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「誰もが運命のいたずらで仕事や住居を失って明日ホームレスになるかもしれないという思いのもとに」(4) (貧困と闘う、フランスのある社会運動)

(3)からの続きです。

食糧を配給することから始まった「心のレストラン」の運動ですが、現場で参加者が必要に応じて知恵を出し、工夫して運動に取り組んでいくうちに、食糧を配給すること以外の貧困者援助の運動が自発的に生まれてきました。そのうちのいくつかの紹介を。

『心の連絡役』(Les Relais du Cœur)(仮訳です)
1988年、RMI(社会復帰のための最低収入額)という制度が作られました。社会復帰をする上で最低の収入を行政が保証するという制度です。これでみんな最低限の生活はできるようになり、「心のレストラン」は必要なくなる…というわけには残念ながらいきませんでした。なぜなら、「最低額収入」だけでは生活するのに十分でないからです。社会から排除されている人々にとっては、最低額収入を得るための申請がすでにややこしいのです。当然の権利を得るためのハードルがたくさんあるのです。行政の「ジャングル」の中で情報を求め、書類をそろえ、申請窓口を探す、被援助者がこれらをやり遂げるのを助けるのがこの活動です。

この活動のノウハウをみがくこと、それを別の援助者に教えていくこと、それらのコツも運動の実践の中で積み上げられていきました。そこにいる人々、そこにあるものでなんとか切り抜けていくDo-it-yourselfの精神。それを、売り物になるくらいの熱意で彼らはやり遂げていきました。


『赤ちゃんリレー』(Les Relais Bébés)(仮訳です)
「心のレストラン」に援助食糧を取りに来る若い母親が連れてくる赤ん坊が食べやすいように食糧を小分けにすること、赤ん坊のためのバランスのよい食品を用意することから始まり、家庭に眠っている赤ちゃん服や育児用品を融通しあう活動に広がりました。それはまた、母親たちの出会いの場となり、情報交換、心配事相談、育児相談の場ともなって、年長の女性から若い貧しい孤独な母親へと経験が受け継がれ、人の輪が広がっていくことになりました。1988年以降、「心のレストラン」はミルクやおむつまで支給するようになったそうです。


『心の屋根』(Les Toits du Cœur)(仮訳です)
社会から排除されるということは悪循環そのものです。しっかりした住所、住居がなければ安定した仕事を見つけることもできず、安定した仕事が見つからなければきちんとした住居も見つからない、こういう困難から不安定な一時的雇用にいる人たちを救い出さなければいけないのです。

「心のレストラン」はまず、「心のレストラン」という団体として住居を借りて入居契約をし、それを被援助者にまた貸しすることからはじめましたが、入居者が正式な賃借人と同一人ではないため、住居保険、電気、電話などの契約をするうえで問題が出ました。その次に、「心のレストラン」が団体として賃借人の保証人になるという方法もとりましたが、家賃の未払いがたくさん出てしまいました。試行錯誤の末、「スライド式賃借契約」という方式に落ち着きました。賃借人が定期的に家賃を払えることを証明できるまで、「心のレストラン」という団体が賃借の責任を引き受け、賃借人が家賃を払えるようになったら契約の当事者を入居者に変更するという、正式な住居賃貸借契約です。
このような住居援助のほかに、「心の屋根」という援助も立ち上がりました。社会から排除されるか社会復帰できるかその瀬戸際にいる大都市のホームレスの人たちが、独身、カップル、家族を問わず数ヶ月の間宿泊できる家です。ボランティア援助者と専門家が駐在していて、そこでは人生の再出発ができ、自律的な普通の生活ができる状態になるまで援助を受けるのです。ここでも熱心なボランティア援助者が粘り強く取り組んでいるようです。


『心の川舟』(La Péniche du Cœur)
パリのオーステルリッツ駅(訳者注:パリ南東部、セーヌ川沿いにある鉄道のターミナル駅で、南方に行く列車の一部が発着する)近くのセーヌ川の船着場に1995年に用意された、70の寝台を擁する船。街中を放浪している人たち、町から町へと放浪している人たちが14日のあいだ一時宿泊ができ、3ヶ月ごとに更新ができるという宿として使われています。荷物を置き、シャワーを浴びることができ、路上生活者からは「クラブ・メッド」(訳者注:「地中海クラブ」という高級休暇村)と愛称で呼ばれているそうです。ここではボランティアの医師と社会福祉司が宿泊者の相談にのっています。
このような一時宿泊所を「心のレストラン」ではフランス各地にいくつか持っているそうです。


『ヴォーグ・ラ・ギャレール』(Vogue la Galère)
南仏、マルセイユ近くのオバーニュという村に、「ヴォーグ・ラ・ギャレール」という施設があり、ホームレスの生活の場になっています。(後述)


『心の畑、心のアトリエ』(Les Jardins et les Ateliers du Cœur)
職業復帰の準備として、労働、生活のリズムを取り戻させるための活動です。いったん社会のサイクルから排除されてしまうと、そこに戻るのには一種の社会的リハビリが必要です。農作業や手作業に少しずつ取り組むことによって、長期失業者や路上生活者は社会復帰のための準備をします。もちろん、ボランティア援助者がいて、各人の事情やリズムに合わせて職業・生活の指導、援助をしています。


『支援コンサート』
毎年冬に、人気歌手だけでなく、コメディアン、俳優、年によってはスーパーモデル(カーラ・ブルーニ、カレン・マルダー、レティシア・キャスタ)やスポーツ選手(エリック・カントナ、クリスチャン・カランブー、リリアン・テュラム、ファビアン・バルテズ、ジネディン・ジダンといったサッカー選手や、柔道チャンピオンのダヴィッド・ドゥイエなど)なども出演して大規模なコンサートが行われ、テレビでも放映されます。出演者は無料で出演し、コンサートのチケットの売り上げと、そこで収録されるCDやDVDの売り上げからの収益はもちろん「心のレストラン」の活動のために使われます。コンサートは毎年たいへんな盛り上がりをみせ、音楽によるお祭り状態で、テレビ放映の視聴率も高く、社会的連帯感を国全体に広げる役割も果たしているようです。ステージに掲げられたコリューシュの大きな写真は「社会的連帯」という国の国旗であり、観客が合唱する「心のレストラン」の主題歌は「社会的連帯」という国の国歌なのかもしれません。こういう国旗や国歌なら処分をふりかざして強制するまでもないのですね。いいなあ…。


そうそう、コリューシュ亡き後しばらく会長を務めたヴェロニク・コリュチさんが「心のレストラン」について語っているインタビュー、こちらで日本語で読めます。
http://www.alc.co.jp/kaigai/world/chikyujin/0206/1.html
http://www.alc.co.jp/kaigai/world/chikyujin/0206/2.html
http://www.alc.co.jp/kaigai/world/chikyujin/0206/3.html



運動の中から生まれたエピソードをまたいくつか。

『ギャレールの15年』(訳者注:ギャレールとはここでは場所の名前だが、ギャレールgalèreという言葉には「苦闘」という意味もあり、「15年の苦闘」という意味とかけている)

ユーグ(仮名)

1985年、私はすでに、オバーニュ(訳者注:南仏の町)の近くのラ・ルーヴにいました。ラ・ルーヴとは、生活が寛大な扱いをしなかった子どもたちの教育施設です。私たちは、田舎の真ん中、15ヘクタールの敷地で子どもたちと一緒に生活していました。私たち3人の指導員は、ギィ、エルヴェと私です。その年、ギィはガンと闘っており、その闘病に敗れつつあったのです…。化学療法中に、ギィはラジオを聴いていました。こうして彼は「心のレストラン」の創立をヨーロッパ1ラジオ局の生放送で知り、そのニュースをフォローすることになりました。ある日、彼はコリューシュがSOSを発するのを聞きました。マルセイユの高等商業学校が心のレストランの地方本拠となることを断り、ブーシュ・デュ・ローヌ県(訳者注:マルセイユ、オバーニュが属する県名)で心のレストランの運営を担当するところがどこにもないというのです。ギィは私たちに言いました。
「僕たちの15ヘクタールの土地と、このぼろの建物があって、食料品をストックしておく場所もここにはある。この計画にぜひ乗り出そうじゃないか。」
私は、コリューシュというのはどうも好みではありませんでした。しかし、ギィは強く主張しました。彼は言いました。
「コリューシュの提案は、慈善じゃない。連帯なんだ。やってみる価値はある。」
私たちは少し迷いました。そして、結局それをやってみることにしたのです。ラ・ルーヴを運営する施設から、空の建物を「心のレストラン」のための倉庫として使う許可を得ました。私たちには何もありませんでした。タイプライターさえもなかったのです!最初にすべきことは、あちこちの自治体の役所に問い合わせて、配給所を受け入れられる場所を探すことでした。それはその地方の四つの県を焼き尽くす炎のようでした。たった一ヶ月の後に、20以上の自治体が私たちに協力してくれることになっていたのです!私たちはまた、マルセイユの慈善団体と社会運動センターに、この件で一緒に取り組むように提案しました。それらの団体は食糧配給のネットワークと施設を持っており、私たちは食糧を供給する、ということです…。

最初の食糧はラ・ルーヴに12月21日の1、2週間前に配達されました。私たちの施設の子どもたちが何トンものジャガイモ、油、砂糖を荷下ろしするのを手伝ってくれました。私たちは楽しく働き、みんなこの運動の価値を信じていました。私たちは向こう見ずな人間のように冗談を飛ばしながらスタートしました。少しずつ、ボランティア援助者が私たちに加わりました。私たちは、自分たちが始めたことについて全然アイデアがありませんでした。地方新聞が私たちのことを最初に記事にしたときのことを思い出します。その記事は私たちが一日に1000食を提供すると予告していました。冷や汗ものです。1000食というのは、私たちにとってとてつもない数字でした!結局、そのキャンペーンを私たちは一日12000食の配給をして終えました…。誰にもそうなるとは予想がつきませんでした。ちょっとした幸福を味わいながら進めたのです。

1986年末、コリューシュが私たちに会いに来ました。マリニャンヌ(訳者注:マルセイユの近くの町)の、オーナーが何席かのテーブルをホームレスのために提供しているある本物のレストランで私たちは会いました。私は、コリューシュがいつもの調子のおふざけをやりにくるのかと恐れていました。その日私が見たのは、暖かく、誠実で、物惜しみしない一人の男でした。それは非常に真剣なワーキングランチでした。私たちは心のレストランの物流、組織、方針について話しました。彼の言うことを聞きながら、私は何が起こっているのか本当に理解したのです。彼は社団界を一新しているところだったのです。ギィはその時、本当に病状が悪かったのですが、絶対その場にいたいと言い張っていました。昼食の後、私たちはエクス(訳者注:ブーシュ・デュ・ローヌ県の町)にデザートをとりに行き、路上生活をしている人々と生活しているユベール神父に会いに行きました。ギィは救急車でそこに合流しました。私たちはエクスの路上でコリューシュと食べたこのデザートを忘れることはできません。それは現実離れした経験でした。
その午後の終わり、私たちは当時のマルセイユ市長、ガストン・ドゥフェールとマルセイユで記者会見をセットしていました。記者会見場に入る直前、コリューシュは私たちに尋ねました。
「なあ、みんな、あなたたちには何が必要だ?」
「すべて!だけど、特に運送用のトラックと、多額の補助金が必要です。」
「わかった。」
ドゥフェールとコリューシュの会見は忘れられないものでした。私たちは笑いに笑いました。そのため、どんな発言があったかは思い出すことはできません。しかし、会見が終わって部屋を出るとき、市長はトラック数台と多額の補助金をいつの間にか約束していました。
その二日後、ギィは亡くなりました。

「心のレストラン」の運動は続いています…。何時間働いたか、どのくらい汗をかいたか、私たちは数えたわけではありません。年を追うごとに、私は路上の生活を知ることになりました。私たちは信じられないようなお祭り騒ぎをしたものです…。いくつもの荷の山を動かしました!船いっぱいの荷を空にしました!何トンもの冷凍食品、レンズ豆…。ある年などは、ブーシュ・デュ・ローヌ県の牧畜業者組合が私たちに400頭の生きた羊を寄付してくれました!屠殺場や肉屋や冷蔵庫を手配しなければなりませんでした…。

今日、マルセイユでは住民10人のうち2人が貧困ライン以下の生活をしています。私たちは一日18000食の食糧を配給しているのですが、実際は50000食必要なのです。つまり、18000人の最も貧しい人たちをよりわけなければならないのです…。こんなことが許されるのでしょうか?

それから、ラ・ルーヴがあります。私は今もそこで働き、生活しています。最初のキャンペーンの時、無宿生活をしていた二、三人と知り合い、彼らが活動を手伝ってくれました。彼らにはここ以外に泊まるところがなかったので、敷地の中のどう使ったらいいかわからない場所の一角に彼らが寝るところをつくりました。キャンペーンの後で出て行けなんて言えませんでしたから!このようにしてすべてが始まりました。ラ・ルーヴはホームレスのための避難所になりました。「心のレストラン」と一緒に、ヴォーグ・ラ・ギャレールという団体を設立して、徐々に態勢を整えていきました。そのアイデアは、居場所を失った人たちに、生きる力を取り戻す時間を与えることでした。それは、二ヶ月になるかもしれないし、六ヶ月になるかもしれないし、数年になるかもしれません…。ボランティア支援者も専門的支援者であっても、彼らを助け、彼らとともに生きるのです。最初はその仕事について大したことも知りませんでした。しかし、人々が私に教えてくれました…。

これが始まって以来、何人の人たちがここを通過したか知りません。成功率の統計はどうでもいいのです。死んでしまった人たちもいるし、どこかに行ってしまった人たちもいるし、実生活にまた足場を固めることができてその後も便りをくれる人たちもいます。多くの人たちが友人になりました。私たちが一緒にすごし、一緒に経験したことからすれば、必然的にそうなるでしょう…。

ヴォーグ・ラ・ギャレールはただの宿泊所ではありません。私たちはそこを生命(生活、人生)の場と呼んでいます。それぞれの人が人生を取り戻す機会を与える場所です。なぜかといえば、社会復帰の第一歩は心の中が良い状態になることだからです。人は心の内面を修復してから、外のことに取り組むことができるようになるものなのです。



『大切な人』

マリーローズ(仮名)

「心のレストラン」に私が行った最初の日、クロクロと知り合いました。彼はそこではボランティアの援助者でいながら、食料をもらって支援を受けてもいました。私と同じです。彼はきゃしゃで小柄で穏やかな人でした。何年も前から路上生活をしていました。クロクロは親切な人でした。午後になると、食糧の配給の後、彼は食料のつまった袋をパリ13区に住む浮浪者仲間のために持っていっていました。私は彼に同行し、私たちは友だちになりました。

彼はその地区の教会の脇で、仲間たちといっしょに寝泊りしていました。私は夜になるとそのあたりをよく一回りして、彼とちょっとおしゃべりをしていたものです。私は彼がいつもテレフォンカードを持っているように気を配っていました。気分が悪くなったとき、彼は私に電話してきたものです。彼は親切できゃしゃだったので、仲間のほかの者たちは酔っ払ったときに彼をよく殴っていました。路上の世界とは厳しいものです…。

私たち、つまり小さなマリー、ドミニク、そして私は3人のボランティアとして、彼を私たちの翼の下に入れて守っているような状態でした。クロクロは「心のレストラン」の本部によく手伝いに来ていました。その本部は、事務所で家事をしてもらうために結局彼を雇うことになったのです。彼ときたら、とってもそのことを誇りにしていました。彼はスーツにネクタイ姿で仕事に来ていたものです。ちょっと不揃いで皺がよっていた服でしたが、いつも威厳ある様子でした。彼は自分の一番よい姿を見せようとしていたのです。私たちのクロクロはとてもチャーミングでしたよ。私たちは結局、ぼろホテルに彼のための小さな部屋を見つけました。路上よりも良いところです。身体を洗うことができましたから。乱暴な仲間たちから離れて、この方が彼にとっては安全だとも思いました。そのホテルの宿泊代は彼の最低賃金のほとんど全額でした。でも、ドミニクはかなりお金を持っていましたから、彼女は彼に何とか暮らしているだけのお金を渡していました。
私は彼を金銭的に助けるにはあまり裕福ではなかったのですが、彼は週末によく私の家に過ごしにきていました。そのとき初めて、彼は自分のことを少し語ってくれました。彼は、父母をすでに亡くしていて、それ以外の家族との接点ももうなくなっていると話してくれました。彼はまた、結婚していたことがあるとも言っていました。娘が一人いて、彼女のことをやさしさを込めて話してくれたものです。

私たちには、クロクロがこのホテルの部屋であまり幸福でないことがわかっていました。ですが、ほかにどうしようもなかったのです。私はホテルの女主人に会い、少しでも問題があれば私に電話するように約束させました。彼がすっかり酔っ払って帰ってきたとき、彼女は何度か私に電話をしてきました。私は車を運転して彼のところに来ては、彼が眠り込むまでの間、一時間か二時間、彼のそばにいてあげました。
ある朝のこと、ホテルの女主人が9時ごろ私に電話してきました。
「急いで来てください。急いで来てください。クロードが死にました。」
マリーと私は急いで駆けつけました。私たちは泣き崩れていました。いったい何が起こったのかとホテルの女主人に尋ねると、彼女は答えました。
「昨日の晩、彼が戻ってきたとき、酔っ払っていました。音を立てて、部屋に上がっていったのですが、今朝見たら死んでいたのです。」
彼はベッドの上に横たわっていました。頭に大きな青あざをつけていました。私は彼が転んだと思いました。私たちがホテルから出たとき、正面の建物に住む小柄な男性が来て、こう言いました。
「あの話は嘘ですよ。ああいうふうなことではなかったんです。私は全部見てましたから。彼が昨日の晩帰ってきたとき、一人の男が彼を外の階段の上から突き落としたのです。彼は歩道のあそこの鉄柱にぶつかりました。ホテルの人たちは彼を部屋に運んでいって、鍵をしめたのです。」
どうやら、彼は私を呼んでいたようです。
「マリーローズを呼んでくれ。マリーローズを呼んでくれ。」
彼らは私を呼ぼうとはしませんでした。彼は一人で部屋の中で死んだのです。

捜査が行われ、司法解剖の結果、クロードは、あまりに騒がしく音を立てて、身を守るにはあまりにも弱かったので、殴られて死んだと確認されました。私は彼の家族がこのことで告発できるようにと、彼の家族を探そうとしました。結局彼のお姉さんを見つけることができ、彼女は事務所にやってきました。私は彼女に、このようなことが二度と起こらないように法的手段をとるべきだ、と説明しました。彼女はそれをいやがりました。
「わかるでしょう、警察とごたごたを起こしたくないのですよ。」
彼女を通じてクロクロの両親を見つけることもできましたが、なんと両親は健在だったのです。そこで私たちは彼の本当の物語を知ることになりました。クロクロはドルゥー(訳者注:パリの西方約90kmのところにある町)の近くの農家の家族出身でした。彼が18歳のとき、自転車を盗んだのです。彼の両親はそれを恥に思い、彼を家からたたき出しました。
こうしてクロードはクロクロになりました。パリで路上生活をする浮浪者(訳者注:「浮浪者」はclochardクロシャールという)です。実は彼は結婚していたことは一度もなかったのです。娘だっていませんでした。それは彼が夢みた話だったのです。彼自身の人生があまりにもひどいものだったので、彼が作り出したささやかな美しい話だったのです。
私たちは、彼がやっと30歳になったばかりだったことも知りました。彼はそれより15歳も年上に見えました。

誰も告発をしなかったので、捜査は解決済み扱いになりました。彼の遺体が共同墓地にいかないように、彼をどこに埋葬すべきか彼の両親と一緒に話し合おうとしました。彼の両親は、村の墓地に埋葬することに同意しましたが、そのための費用は一銭たりとも払わないというのが条件でした。
ドミニクがその費用を全部ポケットマネーで払いました。

パリ13区の教会で埋葬のミサを行うことに決めました。彼が仲間たちと暮らしていた場所の近くです。結局、そこが彼の居場所でしたから。
私は彼が信仰を持っていたことと、彼は花が好きだったことを知っていました。私たちは、皆が彼のことを好きだった事務所で寄付を募り、花束のために十分なお金を集めました。

私が教会に立ち入らなくなってかなりの年月がたっていましたが、クロクロのために教会に行きました。教会はすみからすみまで花で埋まり、人でいっぱいになっていました。「心のレストラン」の本部で働いていた人たち全員、彼を知っていたボランティア支援者全員、そして、食糧の配給を受けていた人たちも大勢いました。
その地区担当の神父はちょうど指名されたばかりでした。彼は自分の教会が人でいっぱいになり花があふれんばかりに飾られているのを見てとても驚いていました。
「だれか重要人物の埋葬かと思いましたよ。」
儀式のあと、彼は私たちにそう言いました。
そうです、クロクロは大切な人でした。彼は18歳で自転車を一台盗み、12年間の路上生活でその過ちの代償を払って、そして亡くなったのです。

しかし、この話はそこで終わりませんでした。この話は彼の両親の村の村長の心を動かしました。村長は彼の存在を埋葬のときまで知らなかったのです。しばらくして、彼は「心のレストラン」に地区の土地区画一つを託しました。今では、そこは素晴らしい「心の庭園」となり、クロクロのようなほかの人たちが存在の中に再び根を下ろすことになったのです。


この記事、(5)に続きます。



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