ではなくて、白人や黒人やアジア人からの支援ならなおさら…。だから、連帯しましょう。連帯は誰かをいつも助けることになるわ。」
このようなロールプレイングをスアドは次々と繰り出す。大規模小売店を場面にしたロールプレイングもあるし、次のようなナイトクラブを舞台にしたロールプレイングもある。彼女はアフリカ出身の生徒であるセリムを呼んでこう言う。
「さあ、きみは私が経営するナイトクラブのガードマンになってね。それから、きみときみときみときみは、このナイトクラブにむっちゃくちゃ入場したいとしましょう。土曜日の晩、きみたちはめっちゃ楽しいお祭り騒ぎをしたいということにします。いいわね?私はこのナイトクラブの経営者で、きみに指示を出します。」
セリムの耳元に口をつけて、肌の色が濃い人間をこのナイトクラブには入れたくないと示唆する指示をスアドは出す。劇の始まり。二人の男子が現れる。白人は通れるが、アラブ人は入場を阻止される。
「おまえは入れない」
「なんでさ?」
「今晩は、それはだめだから」
セリムはあまりにしょっちゅう聞いているはずの決まり文句を使って言う。
「どうしてさ?」
追い返された生徒は、力ずくでも入りたいとしぶとく食い下がる。
「ジャンクロード!」
ガードマン役の生徒は応援を頼むように後ろを振り返って叫び、こう付け加える。
「きみが入場させられないのは、きみの靴のせいだ」
そこで、イザベル・ヴェクシュタイン弁護士が舞台に登場。女性弁護士は彼女の分厚い赤い本を掲げて言う。
「刑法はご存知かしら?」
「ありゃりゃ」
すでに裁判所沙汰になりかけたことのあるらしい一人の生徒が思わずこう漏らす。イザベル・ヴェクシュタインは、法律が差別行為について定めていることと、法律がそれらの差別行為をどのように罰するかについて説明する。
「ある施設、企業、商店への入場を禁止することは、たとえそれが服装の基準を理由にするものであっても、法律違反である。」
生徒たち自身をしばしばその犠牲とする行為はフランスでは法によって処罰されると生徒全員が理解するこの瞬間がどれだけ重要か、後になって先生方全員が言いに来るという。一人の生徒が心配な様子を見せている。彼は拡大適用をおこなっている。彼はこう言う。
「人を殺して、それがアラブ人だから殺したとしたら、それは恐ろしいことで、犯罪だよね。でも、もし、それに加えて、その人がアラブ人でなかったら、それはもっと恐ろしいことじゃない?」
ヴェクシュタイン弁護士は答える。
「いいえ、それは犯罪。ただそれだけ。そして、それは法によって処罰されるの。意図は同じだから。」
「だけど、(アラブ人じゃなかったとしたら)もっとひどいよ。」
その生徒はぶつぶつと言う。ナイトクラブの場面の後、スアドはまとめの話し合いをクラスとする。
「雇用者は適切に行動していると思いますか?」
「いいえ、彼は差別者です」
生徒たちはこう叫ぶ。スアドは問いかける。
「よろしい。ではガードマンは?」
「彼は正しく行動したと思うよ。だって、彼は自分の職を守らなきゃいけないし、家賃も払わなきゃいけないし…」
「それから僕の携帯電話の使用料もね」
ガードマン役の生徒はそう付け加える。
授業の終わりを告げる鐘が鳴り響くとすぐに、一人の女子生徒が二人の女性教師に近づいてきて、ユダヤ人とアラブ人が共同で働いているのを見て救われたと言う。イザベル・ヴェクシュタインは言う。
「あるクラスでは、私たち二人が友達であるということすら理解されないのです。私たちを前に、イスラエルとパレスチナの紛争をいつも引き合いに出されるのですよ。だから、私たちは、ここはフランスですよ、と思い出させるんです。」
彼女たちを救うのはしばしば生徒たちなのである。アラブ出身の一人の女子生徒が、教室を出ながら言う。
「私にはモロッコ人の友だちのいるユダヤ人の友だちがいるけど、友だちがモロッコ人だというのは彼女には全然気にならないのよ。」
もう一人がそれを引き取って言う。
「だってさ、ガッド・エルマレ(訳者注:フランスの俳優)はユダヤ人でモロッコ人(訳者注:つまりアラブ人ということ)じゃないの。それだって、彼には全然気にならないよ。」
これで授業は終わり。彼女たちは学校を後にする。先生たちは彼女たちに感謝する。先生方は、生徒たちと一緒に、そして先生方の間でもこの問題についてまた話し合うと思われる。獲得されているものは何もないのである。クラスを観察すれば、クラスがその国、つまり、それぞれの民族が分断されたままの民族的共同体のイメージに対応していることがわかる。黒人は黒人同士でつるみ、白人は白人同士でつるみ、女の子さえも女の子同士でつるみ、男の子は男の子同士でつるむ。スアドとイザベルは問題を切り抜けたわけではない。人種差別的偏見はしぶとく生き残っている。スアド・ベルハダッドは最後にこう締めくくる。
「私たちは三者の立場の間の関係についても扱っています。犯人、犠牲者、傍観者という三つの立場です。そして、私たちはその三者の一者、または別の一者、しばしば三者同時になることもあるということを、私たち二人はみんなにわかってもらおうとしているのです。」
フィリップ・トレシアック記者
こういう教育の試みについて知ると、たとえこれが海外での試みであっても、日本でも、というか、特に東京でも、韓国・朝鮮人や中国人に対する蔑視を改めるべくこういう試みができないのかと思ってしまいます。
このような教育が上意下達ではなく現場の先生方の間で自発的に工夫されることこそが教育再生だと思うのですが、日本は結局上意下達に唯々諾々としたがうことが教育になってしまうのでしょうか。上意下達では自律的な人間は育たないし、自律的な人間が増えない国は衰退すると思うのだけど。
政府与党や行政が一方的に決めた「徳目」を一方的に注入するよりも、こういう教育的取り組みのほうが、子どもたちの自律的精神の成長と社会の健全性の発展のために有益だと思うのです。韓国・朝鮮人や中国人に対する蔑視をあおり、行政的暴力で教育現場を支配する今の現職都知事は二重の意味で非教育的。
フランス版のエル誌では、こういう社会、教育、政治の記事が例外的ではありません。ファッションの国の女性雑誌が尊厳を保って社会や教育や政治を日常生活の視線で語ることを私はうらやましく思います。たとえ、フランスの女性たちが政治のことばかり考えているとは言えないにしても。実際、この記事の隣のページには高級ランジェリーの広告が出ていますし。笑
日本版のエル誌でも、日本の教育現場でこういう教育に取り組んでいる人たちの記事は出ないのかな、と私は夢見ています。
2件のコメント
[C265] 教育
- 2007-04-07
- 編集
[C575] 差別というのは、集団として扱うこと
戦争や紛争も、集団としてひと括りにするところから生まれると思っています。
- 2007-06-22
- 編集
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16件のトラックバック
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しかし「みんな天皇陛下の赤子」という先生の理由づけが余計なお世話・大差別になるとは気がつかなかった。むつかしいものですね。